メキシコの隅っこ

メキシコの遺跡や動物、植物、人や風景などを写真で紹介してます

1-2 夜明け

2005-11-17 06:58:20 | 掌編連載
 その日少年が東の町外れの石橋に立つと、ちょうど河が
流れ出る山と山のあいだから朝日が真っ赤なかけらを覗か
せていた。

 少年は大きな黒猫を抱え上げて橋の欄干に乗せ、その横
に頬杖をついた。古ぼけたズック靴の爪先でとんとんと石
橋を蹴る。

 橋の下を覗き込むと、薄闇の中で河の水は鮮やかに不透
明な緑色で、緩やかな水紋を描いていた。しかし遠く高く
そびえる山に挟まれて河が生まれ出る辺りを見やると、細
く銀色に光っているのだ。そして下ってくる河の流れと反
対に、ぐんぐんと昇って大きくなってゆく太陽が。

「ほら、赤ん坊が生まれるよ。あんなに真っ赤な顔をして
力んでいるよ」

 少年が笑いを含んだ声で言うと、猫も笑うように抑揚の
ある声で鳴いてみせた。ひとりと一匹の顔に、生まれたば
かりの澄んだ光が届いている。

 石の欄干はひんやりと灰色だった。太陽がすっかり山の
端を離れると、黒猫はこんな冷たいところはもうごめんだ
とばかりにひらりと降りた。

「行こう。石投げしに行こう」

 少年は突然焦燥に駆られた口調で言うと、猫の意見に耳
も貸さずに橋の傍らから土手を駆け下りた。石の川原を走
る少年に、黒猫は抗議の声を上げたが、聞き届けてもらえ
ないとわかると仕方なさそうに川原まで降り、乾いた丸太
の上に毛羽立った尻尾を大切にたくし込んで座った。丸い
金色の目で少年を見守る。

 少年は足元の小石を拾っては川面に投げ始めた。できる
だけ平たい石を、腕を大きく回すように横から振って、水
面に平行に投げる。それでも少年の細い腕では、石は一回
か二回跳ねるだけですぐに緑の水に呑みこまれた。少年は
飽きずに石を拾っては投げ続ける。その後ろで猫がわざと
らしい大きなあくびをした。

 突然、川面から銀の光が飛び出した。きらりと光って、
水に落ちる。少年は、投げようとしていた腕をだらりと垂
らしてそちらを凝視した。また、少し離れたところからき
らりと飛ぶ。魚だった。

 あっという間に、数百数千の銀の光が水面から飛び出し
始めた。ぴちぴちと弾ける光の群れの、微かな水音が少年
のところまで届く。それは爽やかな雨音のように、夜明け
の川面を覆い尽くした。

 魚たちは光を撒き散らしながら、河を遡って、太陽の生
まれた山のあいだを目指して遠ざかっていった。

 原初の風景を見守るのは、少年ひとり。

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