眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

治療

2009-08-18 17:48:02 | 忘れものがかり
原っぱでスリッパ飛ばすオクトパス


*


「スリッパを脱いで上がってください」

スリッパを履いたまま、僕が上がった後で、彼女はそう言った。
彼女は、僕が失敗するのをよく知っていて、それを待っていたのだ。
これで僕は一段と弱い立場になったのだけど、今さら引き返すことはできない。
何年も前に、同じ過ちを犯した気がしたのだが、それでも……。
「スリッパは履いたままで結構です」
などと言われるのも、なおさら奇妙であるのだから、それが躊躇わせたのだった。
脱いだり履いたりということを、何度も繰り返してきたものではあるけれど、その境界線はいつもいつも難しく、きっと世界はその難解さやそれによって起こる様々な過ちや種々の混乱を楽しんでいるのだ。

タオルを被せられた僕の中へ、見えないマシンが進入してきて、時に金属的な時に狂った風のような音を立てながら、頑なに蓄積された悪しき残骸を削り取っていく。隙間という隙間に、それは容赦なく密着して、身体ごとえぐり出すように深く鋭く押し迫ってくる。
「頑張ってください」
と声がしても、僕は何も言い返すことができず、全身を硬くして耐えることしかできなかった。
ずっと練習を積んできた。
痛みに耐える練習だけをずっと、積んできた。だから大丈夫。
だから、大丈夫。
だから、大丈夫。
そうだ。気を失うことはないのだ……。


「一度で終えることはできませんでした。
けれども、今日が一番つらい治療だったでしょう。
自身にとって」
それは、慰めであり励ましになった。
一番つらい場所を、通り過ぎたのなら、この先は何があっても大丈夫。
唇を噛みながら、僕は銀の器に手を伸ばした。


*


大丈夫、最悪以上はないものね

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