眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

飛行機!飛行機!

2014-12-10 05:32:57 | 夢追い
 人の気配を感じて開けかけたドアを閉じた。
「誰だ?」 
 威厳に満ちた声に吸い込まれるように、部屋の中に入った。
「いつもと違う方向から来たので、迷ってしまいました」
「迷った? ここは金庫室だぞ」
「迷子で……」
 更に追及されることを恐れ、体は硬直していた。
「それならこちらから帰りなさい」
 特別に社長の家の中を通り抜けることを許された。脱いだ靴を手に持って、光沢のある床の上を歩いた。長い廊下を抜けて、奥へ奥へと進む。突然、足元に小さなボールが転がってきた。拾うかどうか迷っていると更に次のボールが飛んできて、頭に当たった。子供たちの笑い声がして、今度は一斉に飛んできた。拾うどころではない。新しい標的を見つけてうれしいのか、集まった子供たちは次々とボールを投げつけてくる。ボール遊びが好きな家のようだ。当たりながら、居間を抜け、台所を抜け、裏庭に出ると今度は犬が吼えながら追ってくる。両手を上げ、怪しいものではないと示しながら、社長宅を抜け出した。


 席に着いて待っていたが、誰も注文を聞きに来ないのでトイレに立った。ドアを開けると真っ暗で、明かりをつけるスイッチを探した。ボタンは幾つもあって、どれがそうなのかわからず適当にオンとオフを繰り返したが、どれも駄目だった。あきらめて帰りかけた頃になぜが明かりがついた。とめどなくおしっこが出て、水風船をぶつけられたせいだと振り返った。
「何を押したの?」
 店の人が押しかけてきて、大変なものを押してくれたなという顔をした。
「電気は違う!」
 間違えたのは悪かったが、もっとわかりやすいようにしておけばいいのにとも思い、反省は浅かった。
「あなた痩せたんじゃない?」
 水を持ってくると女の人は、僕の顔を見て言った。誰かと思い違いでもしているのだろう。
「今だけですよ」
 怖い思いをして、逃げてきたから、痩せても見えるに違いなかった。
 コーヒー代を払うとお金は底をつき、歩いて実家へと向かった。米俵を背負って延々と国道を歩く。車は時折、自転車を見かけるのはもっと稀で、道を歩く人は、誰も見かけることはなかった。靴底が磨り減って、足の裏まで痛くなってきた頃、幻のように道の遥か下方に我が家の輪郭が見えた。ガードレールを乗り越えて、近道をしていけば、早く家まで帰れるのだ。
「正しい鳥居を潜って町に入るのよ」
 その時、山の向こうから母の声が聞こえてきて、足が止まった。そんなはずはない。もう1度耳を澄ます。ぺたぺたと足音が近づいてくる。薪を背負ったおばあさんが、ゆっくりと僕を追い抜いていった。当然のようにガードレールを跨ぐと、草花が一斉に道を開いた。おばあさんは悠然と道を下りていって、すぐに見えなくなってしまった。
(自分だけずるいな)


 少しずつ余計な物を整理して部屋の中を綺麗にしていった。捨てるにしても捨てないにしても、とりあえず目を通してからでないと気がすまない。「詩と私」文字を追うのも疲れてきた。いつの間にか部屋に兄がいて、記憶とは違う本棚が高々とそびえ立っている。今まで部屋を片付けていたのは自分だと思っていたのは、間違いだった。自分が留守の間に、精力的に動いていたのは他の人で、母と兄が新しい本棚も運び入れたのだった。よく見れば、絨毯だって……。絨毯は、今は白い、絨毯だった。
「替えた?」
 何もかも替えたのだと兄は白状した。今までのことは全部忘れて、そして……。一旦本を閉じて部屋を出ることにした。カーペンターズは? 止めていこうか、どうしようか。部屋を離れるのに、つけたままにしておくのはどうかと思った。また一方では、自分が離れるくらいでわざわざ止めていくというのも、どうかという思いも生まれた。どちらの思いも尊重していると部屋は出口を閉ざした。老いることへの心配が募る中で、本棚はまた一段と成長して天に近づいていた。
 服を脱いでお風呂に行くとすっかり湯船も片付けられ、広々と感じた。その分シャワーは高々と掲げられているように見えたが、ひねるところが足りないように思えた。
「どうやって温度を調節するんだ?」
 考えている内に、自然と高々としたところから勢いよく水が飛び出してきた。はっとして身を引く。
 冷たいだろうか? ゆっくりと手をかざす。
 滝の向こうからも、白く細長い手が伸びて、僕を招いた。
「こっちにもおいで」


「すごいところに住んでいるね」
 まるで漫画図書館みたいだった。
 ソファーに深く埋もれた僕の足に、彼女は緑の靴を履かせ、首筋に何かを塗りつけた。何だ?
「ひんやりとするものよ」
 ひんやりとして気持ちよく、ますますこの場所を離れたくなくなった。宝の山と彼女の優しさをいつまでも独占できるなら、いつまでも柔らかなソファーの中に深く身を沈めていられるだろう。好きなだけ吸収できる教養と、抑揚のある彼女の声と文体、しなやかに触れる指先と、何かわからないけど、ひんやりとしするもの……。安住の地があるなら、僕はそれを見つけたのかもしれない。
 何かの合図のように窓を鳥の嘴がつついた。学校帰りの子供たちが押し寄せて、瞬く間に部屋の地図を塗り替えた。まるで拡張された学校の一部のように。先生でも子供でもないものは、存在することも許されない。急き立てられるように、最上段に「幻のケン」を探す。邪魔するように(彼らは彼らなりの任務に沿って)最上段には、文化祭のポスターやチラシが貼られていく。言葉のカーテンを開けて、幻へと急ぐ。学期末の挑戦で、僕は目を見開く。正解を引き当てたと思えたのは、既知の4巻セットだった。

「また来るよ」
 別れの言葉が彼女に届いたことを信じて、飛び立った。
 大草原を行く馬の群れが、1頭の牛に追い立てられて逃げていた。何かに怒り狂ったように、牛は執拗に追いすがるが、馬は馬で組織立った守備の陣形を崩さずに、攻撃目標を絞らせないようにしていた。根負けしたように、ゆっくりと牛が距離を開けられていくのがわかる。けれども、大木の陰から飛び出した子犬が、馬の逃げ足に巻き込まれて転んでしまった。遅れてやってきた父犬が、申し訳なさそうに立っている。

「飛行機! 飛行機!」

 遠くから彼女の声が届く。両腕を下ろして飛んでいたら、人間であることがばれてしまう。彼女の忠告に従って、翼を広げた。回転をつけて加速する。うまく風に乗ると一気に橋を越えた。
 まだ、靴を履いたままだった。
 地上の人が見える。
 太鼓を叩く人、火を掲げる人、歩く人、縄を編む人、バスを待つ人、笑う人、手をつなぎ歩く人、ラケットを振る人、土を掘る人、歌う人、魚を釣る人、花に水をやる人、想像する人、くじを引く人、ピアノを弾く人、泣きながら笑う人、本を読む人、鞄を持って歩く人、猫を抱いて歩く人、みんなで並んで歩く人、人、人、人、人、人、人、人、人……。人の家に戻る時が近づく。
 0.5センチ、緑の靴は小さかった。


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