どんなアウェーでもホームに作り替えることはできる。そのために周到な準備をして、多くの物を持ち込む。座布団の周りの手の届く所に私は慎重にそれを配置する。懐中時計、ハンカチ、扇子、メモ帳、鉛筆、水筒、消しゴム、クランキー、カロリーメイト、コーヒーカップ、エコバッグ。その1つ1つが私の味方である。
対局室の空気が厳しいアウェーだとしても、視野を狭くして盤上に集中することができれば、ここは見慣れた風景。自分の部屋に近い場所と思い込むこともできる。
温めていた新構想が全く通用しない。今までの相手とは次元が異なっているように思える。一手一手に一切の妥協なき強い意志のようなものが感じられる。逆にこちらの手は、遙か先まで見透かされているように思えるのだ。(手合い違い)自身の脳内で聞きたくもない言葉が生成される。ここに来るのはまだ早かったか……。
「場違いじゃないよ」
懐中時計がそっとささやくのが聞こえた。
「浮いてないよ」
ハンカチが助言をくれる。
「独りじゃないよ」
消しゴムが転げながらつぶやいた。
不安に押しつぶされそうだった私を、つれてきたものたちが口々に優しい言葉で勇気づけてくれる。
彼らはただの物ではない。
1つ1つが私にとって強力なサポート・メンバーなのだ。
「自分の力を出せれば勝てるよ!」
エコバッグが大きな口を開けて言った。
そうだ。
ここまで来れた私がまるで通用しないはずはない。
過剰な畏怖を紙屑と共にゴミ箱に捨て、私はクランキーを丸呑みした。