遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『カンナ 京都の霊前』  高田崇史  講談社NOVELS

2020-07-19 11:43:31 | レビュー
 カンナシリーズはこの第9作をもって完結する。
 カンナシリーズは『飛鳥の光臨』から始まる。鴨志田甲斐は兄が家を出たために、伊賀・出賀茂神社を継ぐ事になる。兄のように慕っていた早乙女諒司が失踪し、一方、出賀茂神社の社伝、通称『蘇我大臣馬子傳略』と呼ばれるものが盗まれるという事件が起こる。これを発端に、甲斐は盗まれた社伝を取り戻すために追跡していくことになる。この追跡譚が、実は闇に葬られてきた「裏の日本史」を明らかにしていくというシリーズである。
 諒司らしい人を飛鳥で見かけたという情報から、甲斐はまず飛鳥に行くというところから始まる。それは聖徳太子の謎に迫ることになっていく。これを皮切りに、『天草の神兵』(九州・天草)、『吉野の暗闘』(奈良・吉野)、『奥州の覇者』(東北・水沢)、『戸隠の殺皆』(長野・戸隠)、『鎌倉の血陣』(鎌倉)、『天満の葬列』(九州・太宰府、三重・津)、『出雲の顕在』(島根)と全国各地を経巡り、社伝と諒司の行方を追跡していくことになる。それは蘇我家に関わる裏の日本史を解明する上で、関係する場所への遍歴でもあった。
 そして遂に、この『京都の霊前』という最終ステージに到る。

 このシリーズは全巻が一つのストーリーとして繋がっていく形なのだが、各巻が一応そのセクションで一つのサブテーマが完結するスタイルになっている。それ故、この第9作だけを読んでも、シリーズとしての大枠の背景を踏まえることができた上で、この第9作としてのストーリーの展開を楽しめるようになっている。さしずめ、ここでは最後の戦いがサブテーマになっている。

 京都の霊前とはどこか? 京都・嵐山の麓に鎮座する松尾大社の大鳥居から南に300mほどの場所に鎮座する月読神社である。月読神社の背後の山中に「玉莵」(ぎょくと)の本拠地があるのだ。ここを目指して対立する一群の人々が集り、最後の戦いを繰り広げる事態に到る。本書はこの最後の戦いのプロセスを描きながら、「裏の日本史」の謎を解いてゆく。

 プロローグは、三好ハルがロープで首を絞められて殺害されることから始まる。
 そして、まず早乙女諒司と柏木竜之介の行動描写から始まっていく。諒司は竜之介を出雲で、島根の大物政治家に紹介するという行動を取った後、京都を目指す。「玉莵」の本拠地に社伝を持参し竜之介を連れていくためである。なぜか。それは竜之介が天皇の地位に就いてもおかしくはないほど尊い血筋だということによる。「裏の日本史」を正統化する上で、竜之介が必要なのだ。列車での移動中に諒司は竜之介に秦氏のことについて語る。
 月読神社には既に早乙女志乃芙が娘の澪と一緒に来ている。実は澪の体に志乃芙の妹・冴子の冷徹な魂が同居していて、小さな体ではあるが、澪ではなく冴子として志乃芙に対している。つまり、冴子に引っ張られた形で志乃芙がこの境内に来ていることになる。冴子は玉莵の一員として争いの渦中に居る。志乃芙は澪を助けたいためにこの場に居る。
 冴子と志乃芙の間でも、弓月君から始まる秦氏の苦難の歴史が語り合われる。
 
 一方、飛鳥出賀茂神社の風祭宮司は自分のもとに入った連絡を伊賀・出賀茂神社社務所で鴨志田完爾に伝える。それは京都・嵐山で不穏な動きがあるということだった。彼らは玉莵の本拠地がここにあることを知っていた。二人は、甲斐の能力が思わぬ速さで開花してきていることを危惧していた。この不穏な動きが、逆に甲斐の能力を適切に開花させる機会になるのではないかと考える。父の完爾は甲斐を京都に行かせる決断をする。
 そこで、甲斐、丹波の孫娘の中村貴湖、忍者犬のほうろくが風祭と一緒に、月読神社の背後の山にあるという玉莵の本拠地を目指して行く。
 貴湖は玉莵のことを知る為に、やはり甲斐と秦氏のことを京都への移動中に話し合うこととなる。
 読者にとっては、古代における秦氏の存在とその立場・状況への理解が深まるプロセスになる。

 京都に着いた諒司と竜之介はタクシーで、玉莵の本拠地を目指す。だが、そこに諒司を阻止し、『蘇我大臣馬子傳略』を諒司から奪う目的で、波多野村雲流の一団が出現する。諒司の目に前に、良源が現れる。諒司の妻志乃芙の父であり、諒司には義父にあたる。『蘇我大臣馬子傳略』をどう使うのか、二人の間では全く異なる価値観があった。良源と諒司の対峙が争いに転換していく。そこに、冴子たち玉莵の集団が加わってくる。諒司の到着が予定より遅い事から冴子が動き始めてこの争いに気づき割り込んで行く。
 そんな渦中に、甲斐ら一行が遅れて入って行くことになる。
 この渾沌とした状況が、どのように展開していくかは、本書を開けて楽しんでいただきたい。この渦中で甲斐の能力が本人の気づかぬままにステップアップして使われていく。

 この小説にはおもしろいところがいくつかある。
1. 登場人物たちが、様々な立場で古代史における秦氏の存在とその実態および秦氏ゆかりの神々について、様々な資料を引用しながら解明していくことにある。史料の読み方や未解明の部分に焦点があたっていく。
 次のような文献が登場する。『聖徳太子傳略』『八幡宇佐宮御託宣集』『続日本紀』『』『日本書記』『隋書・倭国伝』『上宮聖徳法王帝説』(京都・知恩院蔵)『油日大明神縁起』『伊乱記』『法皇帝説證注』である。
 史料を解釈するおもしろさというものが読者に伝わってくる。そして、歴史とは何かを考え直す情報にはまっていくことになる。
 ここでは結論として、非実在聖徳太子説が論じられていく。スリリングとも言える。

2. オカルト的な要素や忍者犬という要素が加えられていて歴史アドベンチャーとしてのフィクションであることを常に読者に意識させる。その中で史料に記された内容が事実を隠してフィクション化されたものであると論じている点がおもしろい。また、最後の戦いは時代がかった忍者の武器が使われるという設定もまた時代をタイムスリップさせておもしろい。

3. カンナシリーズはこれで完結した。しかし、その中で懸案事項に留まる要素をいくつか残しているという所がおもしろい。少なくとも次の3点が挙げられる。
 1) 文中の会話の中で、時折、「このことはまたあとで」と保留されていく事項があること。これは著者の他の小説にも出てくる。将来の作品への伏線なのか。
 2) 甲斐が出雲から戻って来た時、甲斐を守るべく海棠聡美が毒矢の犠牲になって入院する。ICUにて治療を続ける状態が続く中で、このストーリーは完結した。甲斐と聡美の関係はどうなるのか。このままでは終わらない・・・・・といえる。
 さらに、この病院で、海棠鍬次郎、つまり”名張の毒飼い”に面会するために御名形史紋がちらりと登場する場面が出て来る。これもまた、今後への伏線なのか。
 3) エピローグで、甲斐は父から兄の翔一が神社に戻って来ることを知らされる。さて、甲斐の立場はどうなるのか。
 この小説の最後は「さてさて。これから一体、どうなるのだろう--。」という文で終わる。
  これだけでは終わらないだろうな・・・・。いつか、続編シリーズができるのでは? そんな気にさせるのだが・・・・・。

 いずれにしても、このシリーズは完結した。読むのが遅くなってしまったのだが、この第9作、最終巻は2012年7月に出版されている。
 

 ご一読ありがとうございます。
 
本書に関連して、実在する事項について少し調べてみた。一覧にしておきたい。
松尾大社 ホームページ

摂社 月読神社  :「松尾大社」

月読神社 :ウィキペディア

京都ミステリ-スポット 第7回 「月読神社(謎の神 月読命)」:「(株)航空経営研究所」
聖徳太子傳略 1/2     :「Taiju's Notebook - BIGLOBE」
聖徳太子傳略 2/2 巻之下 :「Taiju's Notebook - BIGLOBE」
八幡宇佐宮御託宣集  :「コトバンク」
伊乱記 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
上宮聖徳法王帝説  :「国立国会図書館デジタルコレクション」
法王帝説証注  :「国立国会図書館デジタルコレクション」
油日神社 ホームページ 
油日神社  :「JAPAN GEOGRAPHIC」 

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