眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ピッチは生きている

2019-09-10 04:23:45 | ワンゴール

「調子が上がってこないんじゃないか?」

「そうでもありませんよ。僕はいつものペースです」

「怪我の問題があるんじゃないのか?」

「監督、試合中に怪我の話はなしです。ピッチに立ったら、もうそんなことは関係ないんです。遠慮なしです」

「影響が大きいなら、私も決断しないわけにはいかない」

「だけど、今はそれを言葉にする時ではないでしょう。言葉は身体を縛ってしまう。僕は今、考えながら動かなければならない時なんです」

「本当に動けるのか?」

「考えを追い越して動かなければ、ゴールは決して生まれません」

「今はスピードが何よりも必要とされるからな」

「気がついたらゴールに入っていたというのが理想です」

「だがあまり考えすぎるなよ。それは力みにつながることもあるからな」

「僕は自分のスタイルを変えたことはありません」

「悩み抜いたら行き着くところは決まっている」

「でも僕は悩みながら動くしかないんです。他のやり方を知らないから」

「練習を思い出すんだ。力が抜けたら、もっと結果が出せるだろう」

「監督、そんな余裕があると思いますか? 本当に」

「余裕がなければ、上手くいかないこともあるのではないかな」

「今は試合の最中なんですよ! こうしている間にも、絶えずボールは動いているんです。試合は、生き物なんです」

「監督の仕事はほとんど見守っていることでしかない」

「僕は生き物が怖いです」

「そんなに恐がりすぎることもないさ」

「生きている物は、みんなどこか傷ついているから」

「生き物を恐れてプレーができるか。どうしてそんなに怖い?」

「僕も生き物だからでしょう。だからです」

「誰だってそうさ。もっと自信を持って、ボールを持てばいいんじゃないか」

「確かにさっきは、急ぎすぎて的外れなシュートを打ってしまいました」

「持っている力を使い切れば君は想像以上のことができるんだ」

「近づきすぎた人を恐れすぎたのかも」

「恐れるあまりに放さなければ相手を恐れさせることもできるだろう」

「試合は生き物だから、思い通り進まない不安が常につきまといます」

「まあ、そう思い詰めるな。信じて待つことも大切だ」

「ピッチの中は生きた街のようです」

「人々の期待を、我々は背負っているからな」

「街の中には、争いがあり差別があり文化があります」

「差別はあってはならないこと。この街の中では、絶対に許されないのだ」

「病院があり、郵便局があり、映画館があり、学校があります。僕は、いったい何をするべきかわからなくなります」

「わからない時には頼ればいいんだ。人の意見に柔軟に耳を傾ければ、するべきことは見えてくるだろう」

「音楽があり、酒があり、波があります。みんな生きているようです」

「君だって生きた街の中にいるんだろう」

「街路樹が、光と闇を用いて、道の上に自己を投げかけています」

「そうか……、街路樹がね」

「僕も、もう負けていられないと思います。怪我にも恐れにも、負けていられない」

「足首が痛むのか? やっぱり」

「みんな傷を顔に出していないだけです。僕が見せるべきは、鮮やかなゴールだけなんです」

「私も街の片隅で、それを見届けるとしよう」

「ゴールだけが上書きできるものがあるはずです」

「そうだ」

「監督、見ていてください」

「ほら、メインストリートにパスが出てきたぞ」

 

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最後の飛び道具

2019-09-10 03:57:50 | 短い話、短い歌
 両翼にあった大きな力はAIによって奪われたあとだった。そればかりでなく主役を務めた金銀も、下から力を発揮するであろう香さえも敵の手に渡ってしまったのだ。投了もやむなし。鴉たちは上から見下ろしながら、嘴を揃えて飛び去っていった。だが、まだ歩が残っていた。おじさんは駒台にあるものを指先でシャッフルしながら読みに耽った。何度シャッフルしても攻撃力は不足していた。そこに載るのは歩ばかりなのだから。最後の武器に触れながらおじさんは闘志を燃やしていた。この歩が勝負を決めるのだ。本能がささやく。できたばかりのAIを恐れることがあるものか。「死にもしないくせに」
 
 
AIに
駒を取られた
街角に
歩しかなくても
タフなおじさん
 
(折句「エゴマ豚」短歌)
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テレビタックル

2019-09-10 03:26:37 | リトル・メルヘン
  猫がテレビにタックルした。
 アナウンサーは読みかけの原稿を置いて、カメラを睨みつけた。
「もううんざりです。どのニュースも伝えるまでもない。今入ってきたニュースなんて、もうニュースでさえない。こんなものは昼下がりの公園で暇を持て余した貴方たちが、おしゃべりの種にでもすればいい。ふん、ニュースだと。こいつのどこが、いったいニュースだ? ふん、こいつは個人の日記に毛が生えたようなもんだ。私が伝えるべきことじゃない。電波への裏切りだ。こちらからは以上です」
 
 とりつかれたように主人は四角い箱の中を見つめている。塩気の多いスナックと泡の入ったグラスを口にする以外は何もしない。ソファーの上でもう長い間固まって、魂を抜かれたように、絵空事を語る箱を向いている。遠い星からやってきた者たちは街に降りて、少しずつ少しずつ馴染みながら、少しずつ何かを奪い取っていく。選ぶ権利、恋する自由、奴らは少しずつ目の色を変えて、本性を見せ始める。
 
「もう、早くこっちを見て!」
 猫は、テレビにタックルした。
 どこか自分に似ているような、どこか自分とは離れているような存在を見つけた猫は、四角形の箱に釘付けになった。向こうからもこちらに興味を抱き、様子をうかがっている。初めて目にするものへの驚きと、どこか懐かしくもある容姿、猫は似て非なるものへ恋をしたのだった。向こうのものはどうだろう。確かめる手立てはいつも一つしかないことを、既に知っていた。猫は慎重に後ずさりした。それから十分に助走をつけて猛然とテレビにタックルした。そして一方的に傷ついた。住む世界が違うのだ、ということはまだ知らなかった。

 後先も考えずに猫がぶつかっているというのに、黙って見ていていいのだろうか。触発されたようにみんながテレビにタックルを浴びせ始めた。時を持て余していたニートが、散歩から帰ってきた老人が、鎖につながれていた子犬が、今まで傍観を続けていたみんなが、次々とタックルを試みるのだった。
「猫がするんだから」
 合い言葉を唱えながら、動物的な反撃が始まった。
 
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