その少年は夏の埃っぽい道を軽やかに歩いてこの町へと
やってきたのだよ。よれよれのシャツと色褪せた半ズボン
からは日に焼けた手足が伸びている。ぼさぼさの頭は一度
も櫛など入れたことがないようだった。言わば浮浪児の一
歩手前のその少年は、しかし悪びれる様子もなく南の丘か
ら続く道を歩いてやってきた。
その足元には大きな黒猫が並んで歩いていた。
中天を傾きはじめた陽射しが照りつける道はまだ午睡の
静けさを保って人通りもなかった。午後の営業を始めるた
めに店のブラインドを上げていた酒屋の主人が少年を一番
最初に見つけた人間だった。
「おーい、お前、どこへ行くんだ? どこから来た?」
この小さな町ではよそ者など珍しいだろう? ましてや
徒歩でやってくる者など。見れば、誰だって声をかける。
少年は立ち止まって、子供にしては細い顔に大きな黒い
目を酒屋へ向けた。
「おじさんはどこから来てどこへ行くの?」
酒屋は思いがけない反問に戸惑って、口髭の端を引っ張
った。
「俺か? 俺はずっとこの町にいるよ。ここで生まれて、
どこへも行かないさ」
「ぼくもだよ。生まれてずっとどこへも行かない」
少年は澄んだ声でそう答えると、陽気に片手を挙げて酒
屋に背を向けた。黒猫が、そこだけ白い右手を持ち上げ、
長く尾をひく声で鳴いた。酒屋は戸惑いながらも同じよう
に手を挙げる。それから自分の挙げた手を眺めて、どちら
の挨拶に答えたのだろうと数秒悩んだとさ。
これが、あの少年に関する最初の話だ。
やってきたのだよ。よれよれのシャツと色褪せた半ズボン
からは日に焼けた手足が伸びている。ぼさぼさの頭は一度
も櫛など入れたことがないようだった。言わば浮浪児の一
歩手前のその少年は、しかし悪びれる様子もなく南の丘か
ら続く道を歩いてやってきた。
その足元には大きな黒猫が並んで歩いていた。
中天を傾きはじめた陽射しが照りつける道はまだ午睡の
静けさを保って人通りもなかった。午後の営業を始めるた
めに店のブラインドを上げていた酒屋の主人が少年を一番
最初に見つけた人間だった。
「おーい、お前、どこへ行くんだ? どこから来た?」
この小さな町ではよそ者など珍しいだろう? ましてや
徒歩でやってくる者など。見れば、誰だって声をかける。
少年は立ち止まって、子供にしては細い顔に大きな黒い
目を酒屋へ向けた。
「おじさんはどこから来てどこへ行くの?」
酒屋は思いがけない反問に戸惑って、口髭の端を引っ張
った。
「俺か? 俺はずっとこの町にいるよ。ここで生まれて、
どこへも行かないさ」
「ぼくもだよ。生まれてずっとどこへも行かない」
少年は澄んだ声でそう答えると、陽気に片手を挙げて酒
屋に背を向けた。黒猫が、そこだけ白い右手を持ち上げ、
長く尾をひく声で鳴いた。酒屋は戸惑いながらも同じよう
に手を挙げる。それから自分の挙げた手を眺めて、どちら
の挨拶に答えたのだろうと数秒悩んだとさ。
これが、あの少年に関する最初の話だ。