物理学と数学での私の方法論は「比較と類推」である。それしか自分のもっている方法はないのかと言われれば、それまでだが、その二つをできるだけ使うようにしている。
特に比較というかクロスチェックは昔のまだ駆け出しころからそういうことを心がけてきた。
物理には一般に実験結果があって、理論的な計算は実験と比較するのであるから、実験と合わないともちろんいけないのだが、それ以外に理論の計算が信用できるものであるかというチェックがいつでも必要である。
だから、粒子と粒子との散乱の断面積の計算でも部分波に分けた計算だけでなく、ボルン振幅からそのまま断面積を計算してこれが一致するかどうかを数値的に調べて自分の計算を確かめていた。
これは私が粗忽でいつも簡単に計算を間違うので、それを発見するためにそういう方法をとっていたのだ。
前に先行する研究がある場合にはそれ結果と比べるとかその計算を自分でもやってみて、自分の計算結果と比べるということをやってきた。
これは指導してくれた私の先生たちから言われてしたことではなかったが、いつでも少なくとも二つの違った方法で自分の計算結果を確かめるようにしていた。これは朝永さんがHeisenbergに言われたとかいう方法であった。
Heisenbergは量子論の計算でも古典論的に計算して、それを比較していたという。またなんでも計算結果がそうなりましたというのではなく、直観的に説明できるということを大事なこととしていたらしい。
大家がそういう努力をしているのならば、凡人の私などはもっと努力すべきだと思ったのだが、それにしても計算が合わなくて苦労したことが多い。
あるときは先行論文の計算と自分の数値計算が合わなくてその論文の計算が間違っているのかと疑ったことさえあった。
だが、これは私の座標系のとり方が正しくなかったためで、その間違いに気がついて正すとぴったり数値的に一致することがわかった。疑うべきはまず自分であった。
その後のいつだったか国内であった、国際会議でその論文の著者Fさんにお会いしたのでなかなか計算結果が合わなくて困りましたと言ったら、問い合わせてもらったら良かったのにと言われた。
そういうことを考えもしなかったのだから、私がいかに間が抜けているかがわかる。
計算がへたくそでそれも大きな間違いをしてなかなか気がつかない。だから仕事に時間がかかる。いつもそういう風であった。
武谷三段階論で現状を批判的に見て、自分の仕事をするというようなことは残念ながら一度もできなかった。もっと卑近な考えで仕事を進めてきた。