「どうせ誰も聞いてないから」
あなたもどうだいとトモは言った。
トモの歌は素晴らしく上手かった。普段のしゃべり声よりもとても力強いものだった。ほとんど聞き惚れてしまうような歌。どこにいってもきっと通用する。誰だって惜しまぬ拍手を送るだろう。そのような歌を聞かされたあとで、マイクは次の歌い手を探して宙をさまよっていた。確かにトモの言う通りなのだろう。周りを見渡せば眠っている者、話に夢中になって声の大きくなっている者、ただ食べることに集中している者、みんなそれぞれに世界を持っている。他人の歌などまるでどうだっていいのだった。
「どうせ誰も聞いてないから」
それは確かなようだったが、僕はマイクを持たなかった。
それは歌う理由にも、歌わない理由にもなりそうだ。
未だに僕はそれを決めることができないでいる。
いずれにしろそれはもう昔の話だ。