大変寂しいことだが、書店が消える日が来るような気がしてならない。
情報通信が高速化高度化することで、情報コンテンツは世界に一つあればいいということになりかねない。
著者が原稿を書き、編集者が編集し、装丁者が装丁し、コンテンツサーバにアップするだけで出版は終わりになるだろう。
家庭では子供の頃から「本」が与えられる。
「本」は、ドラえもんの「どこでもドア」ならぬ「何でも本」だ。
コンテンツサーバから、好きな本を取り出して読める。
らくがきしても構わない。
それも保存され、永久に残される。
感想も一緒に残せる。
友人と共有もできる。
人生で読んだ本は、すべて「本」を開くことで、その中にある。
古書も古文書も「本」の中にある。
出版社は零細企業になり、書店も神田の古本屋街も消滅。
考えれば考えるほど夢と悪夢で目がうつろになる。
シャープのGALAPAGOS発売に寄せて。
情報通信が高速化高度化することで、情報コンテンツは世界に一つあればいいということになりかねない。
著者が原稿を書き、編集者が編集し、装丁者が装丁し、コンテンツサーバにアップするだけで出版は終わりになるだろう。
家庭では子供の頃から「本」が与えられる。
「本」は、ドラえもんの「どこでもドア」ならぬ「何でも本」だ。
コンテンツサーバから、好きな本を取り出して読める。
らくがきしても構わない。
それも保存され、永久に残される。
感想も一緒に残せる。
友人と共有もできる。
人生で読んだ本は、すべて「本」を開くことで、その中にある。
古書も古文書も「本」の中にある。
出版社は零細企業になり、書店も神田の古本屋街も消滅。
考えれば考えるほど夢と悪夢で目がうつろになる。
シャープのGALAPAGOS発売に寄せて。
互換性の内規家具が乱立すると、一番迷惑を被るのがエンドユーザーです。
現在の主流の規格は縦書きに対応していないので日本の書籍を電子化するには縦書き対応の規格をメーカーの垣根を越えて作成すべきと思います。
さて、本を電子化すると永久に残されると言うことには非常に疑問をもちます。映像もフィルムでなくビデオテープにすれば永久に残せると言われたのですが、ベータビデオに記録した映像は一般的には再生不可能です。たとえばレーザーディスクを再生できる機器は今では殆どあ手に入りません。DVDでも100年先先に再生できる機器が一般に手に入るかどうかは疑問です。
端末が故障したとき、購入した書籍とともに昇天と言うことも考えられます。
機器が故障しなくても、消耗品(電池など)が供給されなくなったなら使用不可能となってしまいます。
書籍を電子化するには、統一された規格が必要と思います。(特別なソフトを使用しなくてもデータを取り出せるような規格が必須です)
そうすれば最新端末、最新ソフトで常に読むことができると思います。
ただ、著者の意図した形で読むことはできませんね。
PDFも新薬の申請に使うときはバージョンが決められているそうです。