眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

B15

2019-09-11 03:16:40 | リトル・メルヘン
 上り詰めることを夢に見たはずだったが、重力に逆らって駆け上がる元気は既に失われていた。もう、疲れたのだ。かつては強く軽蔑していた言葉に、今は共感さえ抱くようになった。私は地下へと続く階段を下りた。駆け下りるとなると足は軽やかに弾んだ。いつからか、楽なことばかり選ぶようになっていた。地下4階まで下りていくと、誰かが猫のような勢いで階段を駆け上がってきた。
 
 ランドセルを背負った少年が駆け上がってくる。2段飛ばし3段飛ばし、自分の限界を探る冒険に足を伸ばしながら、駆け上がってくる。「危ないよ!」私の目からはサーカスのように映る。「危なくないよ!」すぐさま言い返した。すれ違いながら、少年は私の背丈を越えてしまう。早いな……。私の忠告は過去の残骸として階段に転がっている。振り返って少年の後ろ姿を見上げた。その時、ランドセルは大きな翼のようにみえた。
 
 アンコールを待っているの、と女は言った。上から3段目の中央へ腰を下ろして、女はただ1人演奏が再開される時を信じて待っていた。「みんなとっくに帰ってしまったけど、私はまだ待っているの」女は私の知らないアーティストの名を口にした。小さい頃からのファンだと言う。虫の音1つ聞こえてこなかった。「夏が終わるまでね」冗談めいた言葉が階段の上に響いた。私は笑いながら地下7階を通り過ぎた。もう10月だった。
 
 それから誰にも会わなかった。下りるところまで下りてしまった。そう思うと突然足が震えるのがわかった。地下15階まで下りた時、視界は行き詰まった。その先には扉があったが、扉の前には埃を被った机や骨の折れた椅子、破れたソファーや毛むくじゃらの縫いぐるみが積み上げられ、バリケードになっていた。大切な宝物か、あるいは不都合な真実が隠されているのかもしれない。その時、右腕を伸ばした熊の1つがウインクをしたので、私は扉から目を背けた。階段を見上げるとドラムの音がこぼれてくるようだった。

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