眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

木の目撃者

2009-08-17 18:52:00 | 猫を探しています
 「苦しくはないですか?」
 植木屋は首を絞めながら、囁いた。
 「苦しくはないです」
 「首を絞められるのは、当たり前なのだから、苦しくはないです」
 木は、気丈に言い切るのだった。
 植木屋は、手慣れた様子で木の密生したところを切り落としていった。木は、じっと黙ったまま前を向いていた。植木屋も何も言葉を発せず、一時も手を休めることなく仕事を進めていった。時折風が、木をそよがせたが、植木屋は何も動じる様子をみせなかった。

 「苦しくはないですか?」
 植木屋が、再び首を絞めつけた。
 「苦しくはないです」
 「苦しいのは、当たり前なのだから、苦しくはないです」
 「それは、当たり前の一瞬なのだから……」
 木は、またしても凛とした声で言うのだった。

 「このような感じでいかがでしょうか?」
 「はい」
 木は、鏡にちらりと視線を走らせると頷いた。
 「ありがとう」
 「もうすぐ雨が、私をシャンプーするでしょう」
 「それから風が……」
 「ありがとうございました」
 植木屋は、雨が降る前に木に別れを告げた。

   *

 「植木屋さん、木に友達が多いのですね?」
 僕は、植木屋を追いかけて問いかけていた。
 「彼女たちは、猫のことに詳しいでしょうか?
 猫の居場所について知っているでしょうか?」
 「いいえ。彼女たちはそれほどでもないでしょう。
 いちいち気にかけてはいないでしょう。
 それに、よろしいですか。
 私は植木屋ではありません。ただの美容師です」
 美容師は、前髪をかき分けながらどこかの名探偵のように訂正した。
 「ずっと勘違いした目で見ていました」
 頭を下げて、美容師に別れを告げた。
 木の言っていたように、雨が降り出して、僕は傘を持っていないことに気がついた。それからまた、猫のことを思い出した。


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