「いらっしゃいませ」
「あいつを中に入れてから、お客さん増えましたね」
「確かに」
「ありがとうございました」
「またか」
「みんなガチャ好きですねえ」
「ガチャ目当てじゃないか」
「いらっしゃいませ」
「まあでも、お客様はお客様ということで」
「意味ねえよ。ドアが開いてドアが閉じるだけさ」
「ついでにもっと奥まで入ってきてくれればいいのに」
「ありがとうございました」
「用だけ済ませて帰りやがって」
「まあまあ店長」
「ネットショッピングか。もっときょろきょろしろよ」
「まあまあ。みんなお忙しいんでしょう」
「忙しい奴がガチャなんてするかよ」
「しますよ。ガチャをするのに忙しいんですよ」
「いらっしゃいませ。はい、どうぞ」
「暇つぶしの遊びじゃねえか」
「遊びが主役になったんじゃないですかね」
「何だそりゃ。SF小説か」
「はい?」
「世の中ひっくり返ってんなあ」
「ありがとうございました。またお願いします」
「ガチャお願いしてんじゃねえよ」
「まあまあ。一応お客様ですから」
「いらっしゃいませ。はい、どうぞ」
「ガチャばっかじゃねえか」
「外は治安が悪いから、あそこでいいでしょう」
「義理も人情もないのかね」
「外で荒らされるよりはましですよ」
「冒険心はないのか」
「ガチャは手の中の冒険かも」
「もっと奥まで未開のアマゾンまで入って来いよ」
「そんなとこじゃないでしょう」
「遠慮してんのか」
「ありがとうございました」
「ジャムパンくらい買っていきゃいいのに」
「お腹空いてないんですかね」
「ガチャガチャガチャガチャ何が面白いんだ」
「何か出てくるところとか」
「何が面白いんだ」
「何が出てくるかわからないところとか」
「よし。もっと奥へ置くとしよう」
「なるほど。流石店長」
「何が出てくるかなんてだいたいわかるだろうよ」
「でもだいたいしかわからない」
「何が面白いんだ」
「この辺にします?」
「もっと奥まで運ぼう」
「やっぱり小さな冒険じゃないですかね」
「何が面白いんだ」
「手の中に生まれる感じとか」
「ポエムか?」
「はい?」
「いらっしゃいませーい」
「鳥が卵を落とすみたいなとことか」
「さっぱりわからんね」
「この辺でどうでしょう」
「もっと奥だ!」
「店長。そっちは……」
「バックヤードに片づけてしまえ」
「えっ、そんな」
「すみませーん。ガチャガチャしたいんですけどー」
「店員さーん」
「ほら、店長」
「すみませーん。ガチャガチャ……」
「ありませーん! ガチャ終わりましたー!」
いいなと少し思っても一気にすべてをつかみ切ることは難しい。ほんの少し触れたところで一旦置いて離れてしまう。心の片隅に置いたままで日常の中に戻っていく。もしも本当に自分にとって大切なものなら、簡単に消えてしまったりしないはず。離れて暮らす時間は本心を見極めるための必要な時間でもある。(最愛のものならばより強い形になって自分の元に戻ってくるだろう)離れているようでつながっている。ぼくらを結ぶ絆は決して永遠ではない。
今日は新しい友達を待たせていた。
「ごめん。今日はちょっと……」
友情を育むことは難しい。(一度で切れる友情ならいらない)それよりも大事なものをいくつも闇の向こうに待たせているからだ。きらきらとしたネオンの中に包まれるより、芳醇なアルコールの中に溶け込んでいくよりも大事なもの。
今夜また一つの締め切りを迎える。
ずっと寝かせていたけれど、ここで起こさなければ二度と目覚めることはないだろう。今になってわかる。失いたくない。まだ何も手にしていないけれど、跡形もなく消えてしまう前に生み出すのだ。
寝室のドアを開けて約束のページに灯りを当てた。
「どちらさまですか?」
つれない返事。
詩はすっかり冷たくなっていた。
(ああ。またそんな態度をするの)
「ぼくだよ」
きみはぼくだよ。