メキシコの隅っこ

メキシコの遺跡や動物、植物、人や風景などを写真で紹介してます

道端に転がる遺跡 トーコック

2007-01-31 04:03:22 | 遺跡
これ、まだ紹介してませんよねえ?
もう二年も前の写真ですが、ティランジアの写真を探していて見つけました。

カンペチェ州、ホペルチェンからカンペチェ市に向かう国道261号線。
と言っても、ただ舗装されてるだけで、
車線は左右一本ずつ、ガードレールもないという道ですが。

そこを走っていて、ふと見ると道端にありました。



国道と言っても車なんかほとんど通ってないし。
ぎゅぅぅぅん、と急ブレーキかけてバックしても平気です。

で、行ってみたわけです。
ちょうどホペルチェン周辺遺跡めぐりの旅の帰り道だったから。

あとで地図でも確認しましたが、
たぶんメキシコで最も詳しいと思われるGuia Rojiにも載ってません、この遺跡。
Tohcok トーコックという名前だそうです。



けっこう綺麗に残ってんな~。
というか、道を作るついでに修復したってほうが正解?

入っていくと、奥にあった小屋からおじさんが出てきて、
勧進帳ならぬINAHの登録帳を差し出すんです。
ここもちゃんと(一応)管理されてるのねえ。
入場料は? とおそるおそる訊いてみたけど、無料でした。



マヤアーチもちゃんとあります。

おじさん、けっこう暇そうだったので、いろいろ解説。
チェンと最後につく地名がこの辺多いのは、マヤ語で「井戸」という意味だからとか。
ボロンチェンは、「ボロン」が「9」の意味なので、「九つの井戸」だとか。
ホペルチェンは……忘れました(汗。

建物の内部には、副葬品?

 

左写真の下のほうのはメタテ、トルティーヤを引き伸ばすのに使う道具です。
右の写真には、ここにも球戯場があったんでしょうかね、
石のボール(これに革とかゴムとか巻いて使った?)と輪っか。
でもこの石のボール、どう見ても輪っか通りませんから!
むしろカンペチェの大砲の弾に見えます。
それに手前に小さな矢じりみたいなのとか。

なんか……こんな無防備に並べてて、盗まれないんかしらん?
とちょっと思いました。
いくら管理人さんがすぐ横に住んでいても、夜とかねえ?
でもまあ、こんなものをほしがる物好きもいないんでしょう。

風情はないけど、遺跡のメキシコにおける日常性を感じさせてくれる遺跡でした。

根っこのない植物

2007-01-30 04:39:26 | 植物
これもいっぺん特集(?)やろうと思ってたんですが。

 

こんな植物を、以前遺跡で拾ってきたんです。
あ、右のは、前にお見せした骨三兄弟を花びん代わりに使ってます。

最初何だかよくわからなくて、いろいろ調べてみたら、
日本ではエアプラントとかエアプランツとか言って、観葉植物として人気があるらしい。
学名はティランジア Tillandsia です。
パイナップルの仲間らしいです。

で、うっすら思い出したんですが、ドイツでもありました。
霧吹きで水をかけてやってくださいっての。
まあ、見事に枯らしましたけどね。
今思えば当然(?)、空中の湿気を吸い取って生きてる植物を、
あんな乾燥したドイツで育てようなんて、無謀な……。

じゃあカンペチェならいっくらでも自生してるから、
枯らすの大得意の私でも、と思いましたが、
やっぱダメでした……。
どうも、風通しと日当たりのいいところでないとダメらしいです。

 カラクムルにて

 シティ近郊のトゥーラにて

 チアパス州の遺跡トニナーにて

う……最後のはなんかちょっと違う気もしますが。
とにかく、こんなにわっさわっさと生えているのに、
家の中ではダメなのか~。残念。

だって、なんか知らないけどカッコいいんですよ、
こんなふうに、ボールみたいになってたりして。

 上に同じくトニナーにて

 カンペチェ州遺跡チカナーにて、木がひげ生やしてるみたい

うちは、犬猫がすぐにかじっちゃうので、鉢植えが置けないんです。
サボテンだってかじられちゃうんです。
でも、これなら天井からぶら下げて、ゆ~らゆら。
優雅でしょ~?

そう言えば、カラクムルではそこらの立ち木に、テグスで木片をぶら下げてました。
いきなり目の前に木片がゆら~~っと漂うのでびっくりしたんですが、
あれもエアプラントの着床用にぶら下げてるんだと思います。

実は種類もものすごくたくさんあるらしくて、
トニナーの写真の右隅にはボール型じゃなくて火焔式土器みたいな形のも
下半分だけですけど写ってます。

で、この植物、上にも書いたように、
水や栄養分を吸い上げる根っこというのはなくて、
岩や木の枝に捕まって自分を固定する根っこはあるんですが、
水は空中から吸い取ってるんですね。
で、ちゃんと光合成もしている。

他の木にしがみついていることが多いので、
私も最初寄生植物だと思ったんですが、
初めて見たのは91年にモンテレイ郊外のリナーレスという町で。



あの辺だって、相当乾燥してるように思うんですけど、
茶色くなりながらも、けっこうワサワサと。

で、これを指してダンナが、「寄生植物じゃないんだよ~」と。
ま、確かに。
でもさ~、もしかして電気盗んで生きてるんだったりして?
SFの世界です。



ベラクルス州のカテマコの街中でも同じ風景を見ました。
上の電線にいるのは、エアプラントじゃなくて、鳥です。

参考ページはこちらなんかをどうぞ。
TAKIさんのエアプランツのページです。
種類の多さにびっくり。
でもどれも、姿が綺麗だったり花が綺麗だったり、
私が拾ってきたのも、うっすらと銀色の産毛がステキなヤツでした。

あ~、家の中ではダメなのかなあ~(まだ諦め切れない)。
でも青空の下で気持ちよく育ってるのに、
拉致してきて家の中でってのは、かわいそうですかね~。

甘いお寿司にライム入りしょうゆ

2007-01-29 07:53:12 | メキシカン和食
前にも紹介しました、自称日本食レストラン、カルカイ

今日は日曜だというのにダンナはお仕事。
終わるのがいつになるかわからん、というので、
お昼はダンナが帰ってきた時間に外食となりました。

で、なぜか今日はプラサ・レアルのフードコート。
そんならば、まあたまにはお寿司でも
ということで、カルカイに挑戦~。



さて、クイズ。
このお寿司の名前は次のうちのどれでしょう?

1.タバスコ巻き
2.ガリバルディ巻き
3.サムライ巻き

アップで撮ったほうがおいしそうかな?
と、ちょっと頑張ってみました(?)



あんま、変わらんか……。
メニューに書いてあったは、
furikake、アボカド、うなぎ、甘ソース。

これだけでは、私の貧困な想像力ではどんな味だか見当がつきませんでした。
でも今日は、何となく冒険してみたい気分

で、お味は……。
まあまあでしたよ~。

「甘い寿司」というものをアリとするなら。

ふりかけの塩気とちょうどいい感じで、
お腹がめっぽう空いていたせいもあったかもしれませんが、
ちゃんと全部食べられました!

ああ、でも……
写真にもある別パックのしょうゆ(間違いなくライム入り)は
今日は使いませんでした。
だって、蒲焼のたれがたっぷりついてるんですもの。

ただまあ、このカルカイで食べるときのネックは、
お値段なんですよね~。

これだけで……82ペソ!!!(約820円)

まあね、お腹はけっこういっぱいになりますよ?
ご飯がぎゅっと詰まってるから、見た目よりはかなりボリュームあります。
もっとも、飲み物は無しです。
ジャパニーズティってのがメニューにあったので、それを頼むと、
「お茶はありません」とレジのお姉さん。
じゃあ、ボトルの水でいいや、と言うと、それもありません。
あるのは缶入りレフレスコ(清涼飲料)のみ!
お寿司にコーラだのペプシだのはなぁ~。
よって、純粋に巻きだけのお値段

で……。
同じフードコートの中華料理を食べるダンナ。



こんだけ盛りだくさんで、でっかい飲み物もついて、
49ペソ(490円)かぁ、と思うと、
やっぱりメキシコでは日本食(紛い物であろうとも)は
お高くつくのでありました。

太田連二ドクトル

2007-01-27 02:37:54 | 日系移民関連
移民のお話が出たので、引き続きシマちゃん泣かせ(?)です。

エスクイントラの道。



残念ながら、エスクイントレと呼ばれたらしい犬は一匹も写ってませんが。
これ、人力車に揺られながら撮影したんです。
どこが!? と言われるかもしれませんが、そうなんです。

で、人力車のおじいさんとシマちゃんが、
「あっちだったような気がするんですけど……」
「うん、こっちにそんなようなものがあったと思うよ~」

などと、ゆらゆら揺られながら青空の下、緩やかな会話を交わし、
なんとな~く進んでいくと、ありました!

第一次榎本移民、太田連二ドクトルの大頌徳塔(というらしいです)。

 

ドクトル R.オオタ、1917年5月6日没。
高貴にして高潔なドクトル・オオタへ、
エスクイントラ、アカペタウア、マパステペックの住人たちの
尊敬と感謝の念の証として
いつまでも安らかならんことを


と書いてあります。
何というか、単語の区切り方がとても日本的。
まあ日本と関係なくても実は、好きなところで切っちゃいますけどね、メキシコ人。
でも、こういうときだけは、勝手に日本的と思いたくなるもんです。

なんでこんな道端に記念碑というか、これ墓石なわけですけど、
あるのかというと、
ここら、当時は霊園だったそうです。
でも町がどんどん大きくなって通りが延びて、家が建って、
霊園を撤去してよそへ移すことになったとき、
この太田ドクトルの碑だけは、
動かしてくれるなと町じゅうの人の反対運動で、ここに残ったとか。
(シマちゃん談)



碑の前にたたずむシマちゃん。
碑の後ろに、ひょっこりと生えているパパイヤの木が可愛い。
というか、



同じような写真を何度もすみませんが、
この並びのおうちの色彩に、もううっとり……。



さて、松田英二氏という、移民関連では必ず名前が出てくる植物学者さんがいます。
この人が書いた、当時の記録、貴重な一次資料をシマちゃんから見せてもらいました。

そのうちの一冊、
『南メキシコに遺された日本人の足跡』(昭和41年8月31日発行)というのは、
藁半紙っぽい紙を綴じた小冊子。
その口絵写真に、このドクトル・オオタ大頌徳塔の写真がありました。



スキャナの限界で、まだらになっちゃってスミマセン。
でも、これはきっと、まだここがちゃんと霊園だったころの写真だと思います。

そしてこの小冊子に、ドクトル・オオタについての記述も。
以下、引用します。

「最後に見落としてならぬ人物は、仙台人太田連二である。
 彼は前にも記したように、榎本の自由移民として渡航したのであるが、
 資性あわれみ深く、学ばざるによく医者の業に巧にして、
 すでに太平洋を渡る時から、仲間や船乗の病気や負傷を治していた。
 それ故エスクィントラに住んでは、よく村人のために病を癒し、怪我を治した。
 しかもすこぶる淡白な態度でお金に心を惹かれないため、貧乏人がどれ程助かったか知れない。
 彼が一時結婚のため日本に旅するという噂が立つや、全町民は酒を担ぎ込んで、
 再び必ず町に帰られんことを願い、町中の楽器を動員して、
 彼の門出を祝うという有様であった。」


当時の榎本移民の中に仁平氏という医師がおられたようなんですが、
太田氏はその助手として働き、仁平氏がトナラ市に往診中黄熱病に罹って亡くなったあと、
その医院を継いでドクトル・オオタとして町民に慕われたそうな。
しかしドクトル・オオタもまた、黄熱病で不帰の客となったとあります。

「エスクィントラの町民は、氏の没後、永くその徳を追慕し、
 その徳をほめたたえんがために、町会の満場一致の決議により、
 同氏旧居の前通りを”Avenida DR.OTA”と命名し、表彰したのであった。」


この通り、今でももちろんあって、私も通りました。
標識の写真を撮っておけばよかったかなあ。
夜で暗かったので、ほほ~、と眺めただけになりました。

「その葬儀の時、町民の嘆き悲しみは非常なもので、
 前後にその例を見ない盛んな葬儀を営んでくれたという。
 又彼の死後未亡人が三幼児を抱えて思案に暮れていた時、
 一日農夫風の男が五匹の牛を引き来りて
 『これは太田先生の牛です。五年前、息子の病気を癒して貰って、
 お金がなかったので一匹のめ牛を差上げて、自分の牧場で飼養して置いたのが
 いまや五匹になりました』と。
 その翌日また四匹、つづいて三匹、五匹と数日を出でずして集まる牛馬三十余匹、
 全家族の帰朝の費をつぐのうて余りありしと。」


こういう話を読むと、感動するとともに、
ちょっと自分の成し遂げた(というか遂げてない)ことを考えて、
ちいちゃくなっちゃいます……。
昔の人は、偉かったよなあ~……。

チアパス道中 - 人工物編 

2007-01-25 03:47:13 | 風景
遺跡もまだいっぱいあるんですが、連日だと飽きるから、
今日は南に飛んで、チアパス。

チアパスの州都トゥクストラから、さらにバスで6時間。
シマちゃんのアカコヤグアまで行ったときの
バスの中から見た風景です。
今日は、その中でも自然じゃなくて、人工物を。

 どこかの村の教会

道も無舗装。
典型的な「村」ってこんな感じですかね。

 何だろう?

なにかの工場か、採石場、には見えないか……。
何だかわからないけど、とにかくひたすら山山山、の風景から
ふっと解放されてこういう人の手からなるものを見ると、
やたらとホッとするんです。
ああ~、人がいるんだ、見えないけど、どこかにいるんだ、と思うんでしょうね。



ここにはちゃんと人も写ってます。
たぶん、下校中の子供たち。ほほえましい~。
こんな時代、私にもあったよね。
でもこれは、そのバックに写る円錐形のものを撮りたかったの。
これ、なんですかね? サイロ?
しばらく点々とあって、やがてまた姿を消しました。

 陸橋。書かなくてもわかるか?

何となし、線路を見ると無条件にカメラを向ける習性がついてしまいました……?
でも、この錆具合が、何だかとっても懐かしかった。
子供のころ住んでいた田舎にも、こんな陸橋がありました。

 線路を歩く一家。

 街中の人力車

この写真は、バスが止まった途中の町で撮ったものですが、
エスクイントラでシマちゃんと人力車に乗りました。
おじいさんだったけど、グイッグイッとけっこうな力で漕いでくれます。
す~いすいと、風が涼しくて、とっても快適。
道がデコボコなところで曲がろうとすると、すごく重そうなので、
ついつい飛び降りたくなりますけど、
でもゆっくりとでも着実に進むのです。

 山のふもとの教会

これ、動いてるバスの中からとっさに撮った写真としては、
我ながらよく撮れていると、自画自賛(またかよ~)。
すっきりと立つ白い塔、アンニュイに雲がかかる後ろの山。
お気に入りの一枚です。

そして、アカコヤグアに到達~。



メインストリートだそうです。
シマちゃんブログのトップ写真と同じ構図だけど、
このときにはすでに舗装されていた、
というのが大きな違い。

チアパス道中、続編もありますのでお楽しみに!?

四人の王が眠る神殿、バラムクー

2007-01-24 03:25:52 | 遺跡
バラムクー Balamku(uにアクセント)は、
カンペチェ州カラクムル遺跡の少し西のほうにある小さな遺跡です。

前にも行ったことがあって、ここでも紹介していると思ったんですが、
チカナーとベカンは紹介してるのに、
バラムクーはなかったですね……。
お天気悪くて、いい写真が撮れなかったからでしょう。
今回は、お天気女シマちゃんのパワーで、綺麗な写真が撮れました。



二重門があります。

バラム Balam がジャガーという意味で、
クーが神殿だそうです。
ジャガーはマヤ文明では重要な動物で、神の化身だったりするので、
バラムとつく遺跡、多いですよね。

この門を潜り抜けると、ちょっとした広場になっていて、
ピラミッドが。



ここのピラミッドは紀元前300年から西暦300年くらいのあいだに建てられたもので、
でも紀元前600年くらいのセラミックも見つかっているとのこと。
西暦1000年ごろに放置された遺跡だそうです。

ピラミッドの中に、こんなものが。



ぶんぶんぶん~♪
ハチが苦手なシマちゃんは、見て見ない振りしてました。
でもまあ、こんだけ人がいないと、蜂でも何でも、遺跡を好き勝手使い放題。

さらに奥へ行くと、もうひとつ、というかふたつ並んだピラミッド。



この向かって左のピラミッドには、横手から入れる入り口があって、
係りの兄ちゃんが網戸を開けて中に入れてくれます。

ここは、地下世界への入り口。

四人の王が祀られているところです。



今回はちょっと頑張って、暗い中でフラッシュ禁止でも写真撮ってみました。
こういうのが四つ並んでいて、
それぞれ王がクロコダイルやガマの上に座っている、らしい。
この写真では、てっぺんが王で、
その下のお猿さんみたいなのがクロコダイルだと言うんですがね……。

半地下には墓所があって、王の死は日没になぞらえられ、
よってここは地下世界へと通じる空間、ということらしいです。

小さい遺跡ですが、こういうレリーフがきれいに残っている墓所というのは、
他の遺跡ではなかなかないので、一見の価値ありです。

コレハちわわニ非ズ

2007-01-23 05:04:57 | 親バカ
人様のワンコも親バカで紹介しちゃいます。
許可はいただいてます~。

mumuちゃんちに遊びに行ったとき、
迎えにきてくれたmumuちゃんの腕にぬいぐるみ!?
と思ったら、生きた犬でした。

いや~、ちっこい!
しかしけっこう警戒心が強くて、
私やシマちゃんと、遊びたい、けど油断はすまいぞ!という風情。

 

これ、チワワですって言われたんだけど……。
む、そうか?

見れば見るほど、足のつき方とか細さが違う。
耳の形だって、何かぜんぜん違う。
このシカのように優雅な足つきは、どこかで覚えが……。

と考えてみて、思い当たったのが
昔近所に住んでいたドーベルマン。
もちろん、このワンコの百倍くらいありましたけどね。

そう言えば、見たことはないけど
ミニドーベルマンとかいうのがいるんじゃなかったっけ?
と思って、mumuちゃんちのネットでイメージ検索してみたら、

ねえ、やっぱりこれだよね?
ほら~、そっくり。

ということで、
ミニピンシャー・ドーベルマンに決定~。

誰ですか、チワワって言うたん!?

まあでも犬種はどうでも、とにかく
ちっこくてひょうきんで、可愛い~~。
シマちゃんとふたりして追い掛け回して、
嫌がるのを無理やり少しずつ慣れてもらって、
mumuちゃんちのお子さんとも一緒に遊んでもらって、
番犬教育の邪魔しまくり

まあね、まだまだ仔犬ですから、遊びたい盛り。
ちょっと怖いけど、でも気になる状態で、
お母さんやご主人様が側にいれば、けっこう平気。

で、ポーン!と身軽にベッドにも載っちゃって、
ほら。


「ん? 写真撮るの?」


「それじゃ、ハイ、ポーズ」

何ですかなんですか、その左手は!
君、もうドッグショーに出るための練習してますね?
mumuちゃん、優勝間違いなし!

というわけで、紹介しちゃいましたよ~、mumuちゃんちの偽チワワ君!

何の変哲もない風景

2007-01-22 13:20:58 | 風景
また船かよ~、と言われそうですが

いやあ、ちょっとした言葉の行き違いからなんとな~しイヤな気分になったり、
ちょっとした誤解から人とのコミュニケーションがヘタだよなと落ち込んだり、

そういうときは、海と船。
これに限りますね。
いや、限らないけど。



夕暮れのボロ船。
こんな船でも、休める港があるのに……なんつって。



                

まあでも、すっきり透き通った空と海を見てると、
もうそんだけでこっちもすっきりしちゃう。



いつ見てもいい風景~。
同じような写真、何百枚(?)も撮ってるくせに、
見るたびに条件反射的に写真を撮ってしまうのでした。



メランコリックになった振りして、
実はサッカーの見すぎと寝不足だろ、って?
あら~、どしてバレちゃったのかな~?

ランチョの動物 - その他

2007-01-20 02:09:29 | 動物
さてさて、ランチョ最後の記事です。

ヒツジの食事風景を見せてもらったあとは、
横手にあった小さな小屋も見せてもらいました。
というのも、ここには生まれたばかりの……



白黒ブチの仔犬がごんろごんろ。
プププ、こちらを見上げているかわいい男の子は、
「この仔犬、ボクがもらうんだ」とほっぺを赤くしてます。
母犬は、焼肉パーティに出席中だそうで、
まあ時間になるとここに戻ってきて授乳するらしい。

その向かいには、あら~。



何となく……罪悪感を掻き立てる動物が。
いやあ、これちっちゃいし、まだ仔豚でしょ?
てことは……鍋でぐつぐつは、コイツラのお母さん……?
でも考えたら、生肉テーブルにあった頭もそんなに大きくなかったし……。

いやいや、深く考えるのはよしておこう



それから、ランチョ内にラグーン(潟湖)があるんだよ~、ということで
牛さん放牧地を通り抜ける。

 

のどか~。



の、のどか~……

さすがに湿地帯で足元が緩いところを、ミモザのトゲに引っかかりながら歩きます。
ぐるっと回っていくと、ついに、湖が。

 対岸の牛

 ウの大群

なんであそこにばかり鳥が集まってるのかな?
と不思議がっていたら、あそこには魚を獲るための仕掛けがあるんだとか。
なるほど~。
しかし、そしたら魚、人間さまの分は残ってるんでしょうかね?

そして岸辺の大木には



これ、クリスマスの飾りに使う草です。
それが天然に、大木のどの枝からもずっしりと。
それはそれはでかい、ナチュラルメイドのクリスマスツリーでした。



というわけで、あちこち鼻を突っ込んで楽しく遊ばせてもらった
ランチョの半日、
mumuちゃん、大感謝!
ランチョの皆さんにも、ありがとうとよろしくとお伝えください。


スミマセン、見せてもらったのは Borrego で「ヒツジ」なのに
なぜか「ヤギ」と勘違いして、そう記述してました。
あとで気がついたので、本文は書き直しましたが、
コメント欄はどうしようもないので、そのまま恥をさらしてます。
脳内修正して読んでやってください。よろしく

ランチョのヒツジたち

2007-01-19 01:58:23 | 動物
さて、昨日の続きで、mumuちゃんランチョです。

おいしいブタを食べたあと、ヒツジの飼育をしているということで、
見せてもらいに行きました。



おお~、なんかランチョらしい風景!?

ここにヒツジ囲いがあるんですが、仔ヒツジが一頭さまよい出てしまって、
餌の時間なので中に入りたいんだけど、入り口が見つからなくて、
べぇぇべぇぇ、と悲しく鳴きながら周りをさまよってるんです。

餌係の兄ちゃんは、別に気にするふうでもなく。
自分で何とかしな、ってことですかね。
でもおせっかいな私たちは見るに見かねて、三人で
仔ヒツジを入り口のほうに追い立ててやりましたら、
ちゃんと入っていきました。よかったね。

で、ごはんの時間です。

 

柵があるのに、なぜかはみ出している仔ヒツジたち。



だから、さまよい出るのもいるんだなあ。

 自分だけお乳飲んでるやつ。

なんか、羊は必ず双子で生まれてくるって聞いたことありますが、
ここでもけっこうな確率で二匹セットでいたような。

 

右のペアには、まだへその緒がついてます。
発見したのはシマちゃん。
あんまり動き回るので、うまく撮れなくて、これが精一杯でしたが。

でも、こうして元気でひょこひょこと走り回る仔ヒツジたちの中に、
ご飯を食べる気力もなく、倒れてあえいでいる白い仔ヒツジも一頭いました。
病気なのか、もともと弱い個体だったのか、
それでもちゃんと人の手でご飯を食べさせて看病してやれば何とかなるのでは……
と思うんですが、そこは商売、そこまでしてられない、ってことでしょうか、
餌係の兄ちゃんも、どうだろうねえ、だめかもね、と言うだけでした。
生き物相手とはいえ、シビアでないとやっていけない部分もあるんでしょうね。



さまよい出た猫。
じゃなくて、これは自由に歩いてるやつですね。
なぜかヒツジ囲いのところで、私たちを迎えて挨拶してくれました。
お肉パーティのところは犬がたくさんいるので、
ここらに避難してたんでしょうか。

まだまだいろんな動物がいるんですが、それはまた明日。

スミマセン、見せてもらったのは Borrego で「ヒツジ」なのに
なぜか「ヤギ」と勘違いして、そう記述してました。
あとで気がついたので、本文は書き直しましたが、
コメント欄はどうしようもないので、そのまま恥をさらしてます。
脳内修正して読んでやってください。よろしく

ランチョ(大農場)のごちそう

2007-01-18 04:17:32 | 食べ物・飲み物
久し振りにまた、サパタのmumuちゃんとこの話題を。
いやもう、毎日気紛れに話題を選んでて、申し訳ないです。

12月にシマちゃんと遊びに行ったタバスコ州サパタ。
mumuちゃんの旦那さまがランチョ Rancho を持っていると聞いたのは、
もうずっとずっと前のことでしたが、そのとき私が、
うわ~、いいなあ、遊びに行きたい~、と漏らしたのを、
mumuちゃんはちゃぁんと覚えてくれてました。

ランチョは、農場、大農場、放牧場、なんと訳せばいいんでしょうか。
革命前は一部の大金持ちがものすごい土地を所有し、
インディオたちを奴隷として働かせていましたが、
それを革命後にかなり縮小してもっと大勢に切り分け与えたものが、
今のランチョだと思います(でいいかな、mumuちゃん?)。

で、ランチョとはもちろん「遊び」に行くところではなく、
大変な肉体労働で経営・維持しているところではあるんですが、
私たち厚かましくも遊びに行きました。

クリスマスも間近な日で、ちょうど(?)親戚一同が集まって
ランチョのごちそうの日だったんでしょうか?



大きな栗の木の下で~♪
て、何の木か知りませんが、思わず歌いたくなるような大木の下で、
みんなが集まって一族団欒の図。



集まった子供たちは、何頭いるのかもわからないランチョの犬たちと、
一緒になって地べたで遊んでるし~。
犬が怖い、とか言うひ弱な子供はいないんだろうなあ(うっとり。

皆さんから歓迎を受けて、勧められたテーブルに着くと、
頭の上は……



うっそうと大木、その枝にはびこる植物たち。
ランチョのお姉さんが、「何撮ってるんだろう?」
不思議そうに一緒に見上げちゃってましたが(笑。
いやスミマセン、単にこういうのに感激しただけなんです。

さて、テーブルについているのは主に女性たちで、
ランチョの男ども(写真撮れなかったんですが、そのうちシマちゃんが
盗撮したのをアップしてくれると期待してます 笑)が
離れたところで料理担当。
カウボーイハットにブーツのお兄さんたちです。

 

巨大な鍋、ボートの櫂のような木ベラでかき回してます。
中身は、ブタ。
ときどき火から下ろしてました。なんでか、よくわかりませんが。



皿からあふれんばかりの肉の山。
手前のは、ブタの皮です。一緒に煮込んで、
木のテーブルで、これまた男性たちが切り分けてくれて、



私たちがいただくのはこんな感じ。
手前のくりんとなったのが、皮で、ちょっと毛が残ってます。
でもピンボケになっちゃって残念。

これを、手作りのでっかいトルティーヤ(これも写真撮り損ねて悔しい~)に包んで
ホクホクと食べます。
いや~、草原を渡る風、涼しい木陰、ほっかほかの料理。
おいしかったかどうかなんて、言わなくてもわかりますよね~?



ちなみに、メキシコに来たばかりのころ何度か、
ダンナの上司のホームパーティみたいなのに招ばれて行ったことがあります。
そのころはドイツから来たばかりということもあって、
夫婦で訪ねていったのに、男は男たちだけ、女は女だけで
別々に座ることに異常さを覚えました。
私の場合特に、スペイン語もまだままならず心細いのに、
まるで知らないおばさんの群に放り込まれた感じがしたってのもあります。
まあ、アメリカ人女性が同行して、
「まあ~ッ、まるでアラブ人の集会ね」とあけすけに言ったこともあって、
そこまで言うと、どっちに対しても失礼じゃないっすかね、とちょっと思いましたけど。

で、今思えばそのときも、ポーチに座った男たちがグリルをして、
家の中に座った女たちに焼けたのを持ってきてくれた、という感じだったんですが、
ドイツと同じような石造りの一軒屋で、そういう方式って
やはりすごく違和感ありました。

それが、今回はランチョでだと、そんなに気にならなかったんですよね。
むしろ、ランチョの女性たちのほうが(何もしてないわけではないですが)
悠然としておしゃべりに勤しんでいるふうで、
ちょっと向こうの柵越しには牛たちが草を食んでいる状況、
というのもあってか、ここはこういう生活、とすんなり受け入れられたような。
まあ、当時よりメキシコに長いから感覚鈍ってるってのもあるかも(笑。
でも、今でもダンナの上司のパーティに行きたいとは思いませんが。



さて、腹ごしらえをして、
あとランチョのさまざまな動物たちも見せてもらいましたが、
それはまた今度。

私たちがお腹いっぱいになっても、まだまだあるお肉。
ちょっと見学~。



生肉のテーブル。
頭が、下顎と上顎に分かれて転がってます。
ひっくり返して、目玉まで確認してしまった私たち。
成仏してくださいと拝んでおきました。

肉と皮は鍋にぶち込まれますが、
内臓は別の鉄鍋にそのまま入れられてました。
ハエがワンサカたかってましたが、気にする人もなく。
腸なんかはきっとソーセージに使うんでしょう。
その他の内臓も、使い道はあるはず。

ブタの足が一本、ビニール袋に入れて木の枝にぶら下げてありました。
一家族が帰るとき、それをお持ち帰り。
きっと、犬にやられないためには、それが最善の方法なんでしょうね。

ランチョには、確実に10頭を超える犬がいました。

 

ぷぷぷ、みんな、かわえぇ~。
肉を狙っては、蹴っ飛ばされて悲鳴を上げてるのもいましたが。
ここでは、犬も甘やかされてません。
いかんことしたら、遠慮会釈なくぶっ飛ばされます。
でも、おとなしく待っていれば、ちゃんと順番が来て、
でっかい肉の塊をポイポイとテーブルから切り分けてもらってました。

うーん、うちのワンコよりいいものもらってんな~。
甘やかされるより幸せかもな~(しばし反省)。

ランチョのその他の「生きてる」動物たちは、明日紹介します。
一回じゃ終わらないかも。
いやもう、盛りだくさんでめっちゃ楽しかったんですよぅ~、ランチョ!

タイル特集

2007-01-17 08:12:43 | 芸術・民芸品
ええと、だいぶ前に(て、去年ですわね、申し訳ない
タイル特集やりましょう、なんて約束したような気がします。

ところが、写真を探してみると、意図してタイルを撮影したものは
案外と少なくって……。
それでも何とかかき集めてみました。
タイルを撮ったんじゃないのでピンボケのもたくさんありますが……。
これからはもっと意識してタイルも撮影しようと思った次第。



というわけで、メキシコでタイルと言えばこれでしょう、
知らない人のいない(ホントか!?)「青タイルの家」。
シティの中心部にある有名な建物。

 

さすがにすばらしいです。
16世紀末の建築だそうで、プエブラのタラベラ焼きが一面に。
支倉常長一行が宿泊したところでもあります。

さて、こちらは同じようなタイルでも、ちょっと……。



メリダでバスの窓から見かけて、綺麗だなと思って写真を撮ったら……
右半分は本当に綺麗だったんですよ~!
それなのに、写ったのは左半分、こんな看板……(泣。
法律事務所、リストラされましたか? と書いてあります。



前にお見せしたメリダのアシエンダ、領主の館から、
同じ写真もあってスミマセンが。

 ベランダの壁

 部屋の隅に立つ神父像の足元に……

 ボケボケですみません、部屋の床のタイルも凝ってます

 前にもお見せしたキッチン

 キッチンの隅の棚。こういうゼリー、ありますよね

さすがにアシエンダは豪勢なタイルの使い方してます。
もっとちゃんと写真撮っておけばよかった~!



あとは、あちこちで見かけたタイルたち。



テアパのホテルの洗面台。
フラッシュでタイル部分がつぶれてしまって、味わいゼロですが……。
面影だけ、想像で補ってください。



メリダのホテルの階段。
トカゲ? ヤモリ?
なんか、めっちゃ可愛かったです。



カンペチェの防波堤のベンチ。
ちょっとおしゃれ。

そうそう、それで思い出しました!



NANAOさんとお散歩中に見つけた、シティのベンチ。
手書きの拙ない鳥さん。

それから、これもシティですが。



ソカロの裏通りを入ったところにある、マイナーな教会。
私の持ってるガイドブックには、どれを見ても名前すら書いてませんが、
鐘楼がタイルで覆われているってちょっと珍しくないですか?

えーと、最後に、元祖タイル???



な、なんか違いますか? えへへ……

黄色い町の黄色くない遺跡

2007-01-16 07:25:32 | 遺跡
昨日お見せした町イサマルの続きです。

修道院の回廊から臨むと、遺跡が見えます。



黄色いヤツじゃないですよ!?
その向こうに見えるグレイの石の山です。
この町には、三つだか四つだかもっとだか遺跡があるらしいですが、
修道院を出て、頼りにならない地図を頼りにうろうろと歩いていくと、
確かに遺跡がありました。
いい匂いをさせるトルティーヤ屋さんの隣でした。
入場無料。

遺跡の名前は Kinich Kak Moo、キニチ・カク・モーというらしいです。
4世紀から6世紀ごろに建てられたというピラミッドが。



あとで読んだ解説板にも書いてありましたが、
このピラミッド、一個一個の石がでかいです。
高さ34mだそうです。



こんな写真で、石の大きさが少しはわかるでしょうか?

まずは、裏にぐるっと回って、
どこまでも平地平地のユカタン半島をぐるっと見回して、

それからピラミッドに登ってみました。



黄色い修道院が見えてます。

ちょうどこのとき、地元の家族らしい一団が来てました。
でも、ピラミッドに登って嬉しがるのは、観光客だけ?
いや、あとでお父さんと息子らしいのが登ってきてましたっけ。
下で待ってるおばあさんを、ズームでこっそり撮影。



ピラミッドの上は風が強かったですが、見晴らしよくて、
短い足を必死で伸ばして登った甲斐がありました。



遺跡を出て、腹ごしらえに手近なレストランに。
そこで、不思議なものを見ました。



椰子の葉葺きの屋根の下に、水を入れたビニール袋がぶらさがっている。
何だろう? とみんなで首をひねってもわからなかったので、
やってきたボーイさんに尋ねると……

蚊よけだと言うんですよ。

「蚊って、目がすごく大きくてよく見えるので、
 こういうのをぶら下げておくと、自分の顔がアップになって見えて、
 びっくりして逃げていくんです


……信じますか?

黄色い町の黄色い修道院

2007-01-15 11:37:46 | 
ユカタンのメリダから、二等バスでちょっと行ったところに
イサマル Izamal という町があります。
見かけたパンフレットで、面白そうだね~、ということになって、
行ってみました。

ひたすら黄色い町です。

  

右を向いても左を向いても、前を見ても後ろを見ても、
黄色きいろキイロ……。

町の中心となる修道院も、もちろん黄色。



この修道院、前ローマ法王が訪ねてきたこともあるとかで、
こんな小さな町なのに、宗教的には重要なのです。

というのも、このサン・アントニオ・デ・パドゥア修道院、
ランダ神父がいたところなんですね。
ディエゴ・デ・ランダというのは、1549年、
このフランシスコ派の修道院が建てられたばかりのころですが、
マヤ族の各種の記録を「悪魔の書」として、
徹底的に焼却・破壊するという暴挙に出た坊さん。
そのおかげで、マヤ文明の多くが未だに謎に包まれたままだという……。

 修道院本堂、外側

 本堂正面の聖母のステンドグラスを内側から

 中庭を囲む回廊

 ひたすら青空に映える外塀

 待合馬車

最後の写真は、修道院の回廊から外を覗いたとき見えたものですが、
バスターミナルに到着したときも、その前に待つ馬車がいました。
地元民らしい女性の二人連れがそれに乗っておうちに帰っていきました。
観光都市メリダと違って、この町では馬車は、庶民の足のようです。

今日は写真ばっかりになってしまいました。
明日はこの町の他のところをもう少し紹介します。

またもやカンペチェの海

2007-01-14 09:38:49 | 風景
今日はヤボ用でカンペチェに行ってきました~。

用事を済ませて、いい子で待ってたワンコを連れて
海辺の防波堤へ。
行く途中ではけっこう雨も降ったんですが、
この時間にはからっと晴れて、またきれいな海を堪能。

 

ボートに群がって休む海鳥たち。
一階建てと二階建てがあるんですね~。

桟橋から町のほうを臨む。



でっかい国旗が翻ってます。



この街灯の独特な黄色、カンペチェ辺りではけっこう多くて、
普通の家でもこの色の外壁がたくさんあるんですが、
青空に映えるからなんでしょうかねえ。
こういう色合いをきれいと感じるようになったら、あなたはもうメキシコ人!?



カンペチェに日帰りで行くと、
行きも帰りも逆光、というのがネックなんですが、
今日の帰り道ではこんな風景でした。



カルメン島へ渡る橋の上。
なんか、地平線が輝いてます。



高圧電線と並行して走る道から、
これまたなんとも輝かしい雲を見ました。

用事自体は30分、場合によっては5分で終わってしまうこともあるんですが、
そのために往復6時間。
テレポートができたらなぁ、などと夢想しつつ車に乗ってましたが、
まあこんな風景を堪能できたから、よしとするか……。