メキシコの隅っこ

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1-3 掃除夫

2005-11-18 07:02:05 | 掌編連載
 少年に関する二番目の話はこうだ。

 掃除夫のじいさんがまだ空も白い朝のうちから教会前の
公園に仕事に行った。ひんやり涼しい空気を吸いながら、
ガタガタと掃除用具の手押し車を押して花壇の脇を回ると、
茂みの横に古ぼけたズック靴がふたつ転がっていて、その
靴から細い汚れた足首が茂みの中へと消えている。

 じいさん、死体かとぎょっとして、モップでおそるおそ
る靴をつついてみた。動かないので、いっそうびくついて
腰を引きながら、もう一度強く。そうしたら、ふぅーっと
激しく息を吐く音がして黒い大きな獣が飛び出してきた。
じいさん、悲鳴を上げてひっくり返って腰を打った。

 少年が茂みから這い出してじいさんと猫を見比べたとき
には、黒猫はもう知らん顔でちんまり座って、顔を洗って
いた。ひっくり返ったままモップを構えているじいさんに、
少年は四つん這いで出てきた茂みの前に膝を折って座り、
両手をきちんと揃えて言った。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 じいさんはまだちょっとカッカとしていたが、見れば子
供だし、何より少年の黒くて丸い目でじっと見つめられる
と、怒る気が失せてしまった。それに、昨日酒場の親父か
ら聞いた話を思い出した。

「ああ、おめえ、昨日外から来たって餓鬼だろ? こんな
ところで寝ちゃだめだ。お巡りに見つかったら怒られるぞ。
それにしてもいったいお前さん、どっから来たんだね?」

 少年は困ったように首を傾げてじいさんを見た。

「どこからも来ないよ。ずっとここにいる」

「嘘つけぇ。ワシは昨日も一昨日もここを掃除したけど、
お前さん、いなかっただろ」

 少年は真剣な表情で首を振った。

「だって、ぼくはいつもここにいるもの。ぼくのいるとこ
ろがいつだって『ここ』なんだもの」

 じいさん、少年の言わんとしていることがぼんやりわか
るようなわからないような。それで、白髪頭を掻いて、言
った。

「おめえ、頭大丈夫か?」

 少年は、朝の風のように明るい声で笑った。汚れて黒ず
んだ顔に白い歯が光って、じいさんも何だか釣られて笑っ
てしまい、つまらない質問をするのが馬鹿馬鹿しくなった。

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