前回からのつづき
「解剖をしていると明かせない。」
病理解剖の目的と意義を正しく理解し、行っていれば、一般の人にも堂々と言えるものだ。必要以上に病理解剖のグロテスクな部分を意識しているのではないだろうか。人の体の中は思った以上に複雑で、血も多い。病気が原因で亡くなったのだから、ほうぼうが傷んでいるのも仕方が無い。
しかしながら、筒井康隆の小説に出てくる様な光景にであったことは無い。やはり、一般の人の想像する人体解剖と、トレーニングを積んだ病理医が行う、病理解剖を同じレベルで語る意味は全くない。解剖について一般の人に語るときには、ご遺体に対する礼を失すること無く、その意義を述べることが大事だと思う。
「看護婦(師)さんと知り合いになれない。」
問題外。そんなの、病理に入る前に判っていたことだ。
笑い話で言っているのだろうが、この先生が別のところで言っている通り、「孤独に耐えること」は病理の仕事の一つとも言えることであり、3K科として絶滅に瀕している原因の一つだ。
だからこそ、臨床の華やかさに勝るとも劣らない、病理のすばらしさを発見し、広めていかなくては、この先病理に入ってくる医者は増えない。
医師不足対策で、産科、小児科、外科が挙げられているが、病理はこれらの”絶滅危惧科”どころではなく、”絶滅寸前科”となっている。
病理医は素直に自分たちの仕事に誇りを持って、それを前面に出したらどうなのだろう。
私が槍玉に挙げている先生も、きっと心の中では「ドクターズドクター」である病理医がそれをいったら、臨床医に煙たがられるだろう、という様な気持ちで謙遜していっているだけだと思うのだが・・・
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関心があります。
いろいろな医師がおられると思いますが、少しくらい頑固で、多少の事には動じない
かつ、人間らしい方々は好感が持てます。