原発問題

原発事故によるさまざまな問題、ニュース

2月23日(木)のつぶやき

2017-02-24 02:21:36 | つぶやき

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【フクシマ見聞録】3・11「原発の事故が起きて、なにがおそろしいのか。被曝するから」 ※85回目の紹介

2017-02-23 22:00:16 | 【フクシマ見聞録】

1876to1945さんのツイート(2013年10月01日~)を順に紹介します。85回目の紹介

【フクシマ見聞録】

3・11「原発の事故が起きて、なにがおそろしいのか。被曝するから

Akira Tsuboi@1876to1945さん 2014年1月26日のツイートから

 

福島行-その頃、自分がミクシィの場所でまとめていた情報は
こんなものだった。3月25日「(テレビ非公開)録画 
3/24 原子力資料情報室会見 文科省管轄の高精度放射能飛散予測システム
「スピーディ」、このシステムはヨウ素剤配布の基準になる。
文科省、政府はこのシステムをどう使ったか」-

 

-3月26日「(テレビ非公開)録画 原子力資料情報室 
外国人特派員記者クラブ会見 フランス人記者による質問から。

「IAEA(国連原子力査察委員)は、チェルノブイリの事故を当初
「認めなかった」。認めたのは相当後のこと、
原子力推進企業の献金により事実隠蔽した」-

 

-3月27日「(転載) 厚生労働省3/17飲食物摂取制限に関する指標 
厚生労働省は3/17に、総理発布の原子力非常事態宣言に従い、
すでにこれまでの水道水放射能基準値を「ひそかに『30倍に』」に
変更している。

平常時での安全基準値を30倍したものが、現在での「安全基準値」。-

 

-「国が定めた。つまり、「国が定めた基準値内ですから。」と言った場合、
それは「いつもの基準値の30倍。」を意味する。悪質な詐術に注意。 」。

同日「(テレビ非公開)録画 原子力資料情報室会見 3/26状況について 
「1号炉3号炉で原発事故のなかで最も恐れられる『冷却材喪失事故』が-

 

-「起きた可能性があります。」(3/1 6:00あたりから)田中三彦氏
(サイエンスライター)福島第1原発事故:冷却剤喪失事故について」
同日「風向きの予想図を載せる。ノルウェー気象予報研究室」。
3月29日「(テレビ非公開)録画 3.28 原子力資料情報室対邦人会見-

 

-「この話ともう一つ、保安院が発表していた情報があった。昨日午前三時、
東電が保安院に、「1,2,3号炉のすべての圧力容器の底に穴が空いている。」
との報告をしていた。(7;00あたりから)

この事故の核心ともいえるその発表は、保安院によりただこの文言のみで処理され、-

 

-「それ以外のデータ、詳細を語られることはなかった。

元東芝の原子炉設計者が「驚愕」ということばで現状を語る。」

憑かれたようにこんなことを書いていた。
テレビではみな報じないことばかりだった。

それぞれに省略してあるが動画のリンクが書き込んである。
おそらく1時間ほどの動画の全てを見る-

 

-者は限られているだろうと思い、象徴するような部分を短く書き添えて
伝わるように願っていた。こんな情報を、アイドルがどうしたとか、
野球の結果を伝えるニュースのコメント欄に流れを無視して差し入れる。
当然、毀誉褒貶が自分に向かって飛んでくるのだが、
いずれにしろ、相手にしなかった。-

 

-(あぶねえぞ-)書き込む自分はそんな思いに憑かれていた。
(あぶねえ。みんな、このこと気づいてるのか。)気づいて欲しい-。
原発や、政治とはもっとも離れたようなスポーツ、芸能のニュースに
(実はそれは表裏のものとして一体なのだが)
なかば強引にこんな書き込みをねじこんでいた。-

 

-原発の状態に焦点が向かっていた不透明さは、形をかえはじめていた。
被曝-。原発の事故が起きて、なにがおそろしいのか。
被曝するから。この事態に際して、挙げたような対応がひそかに、
迅速に敷かれていた。その対応を敷くのは、
東京電力ではなかった。国だった。-

 

-28日に自分はそんな書き込みを行わなかった。福岡の女性に紹介された
介護の職場での面接があったのだった。桜が咲きはじめていた。
自分はそれまで使っていた携帯を新しくしていた。
肌寒さの残る外気の中、職場のすぐ近くの公園で咲き始めたその桜を
はじめて携帯の写真で収めてみた。-

 

-眼鏡をかけた女性の上司にお会いし、状況を説明した。介護での経験の有無、
その形態そんなことを聞かれた。夜勤はできるか、と聞かれ、
内側で逡巡した末に、「できますが、すこし様子を見させてください」と言った。
状況が不透明すぎた。その施設は前述したように公や社会福祉団体の運営による-

 

-ものではなくて、福岡駅周辺の土地開発会社系列の特養だった。
福岡の女性が社長を通じてかけあってくださって面通しの意味合いの強い面接だったが、
それでも採用は確かなものではないと感じていた。

採用の可否を後日連絡すると言われた。
持ち金の底がいよいよ見えてきていた。-

 

-女との件がある限り、福岡で生活の拠点を作らなければならない。
面接の際に提示された金は、時給850円。持ち金と入り金、
流出してゆく金を考えると、紹介していただいていたホテルから
出る以外なかった。

いつも食っていた駅の地下にある名代ラーメンという450円ほどのものを食うと、-

 

-自分は不動産屋をめぐった。福岡も繁華な場所から離れなければ、
家賃は東京のものとそう変わらないのが痛く思えた。
(移動手段を持っていなかった)自分の現実的に払える金で借りられる
物件があることはあったが、それらはみな寒々しい部屋ばかりだった。
女が調べるように送ってきた-

 

-外国人向けの格安(と書いてあったが)の物件の間取りの広さ、
清潔感、安定感とはくらべようもなかった。畳敷、1間、風呂なし、
築30年以上の日陰の部屋の写真。自分ひとりならば気にも留めないのだが。
結局、探し回った末に勤め人向けの貸し部屋を借りることにした。
査定が安かったのだった。-

※次回に続く

 2017/2/27(月)22:00に投稿予定です。 


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【告発!検察「裏ガネ作り」】検察が自らの保身のため、恣意的に人を逮捕、起訴。そんな歴史だけは絶対に繰返してはならない ※75回目の紹介

2017-02-23 22:00:00 | 【告発!検察「裏ガネ作り」】

*『告発!検察「裏ガネ作り」著者 三井 環 を複数回に分け紹介します。75回目の紹介

口封じで逮捕された元大阪高検公安部長の「獄中手記」~

----------------

**『告発!検察「裏ガネ作り」』著書の紹介

14 崩れた検察側のシナリオ P206~

 それにしても、渡眞利はなぜあれほどまでにウソをつくのだろう。渡眞利は完全に検察の操り人形になっていた。検察の主張を代弁しているのみだった。ここまでマインドコントロールするのは不可能だ。私に対する敵意に満ちた態度も、恨みだけだとは思えない。何かほかに実利的な動機があるような気がしてならないのだ。

 その謎を解くカギが、平成14年11月25日に東京駅近くで起きた暴力団員射殺事件にあるようだ。殺されたのは山口組系暴力団の組長で、犯人はなんと、亀谷直人組長だった。

 最近、この射殺事件と私の口封じ逮捕を関連づけて報じるメディアが出始めている。月刊誌「創」(15年3月号)に掲載された元公安調査庁職員の野田敬生氏のリポートをはじめ、「テーミス」(同4月号)、「週刊文春」(同4月17日号)などである。

 これらの記事を総合すると、私の事件以降、亀谷組長が山口組関係者らにさかんに「検察とのパイプ」を吹聴するようになったという。渡眞利が贈収賄事件をでっちあげ、服役してまで検察に”恩を売った”というわけだ。確かに渡眞利と亀谷組長がいなければ、検察は私を逮捕でっきなかったことは間違いない。亀谷組長は、私の事件で築いた「検察とのパイプ」を山口組内での影響力拡大に利用しようとしたのである。

 そして、実際に山口組本家サイドから、ある検察工作を依頼され、多額の工作資金を引き出した。この白昼堂々の射殺事件は、その検察工作に関するトラブルの延長に起きたハプニングだったという。殺された組長は、山口組関連の裁判対策担当責任者だった。

 もしこれが本当ならば、検察は自らの犯罪を隠蔽するため、暴力団を利用して私の事件をでっちあげたが、利用された暴力団が反対に検察に恩を売ったことを利用しようとして、多額の現金を動き、殺人事件にまで発展したことになる。この裏事情についても現在、調査中で真偽のほどは定かでないが、いずれにしても本件事件の「闇」があまりに深く、また申告であるのは確かなようだ。

 亀谷組長は殺人で起訴され、2月12日に東京地裁で初公判があったが、検察は亀谷組長の殺人の動機を明らかにしなかった。そこに「闇」が隠されているからだろう。

 一方、渡眞利は表面上、この殺人事件には異常なほど無関心を装っている、だが、実は第9回公判(2月21日)で弁護人が亀谷組長の殺人事件の骨子を尋問したが、それまで饒舌だった渡眞利が急に無口にうつむき、何度もつばを飲み込み喉ぼとけを動かすようすがはっきり観察できた。渡眞利は、この裏の真相を知っているに違いないのである。

 私は、自分の潔白を証明するのはもちろんだが、公判を通じて「裏の真相」を国民の前に明らかにしたいと考えている。それが容易ではないことは覚悟のうえだが、こうなった以上はやり遂げるのが私の使命である。

 闘いは、これからも続く。しかし検察のでっちあげ逮捕、起訴が少しずつ明らかになっている。検察と指定暴力団との裏の実情も、これから明らかとなるであろう。

 検察は逃げないでほしい。私の逮捕、起訴が公訴権濫用でない正当なものであるというなら真正面から取り組んでもらいたい。それが結局は健全な検察となるための試金石なのである。でっちあげ逮捕、起訴の”原田明夫検事総長は近いうちに退官することになろう。次の検事総長は、検察が何をするところなのかをはっきり理解し、真実の追及のみを使命とすることの大切さをわかる人になってほしい。結局、それが国民のためになるのである。

 そして多くの国民、マスコミはどうか、この事件がどういう事件なのか、その真実は何なのか、逮捕、起訴の真の目的はなんであったか、検察と指定暴力団の裏の実情がどういうものであったのか、しっかりとした目で判断してほしい。客観的に冷静な目で見てほしい。それが検察の暴走を抑制する唯一の方法だからである。

 検察が自らの保身のため、恣意的に人を逮捕、起訴するような、そんな歴史だけは絶対に繰り返してはならないのだ。

 

※続き『告発!検察「裏ガネ作り」』の紹介は今回で終了します。

 

告発! 検察「裏ガネ作り」


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2月22日(水)のつぶやき

2017-02-23 02:21:50 | つぶやき

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【フクシマ見聞録】3・11「日本に行く事が怖い。何を持って行けばいいですか」「雨に濡れないための服を」 ※84回目の紹介

2017-02-22 22:00:26 | 【フクシマ見聞録】

1876to1945さんのツイート(2013年10月01日~)を順に紹介します。84回目の紹介

【フクシマ見聞録】

3・11「日本に行く事が怖い。何を持って行けばいいですか」

「雨に濡れないための服を」

Akira Tsuboi@1876to1945さん 2014年1月25日のツイートから

 

福島行-そんな自分の気持ちを察したのか、諍いが消耗してゆくと
女は一拍間を置いて言った。

「-アキラ。私タチはナゼコノヨウナ喧嘩をシテイルノカ-」
”、、、。”「アノタイヘンな状況の後、私ハ眠レナクナッタ。
コノ先、ドウナッテユクノカ、ワカラナイ。
私タチは、ハナレバナレにナッテシマッタ-

 

-「アキラを喪イタクナクナイ。」電話口で泣く音が聞こえた。
「今ノ私ニハ、誰ニモ味方ガイナイ-」慰めるほかなかった。
”-私は$$$の味方。できることはなんでもするよ。心配しないで”
そんなやりとりを終えて電話を切ると午前3時だった。
翌日にメールが届き、外国人向けの格安の物件一覧を-

 


-を扱う賃貸アパートの情報が載っていた。その一つ一つを見ていったが、
自分の払底しかけてきた金では払えぬものばかりだった。
その日の昼、世話をしてくれた福岡の女性から連絡があり、
彼女の仕事明けにお宅にお邪魔することになった。天神の近くのマンションに
住んでいた彼女に向かうと、-

 

-自分の絵のポストカードが幾枚か部屋に飾られていた。
「ギターを習いはじめたんです」女性は言って、アコースティックギターをすこし弾いた。
「-なかなかうまくならない。」女性は言って、福岡にあるギターショップと
ライブハウスの話を自分にした。”弾いてみてもいいですか”自分が言うと、-

 

-ギターを差し出す。それまで毎日のように弾いていたギターを手に取りネックを握ると、
手からギターとの間にあった水のような肌なじみの感覚が薄れているのを感じた。
「これからどうされるんですか-」女性は言った。”-先が見えません”
自分は言った。女性との知り合いは、二年ほど前からで-

 

-下北沢の一角で絵を見せていると入ってきてくださったことから始まっていた。
自分はその頃、食う、ということを絵のテーマにしていて、
早朝の築地にゆき魚を買い求め、描き写し、神のようなものにかたちを
変えるという作業を繰り返していた。魚類は無数にいて、長い時間をかけて連作してゆく-

 

-その過程にあった。ずっと、描いてゆく。死ぬまで-。それが頓挫したように
思われていた。海が、汚されていた。連作を言い出す物造りは、
おおむね肉体の力が減衰してきたと見てもいい。

30半ばを越えて、20代の頃のようにそれが無意味であれ、
体から湧き出してくれるものの枯渇を感じていた。-

 

-ほっておいても湧き出してくるものがなくなり、しかし磔刑のように
何かを造ってゆくことを自分で決めた以上、
良くも悪くも理性的な概念をひねりだして
それに寄って制作を続けなければならない。

その衰えのようなものは、職を探す上でも自分に
懸念としていつも浮上してくるのだった。-

 

-その制作上の頓挫も自分に重くのしかかるのだが、それ以上に、
自分が無防備に自分が居る場所が無制限にあり続けるということを
前提としていたということが、自分の致命的な甘さとして突きつけられていた。
自分の判断に致命的な甘さがある。そのことに気づきもしなかった-。-

 

-一人頼らなければならない自分そのものに信が置けない。それは
これからの現実と向かいあってゆく上で、なによりも大きな重しと
なって自分の中にあった。作っていただいたカレーを食うと、
福岡の女性はノートパソコンを貸してくれた。ホテルのロビーに
毎晩を金を投じて情報を拡散していることを-

 

-話すと、貸してくださったのだった。「-パソコンを買ッタヨ。」
その晩電話で女は言った。自分は、福岡に自分の絵を観てくださっていた
知り合いがいて今日パソコンを借してくれた、
もう電話じゃなくてもよくなった、そう伝えると、
一転して硬い調子で女は言った。「知リ合イ、、。ソレは女カ。」-

 

-自分は口調におどろいて言った。”誤解しないでほしい。
昔からの知り合いなんだ。”「アキラハ私ノイナイウチに他ノ女ト
会ッテイルノカ。信ジラレナイ-。」自分は弁明逐われ、
一応の納得を得たのちにパソコンの通信に切り替えた。
「ヤハリ、私ハ日本二戻ル。ドバイ経由で大阪二行ク-

 

-「仕事ガモラエルと思ウ。ドバイに行キ、大阪へ行くチケットヲ取ッタ。
-日本二行ク事ガ怖イ気持チガアル。アキラ、私ハ何ヲ持ッテユケバイイデスカ。」
ふいに聞かれ、自分は迷った末に言った。”雨に濡れないようにしたほうがいい。
雨に濡れないための服を-”-

 

-2011年3月20日すぎの大阪に向かう上で、それが果たして正解なのか。
高規格マスクだったのか。その時の自分は確たるきもちを持てないまま答えた。
その頃付け焼刃のように仕入れていた被曝に関する情報からは、
そんな答え方しかできなかった。苦いものを感じた。-

※次回に続く

 2017/2/23(木)22:00に投稿予定です。 


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