いろいろな出来事

日々の出来事や気が付いた事など徒然に書いている双子の父です。
思った事等を思いつきで書いています。

ホスピス(2

2010年06月16日 | 思う事
先日、書いたうちの子の友達のお爺さんが退院しました。
これまで中皮腫の治療をしてきたのですが、進行をとめる事ができずこの先治療してもほんの少ししか延命の期待ができないことと、その治療によって体力をそぎ落としてしまうため、余命のひと時を寝たきりの状態で過ごしてしまうようになると主治の先生から告知され本人と相談の結果、自宅での療養に切り替え、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めて残りの余生を過ごす方が良いと選択したそうです。

なかなか難しい判断だと思います。
治療をやめることにより棺桶に片足を入れるとも言えますが、残りの人生を自分の好きに使う事のできる時間が持てるというのはとても大事なことでもあります。最後まで病気と闘って終焉を迎えることも選択肢の一つだけど、残りの人生を思い残すことの無いよう過ごすという事もまた、選択肢の一つです。

人生の終焉を迎えるに当たってそういう時間すら取れない人も世の中にはいます。
朝、元気に家を出て、交通事故にあい亡くなってしまったり、私のように脳卒中になって発作後そのまま息を引き取ったり等です。
私の義理の妹は、出産のため病院に入り、自然出産できなかったので帝王切開し無事出産。
しかし、翌日に肺血腫で亡くなってしまいました。その時の子は今は小学6年になりますが、自分の母親に抱かれたこともありません。

自分の死に対し、最後の後片付けを自分でできる時間をもてると言うことは本人とって、この世への別れへの身支度を整えると言うこともできます。



話は戻り、その中皮腫のおじいちゃん。
なんと、わが家にカレイを分けてくれました。
魚は、自分の家から来たのですが、頭と内臓を取った状態にして分けていただきました。
娘(私の子供の友達の母)を信用していないのか、自分でやると言ったそうです。

信用していないのは・・・とは、その母の弁ですが、そんなことは無いよね。
今できることが、今度はできるかどうかわからない。
だから、自分でできることをやることで今の自分を自覚してるんだと思うよ、って話しました。

ちょっと長くなったけど、このQOLと最後の身支度の事は私も入院中に何度も考えたりしたことです。
今から5年ちょっと前に「くも膜下出血」になりましたが、発作後そのまま意識が戻らないと言うことも十分に可能性があったので、最後に妻や子供に別れの言葉を掛けられずに死んでしまったら、気になって黄泉の世界なんていけないよなぁ・・・・って考えたりもしたものです。

酒飲みながらのダラダラ日記だから誤字や不適切表現あるかもしれません。
後ほど改めて読み返してみます・・・。



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