いいお天気です。予報では最高気温9℃だったかな。
でも風もなく暖かいです。12℃くらいはあった感じ。
きょうは比治山の上にある現代美術館へ行くことにしました。
元は広島湾に浮かぶ島。長い間の堆積で地続きに。
トンネルは30年くらい前にできた。まっすぐ行くと平和大通りを経て広島平和公園です。
テイカカズラにサネカズラ。
トンネルの上の広場を通って近道を行きます。
椿が咲いてます。
上がって来ました。屋外の彫刻。
こちらも30年くらい前に整備。
地形を利用した斬新な外観。
アカルイカテイ。
https://www.hiroshima-moca.jp/bright_home/
家庭と言う概念は明治時代にできたそうですが、私たちの世代だと勤め人と専業主婦という高度経済成長期以後の核家族の家庭を連想します。
伝統から距離を置き、人が自由に生きられる明るいイメージ。
それが今や一般的ではなくなりつつあるのも、時代の流れ。
この展覧会では、昭和期以後の家庭を写真や、絵、工芸などで切り取ろうとする試み。
レトロだけど、今に通じる普遍的なものもあり、いろいろと面白かったです。
家の作りから家庭と家族を見る試みも面白いかもしれませんね。
週刊文春の「家の履歴書」みたいに。
帰ります。
まんが図書館前のサザンカ。
坂道下りて比治山神社。
原爆被爆後、比治山神社の垣根の石柱を利用してバラック建てていた人の話を聞いたことがあります。
当時二十歳前後の女性ですが、トイレはそこら辺の物陰で。バラックの中を外から見られても気にならないし、食べるものは配ってくれたそうで、寒いなと思ったら冬になっていた。親の店で働いていた人と一緒になって、島へ帰る人の家を安く買った・・・と言うような話でした。
立ち直っていくしかない。そう思った時の人のたくましさ。教えられることの多い話でした。
人が二人以上いて、お互い必要な人と思えばそこに家庭が生まれる。家と庭。庭がなくてもベランダで鉢植え一つ育てても、それを一緒に楽しめば家庭なのでしょうか。
我が夫、狭い庭には無関心。庭木を切ることもなし。これって家庭なのかな・・・・
出光創業者の娘、写真家になったそうで。家への反発が芸術に向かわせたとか、そんな説明でした。
冷蔵庫の外観と中身、並べると壮観。
冷蔵庫って暮らしそのもの。我が家のも少し整理しなければと思いました。
電車の「比治山下」下りて少し山道上がります。
駐車場も山中に三か所ほど。
真言宗、多聞院の前を行きます。
こちらは原爆投下後、最初に臨時の県庁がおかれたところ。
立派な古刹です。
本日、道で近所の友達に会う。
新年のあいさつ。お互い介護を体験した身として、もう卒業したけど情報交換。
彼女は実のお母さん、排せつ物のことでは「もう、殺そうかと思った」とのこと。その修羅場は体験した者にしかわかりません。「分かるわあ」と言ってあげられる自分でよかったなあと。
私は姑だし、夫が主にしていたのでそこまで追い込まれることはなかったけど、いつまで続くのかなあと思ったのは確か。
きょうは義妹が来て施設へ行き、絵本を読んであげたとか。喜んだのかなあ。幸せな姑様です。体調はいいし百歳も見えてきましたね。
いゃあ、この私、とてもそこまでは生きる自信がありません。