メキシコの隅っこ

メキシコの遺跡や動物、植物、人や風景などを写真で紹介してます

これはなんでしょう その2

2005-11-30 08:05:42 | 食べ物・飲み物
え~意外なご好評(?)をいただきましたので、
引き続き~食べ物のはなしでございます。

植物には違いないけど、それもやっぱカテゴリエラーな気がするので、
ちゃんと作りました、食べ物カテ。

とはいうものの、
ぢつはひそか~に落ち込んでおりまして(自分がアホだから)
今日は自主謹慎しようかとか思いつつ~、
それでやってしまった馬鹿が直せるわけでもないということで
やっぱりがむばります。

おまけにダンナが出張でいないからとだらけて(いてもだらけてます)
ぐうすか昼寝をしたならば、
怖い本を紹介している本(映像つき)を読んでいる夢を見て、
しかも、こわ~~何これ、と言いつつ
ご丁寧に再読までしてしまったという(夢の中で)。
わたしゃホラーは好かんッちうの!
恐怖のあまり胸がドキドキムカムカしてしまって
さっき起きたところでございまふ、おはようございまふ。
まだちょっと胸がドキドキしてます。

では、気分を取り直して、今日はこれ。
これまた日本にいくらでもあったりして。
10年前はなかったハズですが。
シティの語学コースに通っていたころ日本人のあいだで大流行でした。

大きさは手榴弾くらい。
と書くと、某所に話だけは書いたことがあるのでバレちゃいますか。
そうです、中国製手榴弾です。

そんで、爆発しないようにそっと割ると(それ無理だから)
こんなの。


露出が下手くそでごめんなさい。
中身はカエルの卵

いや~~そんでもってこのカエルの卵がおいしいんですよね~~!
中には少量ながら甘~いお汁も溜まってますから、
それをこぼさないように、半透明のゲル状卵をズズズ……と吸い込む。
つべつべぽよぽよした感触と甘味がたまりません。
黒い種はかじっても平気。ばりばりと食べられちゃいます。
別に味はしませんが。
中身を全部食べたら、お汁の最後の一滴まで飲み干します。

これが、かの有名な(どこが)「中国製手榴弾」です。
中国製だけあって安いです、ま、手榴弾としては。
おまけに平和だし~。
どこぞの国へ出張している兵隊さんたちにも、これを配ったらどんなもんでしょうか?

買うときのコツとしては、振ってみること。
コトコトと音がするのが熟してておいしいです。
時期は、えーといつだっけ、そろそろ出回るころかな?

スペイン語名ではGranada china
グラナダって地名だと思ってましたけど、手榴弾なんですねえ。
いえ、辞書見ると「ザクロ」って書いてますけど。
普通のザクロもちゃんとグラナダっていいます。
これは、中国製。

あれ?
中国製だったら日本にもあるか???

これはなんでしょう?

2005-11-29 08:01:12 | 食べ物・飲み物
今日はクイズです。なんちって。
日本にもなんぼでもあったりして~?

はい、これ。



切ると中はこんなの。



カテゴリが植物だから、植物でしょ(て書いてたけど、食べ物カテ作って移行~)。
大きさは、うーん、そうだな、マンゴーくらい(説明になってるんだろうか?)。

そんでもって、この中身、スプーンですくって食べるとおいしいのだ~。
あっさり甘味、黒い粒々はキウィの種と同じ感じで、シャリシャリ。

教えてくれたのは、カンクーン近くの研究所にいたころルームメイトだったメキシコ人の女の子。
時期があるけど(8月前後かな?)スーパーで売ってます。

一度、こっちのスーパーで並んでたんで、
買おうと思って袋に入れてたら、
通りがかったおじさんがひとつ手に取って、私に
「これ、なんて名前だっけ?」と訊きました。
私は、ちゃんと知ってたはずなのに、その瞬間度忘れ。
うーん、うーん、とふたりしてコレを手に悩んでいたら、
側にいたおばさんがくすっと笑って、教えてくれました。
あっ、そうそうそう、そうだよ、それですよ!

答は明日発表~~
というのは実は嘘です、自分が面倒だから(をい。
ピタヤPitaya、もしくはピタハヤPitajaya, pitahaya、
辞書見ると、「セレウス、クジャクサボテン」とありました。ほぉ~~。
なかなかシャレた名前だな~。

うーん、なかなか背景と同じ色にならんのう~。
でもま、一応隠したつもりなので、
反転してね。
とか書いてたけど ↑ の空白に答があります~。
カラーコード教えてくれたはびさんに感謝~。

ついでにおまけに、辞書はあてにならん! てことで
本当に日本での名前を知りたい人はコメント欄見てください~

ガスを買う

2005-11-28 08:41:15 | 風景
昨日の話ですが、ガスを買いに行きました。

うちは20kgと30kgのタンクを使っていて、
空になったら満タンにしてもらう方法が三つあります。

1.ガス会社の車が巡回してくるのを捕まえて持って行ってもらう。
これは割高です。おまけに、何となく中身が少なめで返ってくるようです。
掃除のおばさんに言わせると、全部からちょっとずつ抜くんだそうです。
そうかもしれないな、と思ってしまえるところがメキシコ。
おまけに時間がかかる。何十本も集めていきますから。
朝9時くらいに渡しても、3時とか4時くらいになったりします。
でももっと早く戻るかもしれないので、出かけることもできません。
これはまずめったに使わない方法。

2.三輪バイクでズババババ!と通りながら呼ばわる個人のおじさんに頼む。
これは上のより少し早く戻ってきます。戻る時間が予測しやすい。
お値段もやや安いです。
昔は、うっかり頼んで前払いするとタンクごと消えてしまった、なんて話も聞きましたが。
まあ顔見知りになればそういう心配はまずないです。
問題は、通り過ぎるのがいつかわからないこと。
ズバババ!が聞こえてから部屋から表へ出ていっても遅いことが多い。
捕まえるのが至難の業。

3.自分で持っていって詰めてもらう。
手間賃かかりませんし、時間もまあ行き帰り自分でわかってますし。
待つのとどっちがいいか。
あと、私は車の運転できないので、ダンナを使うしかないのが欠点といえば欠点。

で、今回は三つ目ですね、自分たちで持っていきました。
ガスステーション、割と好きなんですよね。
漏れたガスの匂いが臭いこともあるけど、
いつも見るこの錆びついて積み上げられたガスタンクの山の光景が。
車の残骸とかも、私、なぜだかけっこう好きです。
何となく、時間の流れ、世の無常を感じてしまうのかも?

昨日なんか、おまけにこんなのまで。


      つわもの
草に埋もれて 兵  どもが夢の跡

って感じしません~? しないか。
いや、比較対照がないとよくわからないかもしれませんが、
この草に埋もれている残兵たち、でかいんですよ。

そして、手前にね、
ひとりだけ真新しい青いペンキを塗ってもらって嬉しげに逆立ちしてる、
というか乾かしてもらってるんでしょうけどね。
おチビさんがひとり。
きっと彼は、まだ現役で働けるというのでお化粧してもらって、
これから戦いに赴くのでしょう。
ちょっと、ゴミ箱みたいですけどね。
これからも頑張ってほしいものです。

植木鉢のニュース

2005-11-27 10:40:19 | ニュース
植木鉢にキリストの顔が浮かび上がるというニュース、ちょっと前ですけど。

記事自体はいつかなくなってしまうようなので、全文転載しておきます。

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[ 2005年11月21日 22時29分 ]

[コズメル・メキシコ 20日 ロイター] カリブ海に浮かぶコズメル島で、植木
鉢にキリストの顔が浮かび上がっているのが発見された。ハリケーン「ウィルマ」
が通過した直後に発見されたもので、この植木鉢があった場所に聖堂が建設された。

ハリケーンが猛威を振るった3日間、ほとんどの人々は避難所で生活を共にした
が、コズメル島にある「オクシデンタル・グランド(ホテル)」に滞在していた客
は避難所には行かず、ホテルに留まった。

「ウィルマ」が去った後、植木鉢にキリストの顔が浮かび上がっているのを発見し
たのは、このホテルの受付係だった。

地元メディアはこの現象を奇跡だと報じ、「ウィルマ」により甚大な被害を受けた
コズメル島で、同ホテルに滞在していた200人の宿泊客が全員無傷で済んだことと何
か関係があるのでは、としている。

エナメル加工されたテラコッタ製(赤土素焼き)の植木鉢で、側面にはっきりとキ
リストの顔に似た模様があるとされている。ハリケーンの通過中、鉢は屋外に放置
されていたが、植えられていた花も含め無事だったという。

聖堂内に置かれた植木鉢の周囲には真鍮性のポールが数本置かれ、その間に真紅の
ロープが張られた。さらに警備員も配置されている。

「最初に発見したのはホテルの受付係でした。それからたくさんの人々が見物に訪
れ、鉢の前で祈りを捧げ、ロウソクに炎を灯すようになりました」と、警備員は語
る。

「植木鉢を見て泣き出す人が大勢いらっしゃいます。三日間私たちは避難所でハリ
ケーンが過ぎ去るのを待っていたのです……皆さん、いろんな感情が溢れて出てき
たのです」

「オクシデンタル・グランド」はハリケーン来襲前に宿泊客を本土に避難させなか
った唯一のホテルで、現在は小規模修理を行っているため営業を一時中断してい
る。また、この警備員によると、同ホテルには頑丈なシェルターが備え付けられて
おり、300人が3ヶ月間生活できる水と食料をストックしてあったという。

この記事はロイター通信社との契約に基づき、エキサイト株式会社が日本語翻訳を
行っております。

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「コズメル」じゃなくて「コスメル」だけど。まあいいけど。

同ホテルに滞在していた200人の宿泊客が全員無傷で済んだことと何か関係があるのでは、って、関係、ないない(笑。
と笑ってしまったんだけど、まあそういう発想が現代社会でできる人がいるってのも、
もしかしたら大事なことなのかもしれないね?

聖堂が建設された、ってのも、ふえ~~、と思ったけど、
スペイン語を読んでいると、そうじゃなくて、日本語記事にもあるように、
周りに紐を張って花を飾ったりした程度で、巨大な建物ができたわけではない。
そもそも、ホテルだしね?


前も、どこだかアメリカのトンネルの壁にグアダルーペのマリア像が現われたとか、
でも結局カビが生えてただけで、カビ駆除してペンキを塗り直すってんで騒ぎになってたような。
写真見ると確かに、すごくそれっぽく見えたけどね。

9.11テロのときも、崩れ落ちるビルの粉塵に悪魔の顔が~~、とかあったよなあ。

で、今度のはどんなもんなんだろう、とメキシコのニュースサイトを探してみたけど、
三件くらいしかかからなかった。写真もなし。残念。

ここの、って勝手に引用しちゃいますが、
インド映画紹介の写真、上から五枚目を見てください。
こんな顔だったら面白いかも。

ええと、植木鉢の写真を、と思ったんですが、ないです。
というか、うちにはそもそも植木鉢がないです
ので、今日はリンク先の写真を楽しんでください。
すいませんです……

寒くなりました

2005-11-26 08:39:19 | 風景
皆さま、お久し振りです(?)。
いやあ、寒くなりましたね~。

今年は熱帯性低気圧とハリケーンの発生が異常な数だとかで、
AからZまで用意した名前が足りなくなってしまったので、
そのあとはアルファ、ベータと味気ない名前がつけられ、
ついにガンマがやってきた先週は、
何日もじめじめとうっとうしいお天気でした。

それが通り過ぎて快晴になるやいなや、寒い~。
さすがのメキシコもぐっと冷えこみました。
まあ~、あと数日で12月、気の早い家は先週末からクリスマスの飾りつけです。

こんなに寒いの、久し振りじゃないかね?
とちょっとワクワクしたりもします。
朝「ねえ~起きてよ~」と顔をくすぐる犬の鼻先が、ち、ちべて~~よッこらッ!
そして、うーん、もうちょっと、と毛布を鼻まで引っ張り上げる至福のひと時。

パソに向かえば、指先がかじかんで動きがぎこちないです。
ああ、あれ、指先だけカットした手袋、あれがほしい、
どこへしまったっけ~、と考えてみれば、あれはもうだいぶ前に
脱いで手に持って歩いていて片方落としてしまったのでした。

キッチンで流しの水が冷たい~、きゃ~、なんて感覚も久し振り。
冬の洗い物は辛いんだったっけ、などと懐かしく思い出す。

どっちかと言うと寒がりより暑がりの私が、
何を間違えてこんな常夏のところに住んでるんでしょうかね?

でもたまにはこんな冬もあるわけで、
まあ見てください。



ずっしりと垂れ下がる雪の枝。

あっ、これはちょっとクリスマスっぽい!



なにしろ、こんな感じで、ほら



何もかもすっぽりと雪の下。


ってこれはもちろん、メキシコじゃないですね、すいません。
メキシコの冬は摂氏22度です。
さぶいよ~~~。
靴下はいて、長袖のシャツを着ようっと。

1-10 消える

2005-11-25 07:28:01 | 掌編連載
 少年と黒猫がどうなったか、それを話すか。

 ある日、この町から消えた。少年がやってきた南の丘へ
歩いていくのを見たと言う者もいる。そうではなくて、北
の山地へ向かったと言う者もいる。それから、天に昇って
いったと言う者もいる。

 消える前の日の夕暮、少年は東の外れの橋に立って河を
見下ろしていた。これは山から帰ってきた猟師三人連れの
話で、まず間違いないとされている。欄干に黒猫が座って、
同じように河を見下ろしていた。魚でも狙っているのかと、
猟師たちは笑いながら横を通り過ぎた。

「釣りをするにはそこからじゃ高すぎるぞ」とひとりが声
をかけた。

 少年の答えは、誰にも意味がわからなかった。

「うん、でももう間に合わなくなるから」

 結局それが、この町の人間が聞いた少年の最後の言葉だ
った。

 少年が消えてから、ずいぶん長いあいだ皆は寄ると触る
と、この言葉の謎解きに熱中した。けれども、今まで誰ひ
とり、皆が納得できる解答を出した者はいない。

 それにな、解答できたとしても少年は戻らない。きっと
な。

 だけど、少年はこの町にいろいろな逸話を残していって
くれたんだ。日が経つごとに、本当にあった話と、誰かが
脚色した話、作り出した話などが入り混じってしまって、
どこまでが本当かわからなくなってしまっているがな。

 ああ、またそのうち話してやろう。まだ、いろいろな話
があるから。

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終わりです~。
読んでくださった皆さん、ありがとうございました~。

ラストの一行は嘘っぱちです。
いかにも「もう飽きました~」て感じの終わり方でごめんなさい。
いや、飽きたんですけどね

さて~。明日からは通常運転に戻りますか~。
ええと。
大々的に(?)宣言した代物、まだ半分も行ってないですけどぎゃうん!

1-9 絵葉書

2005-11-24 07:26:23 | 掌編連載
 爺さんは写真を集めるのが趣味だったんだな。そう、少
年が住みついた小屋の、幽霊爺さんだ。子供たちや、興味
を惹かれた若衆たちが夜中にこっそりと小屋に忍び寄って、
爺さんがしゃべっているのを盗み聞きしたんだと。

 写真を集めていたのはもちろん生きているあいだ、それ
もおそらくはうんと若いころのことで、死んでからは集め
た写真を眺めるしかなかったんだろうな。少年が来てから
というもの、毎晩のようにモノクロームの絵葉書写真を見
せてはしゃべり続けたそうだ。

 写真は、一枚の例外なく人物を撮ったものばかりで、端
がよれよれになった古いものや、比較的保存状態のいいも
の、しかしどれも誰がどこで撮ったのかさっぱりわからな
いものだから、爺さん、適当な話をでっち上げては得意げ
に少年に話して聞かせた。黒猫までが行儀よく前足をそろ
えて座って、話を聞いていた。

「ええか、これはな、お前が想像もつかんくらい遠い遠い、
砂漠の国に生きとる人間だ。そこは砂だらけでな、だから
肌を見ろ、お前よりそんなに歳いってるわけでもないのに、
風と砂に晒されて風化しとろうが。だが、目だけは澄んど
るだろ。まっすぐとな。こいつはワシが思うに、砂漠の国
の王子だったんだな。隣の国に滅ぼされて家族兄弟殺され
て、ひとり国の再建を胸に潜めとる悲運の王子、そうだ、
それに違いない」

 こんな調子で、どんな襤褸を着た人間でも爺さんの口に
かかったら有名人だの高貴の血筋だの世紀の天才だのに変
身する。そしてありえないほど波乱万丈の人生を送るのだ。

「というわけでな、この王子は今でもどこかの国で……。
ああ、これこれ、こっちを見ろ。これはな……」

 最初は面白半分怖さ半分で覗き見していた者たちも、生
前の爺さんを知っている人間はその饒舌な豹変振りに呆れ
顔で首を振り、幽霊を怖がっていた子供たちは爺さんの話
にすっかり惹き込まれてしまった。立て付けの悪い雨戸の
隙間から覗いていたはずが、いつのまにか玄関から覗き込
み、上がりこみ、爺さんを囲んで座り込み、そのうちには
自分たちで話を大きくしたり逸らしたり、憤慨した爺さん
に間違いを訂正されたり、賑やかなことだった。

 そして、少年はその輪の中に座ってにこにことみんなの
話を聞いているだけだったのだが、その場にいた者たちが
言うには、モノクロームの古ぼけた写真からときおりじん
わりと色がにじみ出て、中には写っている人物が動くこと
もあったということだ。みんなが持ち寄った蝋燭の影が揺
れて重なって、そう見えただけだと言う者もいるがな。


(註:この写真は、H. Böllの本『Wanderer, kommst du nach Spa..』
 dtv出版の表紙から取ったプロの作品です。
 パソの壁紙に使おうとスキャンしました。
 勝手に拝借してごめんなさい)

1-8 ウサギ

2005-11-23 07:22:59 | 掌編連載
 ホットドッグ屋は結果として得をしたが、ウサギ屋の姐
御の場合はどうだったかな。その経緯はこうだ。

 少年がウサギ屋の前を通りかかって、檻に入っているウ
サギを見たとたん顔色を変えた。ポケットをひっくり返し、
たぶんホットドッグ屋が返したお金だろう、あるだけのお
金をつかみ出すと、ウサギ屋の姐御に差し出した。

 姐御のその商売は、まあちょっとした小遣い稼ぎで、ウ
サギ一羽が丸パン一個買える値段だった。だから、少年が
出した小銭を姐御が数えて、檻からつかみ出したウサギは
四羽いた。耳からぶら下げられた真っ白のや茶色のや黒い
のやを、少年は大事そうに両腕に抱えて、姐御に礼も言わ
ずに走り出した。

 一緒にいた子供たちは、何事かとあとをついて走ってい
った。少年は町外れの草原まで走っていくと、抱いていた
ウサギたちをそっと地面に下ろした。今まで檻の中しか知
らなかったウサギたちは、きょとんとしてその辺を嗅いで
回っている。

 少年はその様子をしばらくじっと見てから、いきなり大
きな声をあげて両手両足振り回して踊り狂った。ウサギた
ちは驚いて飛び跳ね、草のあいだに消えていった。子供た
ちも、そのあとを歓声で追った。

 少年と子供たちは、またウサギ屋のところへ戻った。檻
の前に立って、その中で右往左往しているウサギたちを無
言で眺める少年と子供たちに、姐御はすっかり神経質にな
ってしまって、膝をさんざん揺すったあと、とうとう大き
な声を出した。

「なんだっていうのさ、お前さんたち! よだれ垂らして
ウサギを眺めるより他に、することがないのかい? さっ
きの四羽でもまだ腹がくちくならないのかい?」

「さっきのは草原に逃がしたよ」

 ガキ大将が代わって姐御に言ったものだから、姐御、い
っそう腹を立ててしまった。

「逃がした? 逃がしたってまた、どうしてなんだい? 
あたしのウサギに、どんな不満があるのか言ってもらおう
じゃないの!」

 子供たちだって訳なんかわからないものだから、少年を
見つめる。それで、姐御も少年をにらみつける。少年は、
いつもと違ってなんだか泣きそうな顔で姐御を見ていたが、
ようやく細い声で答えた。

「だって、ウサギを檻に入れておくなんて、変だ。ねえ、
このウサギ全部買うにはいくらいるの?」

 姐御、目を剥いた。それからいろいろと少年を問い詰め
てみると、ウサギを檻の中に見るのが耐えられないらしい。

「ねえ、あんた、どこから来たのか知らないけど。ニワト
リ食べないのかい?」

「食べる」

「豚は?」

「食べる」

「牛も食べるだろ?」

 少年は頷く。

「ウサギも食べるだろ?」

 少年、無言で首を振る。両目に涙がいっぱいにあふれる。
姐御はすっかり参ってしまった。周りの子供たちも、しん
として深刻な雰囲気で少年を取り囲んでいる。それからガ
キ大将が真っ先にポケットを探った。他の子供もそれに倣
う。そうしてかき集めた子供たちのわずかな小遣いを差し
出されて、姐御のほうが泣き出しそうになってしまった。

「そりゃあさ、そりゃ、お金払って買ってくれたウサギを
そのあとどうしようと、それはあんたたちの勝手だけど、
だけどね……」

 そのとき、家の中から姐御の母親が出てきた。

「ねえ、お前。そりゃあたまにはウサギ料理も悪くはないよ。
だけどこんなにいっぱい檻に入れて置いていても、売れるの
はほんのわずかだろ。ウサギの餌代のほうがどうかすりゃ嵩
むくらいなんだ。もういい加減その商売は諦めたらどうかし
らねえ」

 姐御は檻の中のウサギたちの黒い目を見た。それから、少
年の黒い大きな目を見た。よしっ、と叫ぶと、檻を台から下
ろして、子供たちの前に置いた。

「さあ、もう全部いらないよ。好きにしておくれ」

 姐御、本当は泣きそうだった。けれども子供たちは大声を
上げて檻に取りつき、数人で工夫して抱えあげる。中でウサ
ギたちがすっかり慌てて飛び跳ねた。

 草原へ檻ごとウサギを持っていこうとする子供たちを姐御
が見送っていると、シャツの裾を引っ張る手があった。見る
と、少年がウサギと同じ目で姐御を見上げていた。

「よしとくれよ。そんなもの見に行く気はないよ」

 姐御は言ったが、声は意思に反して弱かった。少年がもう
一度裾を引くと、姐御は諦めたようについて歩き出した。

 草原を、白いウサギ、茶色いウサギ、灰色のウサギ、黒い
ウサギ、入り乱れて走っていく様子はなかなか壮観だったそ
うだ。姐御も子供たちと一緒になって大声あげてウサギを草
原に追い立てたそうだ。


1-7 ホットドッグ

2005-11-22 07:19:08 | 掌編連載
 ホットドッグ屋の親父は、吝嗇で有名だった。ハム屋の
作るソーセージは大きさがあんまり揃っていなくて数ミリ
の長短があるのが気に食わず、買いに行くたびにハム屋に
ぶつぶつと文句を言う。ハム屋はあの通り穏やかで無口な
たちだから、何を言われてもにこにことしているだけで、
だからってソーセージの長さが揃うわけでもなかったんだ
がな。

 そしてホットドッグ屋の親父ときたら、その数ミリの長
さをそろえるために端っこを切り落とすんだ。その端を集
めて、ちょうど一本分になったのでこしらえたホットドッ
グを毎日一個、自分で食べる。おまけにケチャップや酢漬
けのきゅうりまで自分できっちりの分量しか入れない。客
がもうちょい頼むと言っても頑として譲らない。まったく
頑固だが、しかし目分量の確かさだけは定評があったので、
ある意味公平だと、誰も表立って文句は言わなかった。

 その親父が、少年にただでホットドッグを一個恵んでや
ったなどという噂が広まった。少年が町へやってきた初め
ての朝だったらしいな、屋台を出していた親父がこっちを
じっと見ている少年に気が付いて、なんだお前、と問い掛
けたら、そのあと少年の笑い顔にふらふらと催眠術にでも
かかったように、いつもの手際でその日最初のホットドッ
グを作って差し出していたというんだな。

 親父はひげ面を真っ赤にしてその噂を否定して回ってい
た。なんでも、払うと思って食べさせたら食い逃げされた、
というのが親父の主張だ。だが、じゃあどうして少年をと
っ捕まえてお巡りのマドロウのところへ連れて行くなり何
なりしなかったのか、と問い詰められると、赤い顔を赤黒
くして黙り込むんだ。変だろう?

 まあそれでも、町の大半の連中はだからって親父にただ
にしろなどと無理難題を吹っかけたりはしなかったんだが、
ラミソンの牧場の若い連中が三人ほど連れ立って、悪ふざ
けで親父を困らせてやろうと押しかけた。

 ちょうど昼時で、けっこうな人数が集まって屋台の周り
でホットドッグを食べていた。なんだかんだ言っても親父
のホットドッグはうまかったしな。この町で唯一のホット
ドッグだからというだけじゃない。そこへやってきた三人
の若衆は、例の噂話を持ち出して、俺たちにも負けろと親
父に迫った。

 周りのやつらも、適当なところでなだめに入るつもりは
あったんだろうが、ちょいと好奇心で成り行きを見守って
いる感じだった。親父はまた例のごとく顔を真っ赤にして、
あれはそういう事情じゃなかったんだと繰り返す。しかし、
じゃあどういう事情だったんだと問われると答えない。答
えられない。けれども断固として負けられんと言う。

 そこへ、三人衆の膝を掻き分けるようにして少年が顔を
出した。汚れた片手をホットドッグ屋の親父に差し出す。

「おじさん、これ、約束のお代ね。今さっき、あそこのう
ちで」と少年は振り向いて通りの角の家を指し、

「お婆さんちの抜けない大根を抜くのを手伝ったんだ。こ
れでようやく金額が揃ったから、走ってきたの。遅くなっ
てごめんなさい」

 三人衆はいささか居心地が悪くなったが、それでもひと
りが食い下がった。

「じゃあ、親父、俺にもツケにしてくれよ。それならいい
だろう? 必ず払うんだからさ」

 親父は、少年から受け取った小銭を握り締めたまま、そ
の顔をじっと見つめた。それから、その小銭を少年に押し
付けるようにして返すと、大声でみんなに言ったんだ。

「ちくしょう、一生に一度だけ、町中のみんなにおごって
やる。ただし、ひとり一回だぞ! わかったらてめえらさ
っさと食いやがれ! それから他の連中にもとっとと食い
に来るように言うんだ。今日中ぽっきり、二度とこんなこ
た、しねえからな!」

 みんな一瞬しんとして親父を見つめ、それから歓声を上
げた。町中の人が押しかけ熱いホットドッグを食べ、それ
からホットドッグ屋は以前にもまして売上が上がったのさ。

1-6 リンゴ

2005-11-21 07:13:17 | 掌編連載
 アニー婆さんのリンゴの木を知っているだろう。今日は
その話をしよう。そう、それにもあの少年が関わっている
んだ。

 少年が幽霊爺さんの小屋に住みついて何日目かのことだ
と思う。三月通りの角で、数人のガキどもが少年を取り囲
んでいた。自分より上背のある子供たちに囲まれて、少年
はにこにこと笑っていた。その足元では黒猫がうそぶくよ
うに周囲を見回して知らん顔してた。

 子供たちのほうも、まだ手を出しかねていたんだ。少年
がちっとも怖がらないし、きっかけになる言葉を引き出そ
うとあれこれ乱暴な言葉をかけても、少年が何も答えずに
ただ笑っているから、気勢があがらない。一番体が大きく
てお山の大将をやっていた子供も、少年をどう扱うべきか
決心がつかなかった。

 緊迫がいよいよ高まったとき、黒猫がふわあと大きなあ
くびをした。子供たちがそれに気を取られた一瞬、少年は
よれよれの吊りズボンのポケットからリンゴを取り出した
んだ。

 今ではこの町の人間もひとり残らずリンゴを知っている
が、当時はまだ誰も見たことがない果物だった。真っ赤に
光ってつやつやの宝石を、子供たちはあっけにとられて見
つめた。

 少年は相変わらずにこにこと笑いながら、今度は反対の
ポケットから刃渡りが親指ほどの小さなナイフを取り出し、
リンゴにしゅっと切り込みを入れた。甘酸っぱい霧が子供
たちの輪の真ん中に立ち昇った。もうそれだけで、その場
にいた子供たちは身動きできないほどに魅了されてしまっ
た。

 少年はそのきらめく赤い皮と真っ白の果肉とを一口大に
切り取ると、ナイフの先ごとお山の大将に差し出した。お
そるおそるそれを受け取る大将に、笑って頷いてみせる。

 彼がそれを口にして、みずみずしい爽やかな味にすっか
り懐柔されてしまうと、他の子供たちも我先にと手を差し
出した。そこらにいた子供たちが走り寄ってきた。少年は
小さく切り分けたリンゴを、みんなに順番に与えた。

 どうやったらたった一個のリンゴが、そこに集まった子
供たち全員に行き渡ったのかわからない。それでも、ちょ
うどみんなが一切れずつ食べ終わり、リンゴが芯だけにな
ったとき初めて少年は、少し離れた小さな家の影に隠れて
その様子を見ている女の子に気が付いた。アニー婆さんは
当時、まだ小学校にもあがらない歳だったんだよ。

 お山の大将が少年の視線の先にいるのが誰かに気付いて、
言った。

「アニーは口が利けないのさ。声が出ないんだ。だからい
つも、あんなして隠れてるんだよ」

 それは本当だった。誰も、アニーがしゃべるのを聞いた
ことはなかった。

 少年はそれを聞くと、手の中に残った芯を眺め、それを
丁寧にほぐしてアニーに近付いた。普段なら知らない人か
ら真っ先に逃げ出すアニーが、そのときは恐怖を表わしな
がらもその場にとどまった。彼女を引きとめたのが少年だ
ったのかリンゴだったのかはわからない。

 少年は、芯からほぐしだした黒い小さな種をアニーの手
に握らせた。それは七つあった。

「これを庭に植えて、毎日水遣りしてごらん。数年経った
ら大きな木になって、真っ赤なリンゴを実らせるよ」

 アニーは無言で頷いた。

 七つの種から七本のリンゴの木が育ち、そのリンゴから
さらに増えたのが、今のアニー婆さんのリンゴ樹だ。リン
ゴを食べるようになったおかげか、それとも単に内気が治
っただけか、アニーはだんだんしゃべるようになった。

1-5 366軒目の小屋

2005-11-20 07:09:07 | 掌編連載
 この町には三百六十五軒の家がある。この町の人間なら
みな知っている数字だし、もうずっとそうだったと思って
いる者も多いが、本当は三百六十六軒目の建物が以前はあ
ったんだ。

 西の川沿いに細く続く道があるだろう? 今は夏草に埋
もれて道路とは言えないだろうが、子供たちが釣りに行く
とき踏みしだいて通る、あの小道だ。あれを辿って釣り場
より少し行った左側に、今でも壁跡の瓦礫がところどころ
に残っているはずだ。

 あの小屋がまだちゃんと建っていたころ、そこには気違
い爺さんがひとりで住んでいた。小屋といっても石造りで
煙突がついていて、小さいながらもポーチもあって、手入
れこそ悪かったがしっかりしたものだった。

 爺さんは、周りに野菜畑を作って収穫し、ニワトリや何
かを飼ってひとりで暮らしていた。町のほうへやってくる
こともないし、誰かが訪ねていって世間話をしようとして
もうるさいと怒鳴って追い返してしまう。そのうち誰も相
手にしなくなり、気違い爺さんと呼ばれるようになった。

 爺さんがそんなふうにひとりきりの偏屈になってしまっ
た経緯については、いろいろな話があってどれが本当かわ
からない。昔よその町の娘っ子と好き合ったが結婚できず
にそれきり独身を通したとか、いやよその町に行って結婚
もし子供もできたが嫁さんが死んで子連れで戻ってきて、
あげくにその娘がまたよその男と出ていっちまったんだと
か。

 そんなふうに一人っきりで暮らしていたものだから、爺
さんがいつ死んだのか誰も知らない。最初にそれを発見し
たのが誰だったかも、もうわからない。どこかの犬が爺さ
んのニワトリを食っているのを見てわかったのかもしれな
いし、子供たちが肝試しに忍んでいって、気配がないこと
に気付いたのかもしれない。

 幸い乾季だったので、かんからかんのミイラになってい
たそうだ。きちんとベッドに横になった格好だったから、
そんなに苦しまなかったのだろうとみんなは同情こめて噂
して、そして小屋の裏にお墓を作って埋めた。隣町から神
父を呼ぶにはお金がなかったので、家具屋のゼムラス爺さ
んが葬式の真似事だけして済ませたんだそうな。

 幽霊が出ると言い始めたのは子供たちだった。誰もいな
い小屋を、基地や何かにして好き放題遊んでいたのだな。
そこへ、爺さんの幽霊が出て、うるさいと怒鳴ったという。
あとから様子を見にいった大人たちも、爺さんを見た、い
や、姿は見えなかったが声だけはした、雷みたいな胴間声
だったなどと言う者が次々と出て、誰も近付かなくなった。

 町役場も、のんびりと土地と小屋の所有権について査定を
進めていたのだが、そんなところなら打っちゃっておけと
いうことになった。誰もそんな小屋や土地、ほしくないだ
ろう?

 そこに、少年と黒猫が住みついた。

1-4 空を飛ぶ

2005-11-19 07:05:55 | 掌編連載
 お巡りのマドロウが、と言っても息子のほうじゃなくて
当時は禿げ頭の親父のほうだったが、少年を初めて見たの
はラミソンの農場の横にある池だった。

 そのときすでにマドロウは、よそ者の少年の話をいくつ
も耳にしていた。曰く教会前の公園で寝ていた、曰く東の
外れの橋の上で猫と踊っていた、曰く朝早く屋台を出して
いたホットドッグ屋の親父からソーセージをねだり取った
(ホットドッグ屋の吝嗇さを知っているこの町の者なら誰
も信じないはずの話だが)、挙句に黒猫が人語をしゃべっ
た。

 特に最後のはどこから出た噂か知らないが、隣町から神
父を呼べと言い出す者もちらほら、マドロウはそれをのん
びりなだめて、町の中を探して歩いていたというわけだ。

 さて、マドロウが少年を見つけたとき、少年は池で泳い
でいた。まだ太陽が中天に昇りきらない時刻で、ほとりの
大きな楠の木の陰が池を半分覆っていた。木の下には、少
年が脱いだらしいボロの山と、黒猫が一匹。マドロウは鼻
歌など歌いながらぶらぶらと池に近寄った。

「おおい、寒くないかぁ?」

 巨体に出っ張った腹を青い制服の上から掻きながら、少
年に声をかける。少年は木陰がちらつく水面でくるりと向
きを変えてマドロウに片手を大きく上げてみせた。

「潜るとね、水が歌ってるのが聞こえるよ。おじさんも来
たら」

 マドロウは意味がわからなかったので、眉を上げて微笑
んだだけで胸ポケットから煙草を出して火をつけた。

「まあちょいと上がってこいや。訊きたいことがあるんだ」

「ぼく、どこからも来ないよ」

 噂に聞いていたとおりの少年の言葉に、マドロウは煙草
の煙とともに笑いを吐き出した。少年は達者な抜き手で楠
の木のほうへ泳ぎ、池から出た。マドロウは煙草をふかし
ながらのんびりと池を回って近付く。

 大きすぎるショーツを着けただけの少年は、指先や髪か
ら水を滴らせながらマドロウを見上げて笑った。痩せて肋
骨が浮いていたが、笑い声は元気で、肋骨も元気に上下に
揺れた。マドロウは一緒に笑ってしまったが、すべきこと
は忘れなかった。

「なんかちょっと話してくれやぁ、お前。まあ何でもいい
けど、ええとほら、たとえば名前とか、親のこととか、さ」

 マドロウが池のほうに視線を逸らしながら困惑と申し訳
なさのにじみ出る口調で言うと、少年、あっという間に楠
の木に登ってしまった。黒猫があとを追って駆け上がる。
少年は下から三番目の枝にまっすぐに立って、小さく跳ね
る。揺すられて、枝の先まで葉が一緒に笑った。猫が抗議
するような声音で鳴いた。

「ねえ、おじさん。ぼく、空を飛べるんだよ。飛んでみせ
ようか」

 マドロウの禿げ頭より遥か上だ。呑気者のマドロウもさ
すがに、煙草を口の端から落とした。

「ちょっと待て!」

 苦しいお腹を曲げて煙草を拾い、覚悟を決めた大声で叱
りつけた。

「お前、なに馬鹿を言ってる! もういい、なにも訊かん
から降りてこい」

 そのころにはラミソンの農場からもその向こうからも、
人が集まってきた。少年はさらに枝を揺すって近付く人々
に手を振り、両手を大きく広げて、そして飛んだんだ。

 少年が本当に飛んだと言う者と、池に飛び込んだだけだ
と言う者とで意見は対立している。マドロウは、うん、マ
ドロウはその件に関しては勘弁してくれと言っている。

1-3 掃除夫

2005-11-18 07:02:05 | 掌編連載
 少年に関する二番目の話はこうだ。

 掃除夫のじいさんがまだ空も白い朝のうちから教会前の
公園に仕事に行った。ひんやり涼しい空気を吸いながら、
ガタガタと掃除用具の手押し車を押して花壇の脇を回ると、
茂みの横に古ぼけたズック靴がふたつ転がっていて、その
靴から細い汚れた足首が茂みの中へと消えている。

 じいさん、死体かとぎょっとして、モップでおそるおそ
る靴をつついてみた。動かないので、いっそうびくついて
腰を引きながら、もう一度強く。そうしたら、ふぅーっと
激しく息を吐く音がして黒い大きな獣が飛び出してきた。
じいさん、悲鳴を上げてひっくり返って腰を打った。

 少年が茂みから這い出してじいさんと猫を見比べたとき
には、黒猫はもう知らん顔でちんまり座って、顔を洗って
いた。ひっくり返ったままモップを構えているじいさんに、
少年は四つん這いで出てきた茂みの前に膝を折って座り、
両手をきちんと揃えて言った。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 じいさんはまだちょっとカッカとしていたが、見れば子
供だし、何より少年の黒くて丸い目でじっと見つめられる
と、怒る気が失せてしまった。それに、昨日酒場の親父か
ら聞いた話を思い出した。

「ああ、おめえ、昨日外から来たって餓鬼だろ? こんな
ところで寝ちゃだめだ。お巡りに見つかったら怒られるぞ。
それにしてもいったいお前さん、どっから来たんだね?」

 少年は困ったように首を傾げてじいさんを見た。

「どこからも来ないよ。ずっとここにいる」

「嘘つけぇ。ワシは昨日も一昨日もここを掃除したけど、
お前さん、いなかっただろ」

 少年は真剣な表情で首を振った。

「だって、ぼくはいつもここにいるもの。ぼくのいるとこ
ろがいつだって『ここ』なんだもの」

 じいさん、少年の言わんとしていることがぼんやりわか
るようなわからないような。それで、白髪頭を掻いて、言
った。

「おめえ、頭大丈夫か?」

 少年は、朝の風のように明るい声で笑った。汚れて黒ず
んだ顔に白い歯が光って、じいさんも何だか釣られて笑っ
てしまい、つまらない質問をするのが馬鹿馬鹿しくなった。

1-2 夜明け

2005-11-17 06:58:20 | 掌編連載
 その日少年が東の町外れの石橋に立つと、ちょうど河が
流れ出る山と山のあいだから朝日が真っ赤なかけらを覗か
せていた。

 少年は大きな黒猫を抱え上げて橋の欄干に乗せ、その横
に頬杖をついた。古ぼけたズック靴の爪先でとんとんと石
橋を蹴る。

 橋の下を覗き込むと、薄闇の中で河の水は鮮やかに不透
明な緑色で、緩やかな水紋を描いていた。しかし遠く高く
そびえる山に挟まれて河が生まれ出る辺りを見やると、細
く銀色に光っているのだ。そして下ってくる河の流れと反
対に、ぐんぐんと昇って大きくなってゆく太陽が。

「ほら、赤ん坊が生まれるよ。あんなに真っ赤な顔をして
力んでいるよ」

 少年が笑いを含んだ声で言うと、猫も笑うように抑揚の
ある声で鳴いてみせた。ひとりと一匹の顔に、生まれたば
かりの澄んだ光が届いている。

 石の欄干はひんやりと灰色だった。太陽がすっかり山の
端を離れると、黒猫はこんな冷たいところはもうごめんだ
とばかりにひらりと降りた。

「行こう。石投げしに行こう」

 少年は突然焦燥に駆られた口調で言うと、猫の意見に耳
も貸さずに橋の傍らから土手を駆け下りた。石の川原を走
る少年に、黒猫は抗議の声を上げたが、聞き届けてもらえ
ないとわかると仕方なさそうに川原まで降り、乾いた丸太
の上に毛羽立った尻尾を大切にたくし込んで座った。丸い
金色の目で少年を見守る。

 少年は足元の小石を拾っては川面に投げ始めた。できる
だけ平たい石を、腕を大きく回すように横から振って、水
面に平行に投げる。それでも少年の細い腕では、石は一回
か二回跳ねるだけですぐに緑の水に呑みこまれた。少年は
飽きずに石を拾っては投げ続ける。その後ろで猫がわざと
らしい大きなあくびをした。

 突然、川面から銀の光が飛び出した。きらりと光って、
水に落ちる。少年は、投げようとしていた腕をだらりと垂
らしてそちらを凝視した。また、少し離れたところからき
らりと飛ぶ。魚だった。

 あっという間に、数百数千の銀の光が水面から飛び出し
始めた。ぴちぴちと弾ける光の群れの、微かな水音が少年
のところまで届く。それは爽やかな雨音のように、夜明け
の川面を覆い尽くした。

 魚たちは光を撒き散らしながら、河を遡って、太陽の生
まれた山のあいだを目指して遠ざかっていった。

 原初の風景を見守るのは、少年ひとり。

1-1 始まり

2005-11-16 07:31:36 | 掌編連載
 その少年は夏の埃っぽい道を軽やかに歩いてこの町へと
やってきたのだよ。よれよれのシャツと色褪せた半ズボン
からは日に焼けた手足が伸びている。ぼさぼさの頭は一度
も櫛など入れたことがないようだった。言わば浮浪児の一
歩手前のその少年は、しかし悪びれる様子もなく南の丘か
ら続く道を歩いてやってきた。

 その足元には大きな黒猫が並んで歩いていた。

 中天を傾きはじめた陽射しが照りつける道はまだ午睡の
静けさを保って人通りもなかった。午後の営業を始めるた
めに店のブラインドを上げていた酒屋の主人が少年を一番
最初に見つけた人間だった。

「おーい、お前、どこへ行くんだ? どこから来た?」

 この小さな町ではよそ者など珍しいだろう? ましてや
徒歩でやってくる者など。見れば、誰だって声をかける。

 少年は立ち止まって、子供にしては細い顔に大きな黒い
目を酒屋へ向けた。

「おじさんはどこから来てどこへ行くの?」

 酒屋は思いがけない反問に戸惑って、口髭の端を引っ張
った。

「俺か? 俺はずっとこの町にいるよ。ここで生まれて、
どこへも行かないさ」

「ぼくもだよ。生まれてずっとどこへも行かない」

 少年は澄んだ声でそう答えると、陽気に片手を挙げて酒
屋に背を向けた。黒猫が、そこだけ白い右手を持ち上げ、
長く尾をひく声で鳴いた。酒屋は戸惑いながらも同じよう
に手を挙げる。それから自分の挙げた手を眺めて、どちら
の挨拶に答えたのだろうと数秒悩んだとさ。

 これが、あの少年に関する最初の話だ。