山浦清美のお気楽トーク

省エネ、農業、飛行機、ボウリングのことなどテーマ限定なしのお気楽トークができればと思っております。

文系と理系

2012-01-12 | うんちく・小ネタ
 理系志望者が増加しているとの報道がありました。これは就職に有利であるからといった理由が大きいと分析されておりました。

 この文系・理系といった分類が適当であるか否かを論じてみたいと思います。私はこの分類に疑問を感じております。しいて分類するならば芸術系・非芸術(科学)系の方が適当ではないかと考えます。芸術系は、文学、音楽、美術などが含まれるのでしょう。それ以外は非芸術系ということです。

 いわゆる文系に含まれるとされる法律、経済、経営などの諸分野は人文科学、社会科学などにみられるように科学という文字が使われております。法律は論理的な思考が重要ですし、経済学や経営学では高等数学の理解が必要とされます。これが果たして文系と言えるのでしょうか?

 理系・文系の選択を迫られるのは、遅くて高校3年に進級するとき、早い学校では中学の時らしいのですが、これはあくまで受験に有利になるといった理由によって行われているものでしょう。このような早い時期に選択を迫ることが、果たして人生にとって必要なことでしょうか? 特に若い時には、もっと幅広く学ぶことが必要だと思います。
 改めて文系・理系を考えてみたとき、自分自身はいわゆる理系だと思い込んでいました。しかし随分と昔のことを振り返ってみますとどうも少し様子が違っていたようにも思います。ということでしばらく昔話にお付合い願います。

 私が通った片田舎の県立高校は、一応受験校とされており、8クラスの内1年次の段階では、英語と数学に限って2クラスを優秀クラスと称して別授業を行っており、その他の科目はクラスメートとの授業。2年次には2クラスだけ英数の成績によって選別されたクラス編成、三年次には国立理系、国立文系、私立理系、私立文系と細分化されていきました。私は1年次の時には、英数共優秀クラス入りを果たせませんでした。夏休み後に入替えが行われ、英語だけは優秀クラス入りを果たしましたが、入る人がいれば落ちる人がいるのが世の常です。何となく後味が悪い思いをしましたし、英語の授業も新参者にとって居心地が悪いものでした。2年次には成績不良に付き普通クラスでした。そうなんです。私は中学時代から数学が苦手だったのです。でもこの2年次の生活が私の人生を決定付けたようです。視力が急速に落ちて、パイロットへの道を断念したのもこの時ですし、何を血迷ったのか柔道部に入部したのもこの時です。ほとんどの授業は内職と称して、小説を読み漁っておりました。学校の授業は先生次第でした。数学の授業はほとんど聴いておりませんでした。これは先生が嫌い(数学が嫌いだったから先生も嫌いになったのかも知れませんが・・・)という単純な理由です。結局高校3年間を通してこの先生にお世話になることになってしまいましたし、おまけに2年次のクラス担任でもありました。成績の方は数学は相変わらずですが、英語などは実力テストでは優秀クラスを押しのけて上位にくい込んでいましたし、物理などはほとんど勉強していないにも係わらず上位を占めていました。社会なども授業はさほどでも無かったのですが、特に政治・経済や倫理・社会などが面白かったので、勝手に勉強しておりました。要は、自分の興味の赴くまま、勝手気ままに手当たり次第にといったことでしょう。そのころは、外国語学部に進学しようかなと漠然と考えておりました。

 その内進路希望のアンケートが配布され、確か第一希望に国立文系、第二希望に国立理系にチェックを入れたと記憶しております。結果、配属先は何の因果か国立理系クラスです。私が理系となったのは、たったこれだけの理由だったのです。

 小学生の時には、別に好き嫌いがあった訳ではありません。低学年の時には絵画を習っておりました。県展(福岡県)にも入選したりしたことがあります。理科や工作は好きでしたし、算数もそこそこ出来ていたと思います。社会なども好きでした。中学に入ってから、数学が大嫌いになりました。これも多分先生のお陰だと思っております。それが高校まで引きずってしまったのでかも知れません。



 大学は物理学科ですから数学の理解は必須ですので、それなりに勉強しましたが、やはり好きになるまでには至りませんでした。これが自分の限界だと諦めて、コンピュータのソフト開発会社に就職しました。仕事はやりがいはあったのですが、メチャクチャ忙しいものでした。こんな時でも通勤や仕事の合い間にも小説は手放せませんでした。特に歴史物や推理小説を手当たり次第に読んでおりました。偶々手にとったのが和久俊三さんの法廷推理ものです。結果的に法律の勉強を始めたのは和久さんのお陰でしょうか?

 長々と自分史を綴る羽目になってしまいましたが、私の場合理系・文系の決定は偶然の産物であることを言いたかったからに他なりません。しかし、それが結構その後の進路を決定付けるものであることが重要です。自分がどのような能力があるのかないのかに係わらずです。そして、今頃になってようやっと数学が面白くなりつつあります。人はそれぞれの発達段階があるようです。臨機応変に対応すれば良いのではないでしょうか?

 選択の必要性を迫られた時には、願わくは数学が苦手とかいった消去法によることなく、況や就職に有利とかいった瑣末なことに捉われることなく、虚心坦懐に自分を分析して選択して欲しいものです。そして、一旦選択しても将来変わることもあり得る訳ですから、何事にも興味を持つ姿勢を持ち続ける大切さを訴えたいと思います。