眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

判定は喜びの後に

2024-09-11 21:55:00 | ナノノベル
(ベンチに座ったり立ったり。グラブをつけたり外したり)
 そんな面倒くさいことは他の奴に任せておけばいい。僕は最後に決定的な仕事をするだけだ。ここぞという時に、監督は僕の名を告げる。最大の信頼に応えるための準備は整っている。
 塁を埋めたランナーたちが帰る場所を求めた時、ついにその時が訪れた。軽く素振りを済ませると僕はバッター・ボックスに入った。投手はストライク・ゾーンにボールを投げ込んだ。そこで勝負ありだ。的確にミートした打球はぐんぐん伸びて軽々と外野を越えた。たった一振りで人々に最高の興奮を届けられることが証明された。

ホームラン♪

 さよならのランナーのあとに迎え入れられた僕は、主役として胴上げされた。今日もヒーローは最後にやってきたというわけだ。スタジアムの観衆も拍手と歓声をもって僕を称えている。ありがとう、みなさん。みんな愛してます。この喜びの余韻を皆で分かち合いましょう。この喜びはきっと明日を生きる支えにもなるし何よりも……。

「バッターアウト!」

 野球はまだ終わっていなかった。審判が突然さよならを引き戻したのだ。まさか、こんなことがあるなんて。喜びに浮かれていたスタジアムが静まり返った。主審がマイクを握りしめている。

「ただいまのプレーについてご説明させていただきます。ピンチ・ヒッターの放った一振りはバックスクリーンを直撃しております。一見したところでは申し分ないホームランに見えましたが、精査の結果により一本槍打法に使われた槍が、ルールに違反していることが判明いたしましたのでホームランは取り消し。1回の表からやり直しとさせていただきます」

「退場!」

 主審に退場を宣告されて僕は大いに狼狽えた。今夜最高の主役を、いきなり戦犯に引きずり下ろすとは、とても正気の沙汰とは思えない。

「先に言えよ!」
 そうだ。ルールならば最初から決まっていたはず。全部の結果が出てから口を出すなんてアンフェアだ。あの喜びはいったい何だったんだ……。

「退場!」
 長槍にも怯まず主審は繰り返した。

「時間を返せ!」








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