休薬週の週末。ようやく体調が本調子に回復してきた。ここから次の治療日までの数日は、今までの半月間の不調の日々を取り戻すべく、あれやこれやと予定が目白押しである。
今日は1日休暇を頂いて、少し遅めの母の日贈り物デーとした。1月に我が遺影を撮影し直したことはこのブログで書いた。その時は、美顔器を使ったエイジングケア付きのヘアメイク撮影プランで臨んだ。さすがにプロのヘアメイクアップアーティストの手にかかるとそれなりに整えて頂けて、すっかり気分よく写真室を後にしたのだった。
今回、母の日に因んで頭皮やフェイシャルケアを含んだ同様のプランがあったので、母に是非やってみたら、と提案した。写真室でヘアメイクをして写真を撮ってもらうなんて、そんな仰々しいこと・・・、と最初は少し躊躇していたけれど、遺影とハッキリ言わなくとも、いざという時にちゃんとした写真がないのは、と気になっていたのも事実のようだった。まあ、それに遺影を準備するとその分長生きする、というのは実の娘が実証済みでもある。
このプラン、肌映りの良いビューティーライティングによるポートレート撮影がなかなか好評なようで、思い通りの時間に予約が撮れず、オープン同時の一番乗り枠しか空きがなかった。
先着した私がターミナル駅で母をピックアップして、百貨店の写真室に向かった。受付を済ませ、ヘアメイクの方にご挨拶をして、早速お仕度開始である。まずは頭皮のマッサージからスタート。ああ、私もやってほしいくらいである。
お支度まで1時間ほどかかります、ということだったので、別の階で30分ほど用事を済ませて戻ると、もう仕上げの段階だった。普段殆どノーメイクの母だが、ちゃんとお化粧するとわが母ながらびっくりするほど綺麗になった。ああ、普段からもっと構えばいいのになあとしみじみ思う。自分でもお化粧の威力に驚いたようで、嬉し恥ずかしといったところ。いくつになっても、鏡を見て自分が綺麗になっていれば嬉しいものである。
グレイヘアをふんわり立ち上げたセットが終わり、マスカラまでバッチリして頂き、いざ写真室へ移動。カメラマンさんは、私が1月に撮って頂いた時と同じ女性だった。ご挨拶すると、覚えていてくださって「似ていらっしゃいますね。」とのこと。ヘアメイクさんから「お母様には直接伺わなかったのですが、おいくつですか?」と問われ、「85です」と答えると、そんなお歳には見えません、と驚いていらした。
最初はかなり緊張気味で、笑顔がひきつった感じだったけれど、丁寧に気持ちを解してくださり、だんだん自然な笑顔も出るようになり、とても素敵な大満足のポートレートが撮れた。
4ポーズ数枚ずつの候補が残り、一枚一枚大画面を見ながらセレクトタイム。1枚はプリントして頂き、もう1枚はデータで頂くことにした。仕上がりは1か月後。7月生まれの母へのちょっと早い誕生日プレゼントになる。
最後の会計まで含めると約2時間が経過。そのままレストラン街に移動してランチにした。お昼ちょっと前だったけれど、早くもどこのお店も列が出来ていて、平日とはいえ金曜日、混んでいるのにびっくり。
少し待って和食のレストランに入る。GWの時の関西旅行の写真を渡し、お喋りをしながらゆっくりランチタイムを楽しんだ。あの時は本当によく歩いて頑張ったので、病気(直腸がん)も治って随分元気を取り戻してきたな、と自信がついたところで今回の腎臓がん発覚。今でも信じられないそう。
実はまだ帯状疱疹も完治していないようでカロナールを飲んでいたが、ぱっと見、特に今日は綺麗にヘアメイクをしているので、ダブルキャンサーを抱えているとは思えない。
疲れたようならこのまま帰ってもいいけれど、と言ってみたが、まだ歩けるし、大丈夫と言うので少しウインドウショッピングを。結局、母のものは何も買わず、息子の夏用ワイシャツを探すのがメインになってしまった。
小一時間歩いたところで、撮影プランの特典である‘レストランのティータイムスイーツワゴンサービス’へ。少し早めにレストランに到着すると、写真室で私たちの次に待っていた母娘連れが同じように座って待っていた。私たちの隣の女性グループも同じ利用チケットを持っていて皆で顔を見合わせてしまった。
5種類のケーキやプリンをお皿一杯に盛り合わせて頂き、紅茶と一緒に美味しく頂いた。
そんなわけで、今日は通院付き添い以外で母とひねもす過ごす金曜日になった。夕方、電車が混む前に特急に座ったのを見届けて、私も次の準特急で帰宅した。一日空調が効いた涼しいというよりもちょっと寒いくらいの快適な空間にいたので、暑さが全く気にならなかったけれど、最寄り駅に到着して本当に暑かったことに驚いた。明日もまた同じような高温になるという。5月の真夏日は身体に堪えそうだ。
明日は瞑想ヨーガの5月クラスの日。レッスンプランも確認し、支度も済ませた。
夫は昨夜、故郷に住む叔母(義父の妹)が亡くなったという知らせで、明日最終便で庄内に向かい、告別式と初七日の法要に出るため、2泊してくることになった。珍しく一人の休薬週の土日である。