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新東名 つながる! その3 ( 足助 町歩き 1 )

2016-03-23 15:37:22 | 建物紀行
 『 足助の町並みの歴史

 足助の町並みは、尾張・三河から信州を結ぶ伊那街道(中馬街道)の重要な中継地にあたり、物資運搬や庶民通行の要所として栄えた商家町です。重要な交易物であった塩はここで詰め替えられ、「足助塩」「足助直し」と呼ばれました。町並みの成立は定かではありませんが、安永4年(1775)の大火で町並みの大部分は焼失してしまいました。大火の直後から町は再建され、今も町並みには江戸時代後期から明治末までに建てられた建物が数多く残っています。大正期や戦後の建物でも伝統的な町家の形式を踏襲するものが多く、現在まで古い町並みの景観が保たれてきました。
明治44年(1911)に国鉄中央線が開通すると、物資の輸送基地しての機能は次第に衰退しますが、その後も足助は東加茂郡の中心として歩み続けました。』(足助 町並み散策ナビより)

     
     足助川に沿って町が作られています。

 石垣が築かれ川にせり出すように家が建てられています。各家から階段で川に降りられるようになっています。

     
     辻には「お天王さん」のお社

     
     電線を埋めるなどの景観への配慮が行き届き、すっかり古の旅人の気分です。

      
     白い漆喰と黒い板、細い路地の両側に立ち並ぶ建物の美しい「マンリン小路」

     
     今度は、こちら「地蔵小路」を下ってみましょう。 

     
     お地蔵さんのお社

 ご本尊のお地蔵様は珍しいことに座っていらっしゃいます。他に、願いを叶えてくださる「抱き地蔵」と痛いところと同じ部分をさすると治ると言われる「おびんずるさん」がいらっしゃいました。 

     
     間口の広いお宅が多く、ゆったりとした雰囲気です。

                                                       つづく