優しい母の話は大好きだったけれど、
まだおばあさんと話すことは不慣れで、
問いかけられて驚いたり、
なになにそれはいったいどういうこと、と目が
点になったり、黙り込んでしまったり、
仕方がないことだったけれど、
困った毎日が続くのでした。
優しい友達はいるにはいたけれど、
まことの友達という友達は、
遠くの町に引っ越してしまったし、
「ななちゃんなんて嫌い!」
天にも届くほどの大きな声で、
しびれる一言を投げてくる者もいて、
子供って大変だなと思うのでした。
「やれやれまた散らかして!」
「またニンジンを残しているのね!」
と言っておばあさんは叱ります。
「ななちゃんまた嫌われたのね!」
「天狗なんていやしませんよ!」
「シンデレラもいやしませんよ!」
「今度は許しませんよ!」
やかましいおばあさんの声が嫌いで、
まるっきり聞いている振りをしながら、
とんでもなく違うことを考える。
夏いっぱいに咲いた向日葵に、
手を伸ばしてあるべき光の方向を教える
使命がもし自分にあったならば、
「こっちよ! ほら、こっちを向くのよ!」
優しい先生はいるにはいたけれど、
まことの先生という先生は、
遠くの学校に飛ばされてしまったし、
「ななちゃんなんて大嫌い!」
天下に轟くような強烈な声で、
しばしば子供じみたストレートな、
告白を受けることもあるのでした。
「野菜を食べなさいと言ったでしょ!」
「またニンジンを残しているの!」
と言っておばあさんは叱ります。
「ななちゃんまた嫌われたのね!」
「天才なんていやしませんよ!」
「シーラカンスももはやいません!」
「古典もちゃんと読むのよ!」
優しい母の話は大好きだったけれど、
まだおばあさんとはうまく合わなくて、
遠くに行った人たちのことばかりが、
懐かしく思えてしまうような夜は本を一冊、
手に取って、もっともっと遠い世界の人のことを、
親身になって思ったり、
子守唄代わりにするのでした。
休み時間はいつものように一人で、
窓の外の飛行機雲を眺めていると、
突然、耳元で声が聞こえはっとしました。
「ななちゃんのこと苦手!」
照れたように、その子は言いました。
芝生がゆっくりと色づいていくように、
心にざわざわとしたものが訪れるのがわかりました。
厄介なニンジンのこと、
まだ不慣れなおばあさんのおしゃべりのこと、
飛び続ける雲を千切った言葉のことを思っていました。
「ななちゃん何かいいことあったの?」
天狗も天使もシンデレラもいないけれど、
しばし空想に耽りながら、新しく現れた
言葉のことを思っていました。
やがて我に返ると目の前には課題が見えます。
「またニンジンを残しているの!」
時は今です。
「ななはニンジンが苦手!」
天にも届くような声で言いました。
7時半を少し回ったテーブルの前で、
困ったような顔のおばあさんがいました。