眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ロング・ドロップ

2022-01-18 01:33:00 | デリバリー・ストーリー
 パスタを2つ運ぶのに大和川を越えて戻ってきた。風が強くて、車道の端を上っていく時は、少し恐ろしかった。帰り道はスーパーに寄って適当に買い物をした。見慣れた道は迷わなくて安心だ。

 2メートルほどの横断歩道だった。向こう側に2人、立ち止まっている人の姿があった。右を見て左を見て、僕はゆっくりと地面に足をつけながらフライングをして渡りきった。

ピーーーーーーーーーーッ♪♪

 怒りを帯びたような笛の音がどこかで鳴っているようだ。
 それがまさか自分に向いて鳴っているものだとは!
(あの2人が正しく僕はあまりにも愚かだった)

「赤でしたね。赤と見た上で渡りましたね」
 物陰に潜んでいた女が現れて話しかけてきた。まちぶせだ。
「車来てないから大丈夫と思った? ちょっと自転車降りましょうか」
 ただ一言だけのことと思えば決してそんなことはない。女は懐中電灯で自転車の中心部を照らし見ていた。

「免許証をよろしいですか」
 免許証……。
「持ってないです」
 焦りながら保険証の入った財布を差し出した。
 手がかじかんで女は上手くそれを開けなかった。
「カードとかみんなご本人名義の?」
「はい」

「ナイフとか危ないものないかだけ鞄の方あらためさせてもらってよろしいですか」
「あー、はい」
 四角い鞄を背中から下ろしサドルの後ろに置いた。
「配達の途中ですか」
「いえ、もう帰るところです」
「そうですか」
 ファスナーを5センチほど開いたところで、確認は終わったようだ。
「もう背負ってもらっていいですよ」
 そんなものか。あるいは、反応だけをみたのだろうか。
 ミネラルウォーター、長田ソース、千切りキャベツ、ガーリック、半額の肉、やまじょうのすぐき茶漬、R1ドリンクタイプ、藤原製麺のこってりみそラーメン……。そんなものには1つも興味はないのだろう。

「最近、死亡事故があったんですよ」
「死亡事故……」
 身近に転がっているシリアスな現実。事件も事故もこの街の日常の一部なのだ。
「それでは安全運転でお帰りください」

 コンビニの角の短い横断歩道で信号を待っていると不甲斐なくて泣けてきた。久しぶりに人と話したというのに。見知らぬ人に突然話しかけられて、お前はいったい何者なんだって色々と問いつめられて、恐ろしかった。
 いったい何やってんだろう……。
 前方の人に見られないように、僕は帽子の下の顔を伏せた。
 どうか零れませんように。


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