ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2017.5.30 母の手術無事終了

2017-05-30 21:36:14 | 日記
 昨夜は早めに休んだが、なかなか寝付かれず。明け方一度お手洗いに起きてとろりとしたら目覚ましが鳴った。いいお天気だ。気温は30℃を超えるという。
 
 いつもどおり夫にモーニングLINEをし、浴槽足湯を済ませてから朝食へ。焼きたてのデニッシュと野菜ジュースで目覚める。バスに乗ろうかと思ったものの、月末だし、遅れるのが怖かったのでタクシーに乗り込む。見ればバス停は長蛇の列で混雑している。バス通りは渋滞で、すぐに裏道を入ってくれたが、バイパスも混んでいて、運転手さんいわくいつもより大分時間がかかってしまいましたとのことだった。

 約束の時間より10分前に病室に入ると、ルート確保のための点滴につながれた母が横になっていた。すっかり病人然としている。眠れなくて睡眠剤を出してもらったそうだ。
 今朝は絶食だが、昨日は昼も夜もきちんと食べられたそう。ほどなくして今日の担当の看護師Tさんが目薬を差しに来てくださる。

 30分近くとりとめもない話をしているとお迎えが。弾力ストッキングを履き、上半身だけ手術着に着替え、帽子を被って車椅子に乗せられていざ手術室へ出発だ。
 小さくて痩せっぽちの母は、若くて元気に満ち溢れている看護師さんの隣でますます小さく消え入りそうに見える。エレベーターで3階に降りると、もうそこが手術室の入り口。入室から15分ほどで手術開始、1時間半ほどで終了という。「それでは頑張ってね」と手を振って、向かいの家族待合室に入った。

 拝借している電子書籍で昨日のエッセイに続いて、今日は警察小説を読ませて頂いた。こんなに薄くて軽いのに数千冊も入っているなんて。死ぬまでに到底読みきれないではないか。扱いも大分慣れて、必要以上に毛嫌いしていたかも、とちょっと反省。

 母が手術室に消えてからあっという間に1時間半ほど経つ。すでに何人かの方が、先生からお話が、とか終わりました、とか言われて席を立っている。あと15分だと思っていると、「終わりました」と呼ばれる。早かった。
 母は左目に大きなガーゼをして車椅子に座っている。再び看護師さんとともにエレベーターで部屋まで上がる。「早かったね」と言うと、自分でもちゃんと時間がわかっている。先生からのお話は特にないようで、要は問題なく手術が終了した模様だ。

 ベッドに戻って術着をパジャマに着替え、体温、血圧、酸素量の測定。どれも問題なし。ルート確保していた点滴も抜いてもらい、ずいぶんすっきりする。これから入院中はずっとうつ伏せの姿勢ということで、それがなかなか辛いのだそうだ。ドーナツ状の枕を持ってきてくださり、体勢を取るが、これがなかなかうまくいかず、早くも顎を出している模様。

 一時間は安静ということと、最初のお手洗いに立つ時には看護師さんをお呼びするようにということで、ナースコールを押させて頂く。それでも私が見る限り、前回の直腸がんの手術の時とはまったく異なり(全身麻酔でもないので)片目でちょっとよろついているけれど、意識はしっかりしているし、まあ心配なさそうである。曲がりなりにも眼球を3箇所切開したわけだから、かなり痛むのかと訊いても、ちょっとチクチクする程度だという。人間の身体というのは凄いものだ。
 
 小一時間して昼食が届いた。フルーツもたっぷりついた普通食だ。朝抜きだったせいか、お腹がすいたようでちょっと多くて残すかもしれないと言いながらも時間をかけて完食した。隣で見ていてびっくりだ。まあしっかり食べて予定通り退院したいということなのだろうけれど。入院中は、食事やお手洗い以外は基本うつ伏せでいなければならないが、既に慣れない姿勢で腰やら膝やらあちこちが痛いようだった。

 夕方、先生の回診が何時になるかわからないということだったし(母の手術の後も、ひっきりなしに手術が続き、隣のベッドの方も午後の手術が控えているようだった。)、私もすることもなく、もう大丈夫と言われて病室を後にした。

 明日は私の通院日。当初は自宅に戻って夫と夕食を済ませてから、通院先に近いホテルに向かう予定だったが、暑さ疲れと病院疲れで、ホテルに直行させてもらうことにした。
 滞りなく治療が出来るように、昨日今日の疲れを持ち越さないように今晩は早めに休みたい。
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