大河内山荘(おおこうちさんそう)は嵯峨にある史跡、日本庭園で、時代劇などで知られる俳優大河内傳次郎が別荘とし
て造営したものです。
常寂光寺から徒歩10分、天竜寺の北門からですと3分、竹林の中の坂道を登ったところにあります。拝観料は、お茶券
が付いて1000円いたしますが、訪れる価値は十分あると思います。
昭和9年(1931年)、大河内傳次郎34歳のとき、当時長期保存が難しかったフィルムに対し永く消えることのない美を追
究するため自身で設計しこの庭の造営を始めたといわれており、映画出演料の大半を注ぎ込み64歳で亡くなるまで30
年の歳月をかけてこつこつと作り上げたものです。 北に小倉百人一首でも知られる小倉山の南東面に、亀山公園に挟ま
れた約2万平方メートルの荒地であったところに位置しております。
まず庭園に入りますと、右手奥に茶席があり、お茶をいただいてから庭園をまわります。
庭園入り口の中門
大乗閣 寝殿造、書院造、数寄屋造など日本の住宅の伝統的様式を合わせ取り入れた建物で傳次郎の構想に基づき
数寄屋師の笛吹嘉一郎が施工いたしました。
持仏堂 信仰の篤い傳次郎氏が座禅を行った所で山荘の初期の建物です。
滴水庵 茶室
滴水庵 茶室前のつくばい
茶室の茅葺屋根
庭園の一番高台から眺める保津峡と山腹に見える厳下院
市内を眺める月下亭
記念館 当たり役の丹下左膳姿の写真など大河内傳次郎の姿を伝える施設です。
出口を出て、真直ぐ進みますと亀山公園から大隈川に出ます。左に曲がれば、竹林を通り天竜寺の北門に出ます。
クリックをお願いします。
て造営したものです。
常寂光寺から徒歩10分、天竜寺の北門からですと3分、竹林の中の坂道を登ったところにあります。拝観料は、お茶券
が付いて1000円いたしますが、訪れる価値は十分あると思います。
昭和9年(1931年)、大河内傳次郎34歳のとき、当時長期保存が難しかったフィルムに対し永く消えることのない美を追
究するため自身で設計しこの庭の造営を始めたといわれており、映画出演料の大半を注ぎ込み64歳で亡くなるまで30
年の歳月をかけてこつこつと作り上げたものです。 北に小倉百人一首でも知られる小倉山の南東面に、亀山公園に挟ま
れた約2万平方メートルの荒地であったところに位置しております。
まず庭園に入りますと、右手奥に茶席があり、お茶をいただいてから庭園をまわります。
庭園入り口の中門
大乗閣 寝殿造、書院造、数寄屋造など日本の住宅の伝統的様式を合わせ取り入れた建物で傳次郎の構想に基づき
数寄屋師の笛吹嘉一郎が施工いたしました。
持仏堂 信仰の篤い傳次郎氏が座禅を行った所で山荘の初期の建物です。
滴水庵 茶室
滴水庵 茶室前のつくばい
茶室の茅葺屋根
庭園の一番高台から眺める保津峡と山腹に見える厳下院
市内を眺める月下亭
記念館 当たり役の丹下左膳姿の写真など大河内傳次郎の姿を伝える施設です。
出口を出て、真直ぐ進みますと亀山公園から大隈川に出ます。左に曲がれば、竹林を通り天竜寺の北門に出ます。
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