最初はSAH

2000.11にくも膜下出血(SAH)発症。無事後遺症もなく生還。今興味あること:脳のこと,教育のこと,テニスのこと

「幕末維新メシ」これは面白い!

2018-02-24 13:37:22 | Weblog
先日、姉から電話で、
「NHKのEテレで、『幕末維新メシ』ってやってるの知ってる?」
と聞いてきました。
名古屋の姪っ子が、facebookに姉の義弟にあたる、原口泉氏が
そのテレビ番組に出ていると、書いてあったのをちらっと見たけど、
テレビは見てないし、姪っ子の記事もよく分かってなかった。

すると姉が、
「あの番組のテキストを買ってみたんだけど、
それが、すごく面白いのよ!ぜひ読んでご覧なさい」
とのこと。
丁度水曜日で、番組の放映があり、見てみたけど、たった25分の番組です。
篤姫が白インゲンの甘煮が好きだった話しで、その味を再現してみるというもので、
豆は大好きだけど、料理下手の私は、ちょっと興味があった程度でした。

次の日、姉の薦めに従って、早速近くの本屋さんでテキストを購入。
篤姫の回が3回目だったので、テキストも本屋さんに尋ねなければ分からない奥に並んでいました。

家に帰って、読んでみると、これが面白い!
西郷隆盛、大久保利通、篤姫、井上馨、勝海舟、徳川慶喜、福沢諭吉の7人について、
年表付で、幕末維新にどんな役割を果たしたかが書いてあって、それぞれの食にまつわる話が載っている。

私が特に面白かったのは、「幕末維新コラム」で、
ペリーが浦賀にやってきて、幕府が日本食で饗応するが、米国人には全く不評。
一方、お返しにボーハタン号で行われたアメリカ側の饗応食、
「パン、カステイラ、牛の舌、豚、鶏丸煮、饅頭、獣腸、キウリ、インゲン」はいずれも絶品だと、日本の資料にあるということだ。
驚きは、ペリーの日記では、牛や羊などを船の中で飼育していたとのことです(本当かな?)。

さらに驚いたのは、徳川慶喜の将軍就任直後(1867.3)、英仏蘭米の公使の拝謁後、
大阪城でフルコースのフランス料理でもてなしたという話し。
細かいメニューや食材や準備方法など、興味深く読めました。
幕末期にフランス料理のフルコースとは!!!!

その他にも、面白い話しがいっぱい載っていて、テキストと言うより、一冊の本として読めます。

オリンピックを見るのも忙しいけど、もうすぐ終わるし、ぜひ、ご一読を
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清嘉堂文庫美術館

2018-02-20 18:05:18 | Weblog
「寒い寒い」と言って、何となく書く気にならず、ブログは冬眠していましたが、
あっという間に、2月半ば過ぎになってしまいました。
このところ、お日様も、長く出ているようになり、日差しも急に強くなってきて、ちょっと元気も出てきました。

今日は、テニスばかりでなく、少しは文化的生活もしなくてはと思って、
夫と二人で、前から行きたかった世田谷区岡本にある「静嘉堂文庫」に行ってきました。
我が家からは、環八を南にまっすぐ行けば、30分くらいで着きます。
電車では行きにくいところですが、駐車場もあるので、車で行きました。

ここは岩崎彌太郎の弟の彌之助と、その息子である小彌太の父子二代で収集した東洋古美術品があり、
国宝、重要文化財もザクザクあって、流石、三菱宗家のお宝!!!ってところです。

今は錦絵「歌川国貞展」を開催中です。
音声ガイドを聴きながら、ゆっくり見て回りましたが、
江戸の役者絵や庶民の暮らしなど見られて、とっても楽しめました。

庭に出ると紅白の梅と水仙が咲いていて、春の香りがいっぱいに拡がっていました。

立派な岩崎家廟もあり、そばにしだれ桜の木があり、
池のそばには大きなギンモクセイ(金木犀は知ってるけど…?)があります。

美術館の隣には民家園、近くには砧公園など散歩に良さそうなところなので、
また、違う季節に行ってみたいと思ってます。
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小室哲哉氏引退会見を見てーくも膜下出血の恐ろしさー

2018-01-25 13:51:11 | くも膜下出血
ミュージシャンで音楽プロデューサーの小室哲哉さんが、文春に不倫疑惑記事を書かれて、
記者会見して、音楽活動から引退すると語り、多方面から色々な意見が飛び交っている。

私は何といっても「くも膜下出血」の恐ろしさを、知らない人が多いのにビックリしている。
妻のKEIKOさんは2011年10月にくも膜下出血を発症している。
それから、6年半の月日が経っている。
くも膜下出血は、死亡する人が3分の1、後遺症が残る人が3分の1、
社会復帰できるのが3分の1と言われている。
社会復帰可能の場合も、全く後遺症無く復帰できる人は少ない。

後遺症も、軽症から重症まで様々であるし、
身体的機能の障害の他、認知症、人格が変わってしまうような障害まである。
その人がそれまでのその人でなくなってしまうということは、
友人や私のHPの掲示板に書き込みされた方が、その辛さを語っていた。
KEIKOさんも高次脳機能障害で、小児退行の症状が固定化してしまっているようだ。

発症後暫くは、命が助かったことに、「本当によかった」と思うだろう。
しかし、後遺症も固定化して回復していく兆しが見えなくなってくると、絶望してしまうことも多いと思う。

私自身、くも膜下出血を発症した時、息子が中学一年生だったので、
命が助かったとしても、後遺症が残っていたら、家族がどれほど苦しんだかと思うと、小室氏には同情してしまう。
「療養中の妻への裏切り」との記事は当たらない気がする。

義母の介護でも、いったいいつまで続くのかと、時々深刻に悩んだことがある。
くも膜下出血は若くで発症することも多く、介護の年月は、老親よりもさらに長く、先が見えないことも多い。

KEIKOさんの発症時の様子は分からないが、
このブログでも何度も書いているとおり、
くも膜下出血を含む脳卒中は、発症してから、治療に行き着く、時間と状況が鍵だ。
今は安静にして病院に搬送できれば、診断も治療もできる。
後遺症を減らすことはできる。
もっともっとくも膜下出血(脳卒中)についてみんなに知って欲しいと思う。
「くも膜下出血発症時の頭痛」

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大雪

2018-01-23 11:43:14 | Weblog


東京は大雪です。
今朝の我が家の庭と、家の前の道路は、まるで雪国のようです。
咲き始めた梅の花も重たい雪の布団がかかって迷惑そう

この道路は車の通りも少ないので、なかなか雪がなくなりません。

暫くは、車も自転車もダメです。

屋根の雪も、太陽の熱で解け始め、雪庇のように付き出していて危険です。
雪国の生活の大変さがちょっぴりだけ分かります。

今年は、気温も低く、雪もまだ降りそうなので、憂鬱です。
子どもの頃は、こんなに降ったら嬉しくて、雪だるまをつくったり、雪合戦したのに・・・・・・・

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中学同期で新年会

2018-01-09 15:59:18 | Weblog


  昨日は、中学の友人たちと、新年会。

最初は女性はMさん宅に集まり,
「新年おめでとう!今年もよろしく」
と、乾杯し、

男性は中学卒業以来、毎年集まっているというメンバーで
Tさん宅で乾杯。

両宅は中学の地元で、手を振れば見えるような距離です。
一通り、飲み終わって、男性陣がMさん宅に合流し、
みんなで楽しく、歓談しました。

可愛い女子中学生と男子中学生が、
アラセブンティーとなり、人生終盤を迎え、
残りの人生、楽しく心残りなく過ごそうと誓い合いました。    
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ポインセチア

2018-01-07 15:55:51 | Weblog
5年目のポインセチア。
今期こそはきれいに色づかせようと、9月になってすぐ、短日処理を始めて、
9:00-16:00だけ日に当てて、夕方から朝まで、クローゼットに入れました。
だんだん色づいてきて、いい調子と思ったのですが、
クリスマス頃は、緑とピンクが混ざって、とてもみすぼらしい色で、
やっぱり失敗したと思いました。

でも、水やりを続けていたら、どんどんきれいになってきました。
もう少し、花が咲いてきたらもっと綺麗になりそうです。

クリスマスに綺麗に色づかせようと思ったら、
8月から短日処理を始めないといけないのですね。

来年も咲かせるためには、もう、植え替えをしてあげなければ、
土がダメになっています。
花は、毎年廻ってきて、色々思い出をつくってくれます。

花の思い出は、すべて亡くなった母に繋がり、
ガーデニングが趣味だった母とまた、話したいなぁ~と思ってしまいます。

          

2017.9.29

10.17

11.23

12.14
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あけましておめでとうございます 2018

2018-01-03 12:37:14 | Weblog
明けましておめでとうございます

 本年もよろしくお願いいたします


2018.1
  今年の初詣は、芝 増上寺に行きました。
  快晴で、少し寒かったけど、
  並ぶこともなく、ゆっくりお参りできました。
  我が家は毎年、
  「何処へ行こうか?」
  と、相談して、色々な神社仏閣にお参りしてます。
  日本人らしく、神社であったり、寺であったり、
  寺も宗派を問わず、その時の気分で決めています。

  増上寺は何度か行ったことがありますが、
  初詣は初めてでした。

  境内が広いので、かなりの人出でしたが、
  それ程混み合いません。
  境内にはお店が出ていて、
  猿回しをしていて、人だかりがしてました。
反省したり、ひらりとジャンプしたり、
なかなか芸達者な猿で、取り囲んでいる人たちの
喝采を浴びていました。

増上寺は徳川将軍家の菩提寺で、
秀忠家宣家継家重家慶家茂
の6将軍の他、秀忠正室、江や家茂正室、和宮など、
将軍家ゆかりの人々が多数葬られています。
戦前までは立派な霊廟がありましたが、
空襲で全て焼けて、今は石塔が建っています。
ボランティアガイドさんが説明してくれました。
家に帰っておせちで乾杯。息子にインスタ映えするように撮るにはどうすればいいかと聞くと、
食べ物はアップで撮ることが大事だといわれました。
確かに、左と真ん中の方が一番右の写真より、美味しそうに豪華に見えます。

元日は、息子のお嫁ちゃんが実家に帰ってしまって4人でしたが、
2日はお嫁ちゃんも泊まって、みんなで新年を祝うことができました。

今年も家族が元気で楽しく過ごせますように!
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「鉄板焼 嘉門」 帝国ホテルでステーキランチ

2017-12-15 16:20:55 | グルメ
昨日は、帝国ホテル、レストラン「 鉄板焼 嘉門」でステーキランチを食べました。
帝国ホテルでステーキなんて初めて!
本館17階、バイキング(ヴッフェ)レストランと同じ階でした。
ブース毎に料理人が付いて、鉄板で焼いてくれます。

ランチコースで、最初は、スープです。
次に薄切り肉を焼いて野菜に載せて、ビーフサラダ嘉門風。熱々のお肉の載ったサラダも乙なもの。
つづいてメインのステーキ。フィレ肉をミディアムで焼いてもらいました。
カリカリに焼いたガーリックスライスと、炒めたもやしとニンジンの付け合わせ。
塩とたれが2種類ありました。どれをつけても美味しかったです。
日本らしく、御飯と味噌汁と香の物も付きました。

デザートは7種類。全部食べられるか不安でしたが、一緒の人が
「私は、全部!」と言ったので、つられて
「私も全部!」って言っちゃいました。
あっさりしていて、大きさも丁度良かったので、ケーキとムースを交互に食べたら、
どれも美味しく、全く量的にも問題なく食べられました。
 
ランチの後は、腹ごなしに完成した東京駅の駅前広場を散策。
左は東京駅を向かいにして、右は皇居に向かって撮った写真です。
本当に広々していて、東京って気持ちよい場所って思わせてしまう(錯覚?)、いい空間ができていました。
新丸ビルの中のカフェでお茶して、おしゃべりして帰りました。
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維新ふるさと館

2017-12-11 21:32:23 | 海音寺潮五郎
訪鹿最終日(12/3)は、鹿児島市内、甲突川沿いの維新ロード方面に行きました。

維新ふるさと館の駐車場に車を止めて、まず、目の前の西郷隆盛誕生の地を見学。
ボランティアガイドさんがいて、色々説明してくれました。

西郷がここで生まれた時は、親戚一同大家族で住んでいたとか。
弟で明治維新政府の数々の要職を歴任した從道もこの地で誕生したそうで、
横にある小さな碑に西郷從道誕生の地と書いてありました。
(そう言えば、明治村にあった西郷從道邸、すてきだったなぁ~!)

つづいて、「維新ふるさと館」に入りました。
明治維新に関する様々な展示があり、
今、流行りの科学技術を駆使した体験型ミュージアムです。
鹿児島市の施設で、平成6年にオープンしたそうですが、私は初めてでした。

平成30年1月23日、明治維新150周年、
大河ドラマ「西郷どん」の放送開始に合わせて、現在工事中のところが完成して
リニューアルオープンするとか。

来年は「篤姫」の時のように、沢山の観光客が鹿児島に来ることでしょう。
鹿児島の人たちはすごく期待しているようです。

地下のシアターでドラマ上映をしていました。
時間が丁度だったので、また「薩摩スチューデント、西へ」という
薩摩藩留学生のドラマを見ました。
前日も記念館で聞いた話だったので、すっかり詳しくなってしまいました。

大河ドラマ「篤姫」で、使用された豪華な衣装が飾られていましたが、
来年は「西郷どん」一色になることでしょう。

売店には新装版になった
海音寺潮五郎の角川文庫「西郷隆盛(一)~(四)」も並んでいました。
読んで貰えるといいな!


ランチは維新ふるさと館の前の甲突川に架かる橋を
渡って、むかい側の「マルコポーロ」という
イタリアンレストランのテラス席で食べました。

川風が吹いていましたが、
気温が20℃近くあったので、気持ちいいくらいでした。

グラタンランチ、Very good !

ここで、叔父たちと別れて、
姉と二人で維新ロードを散策。

鳶が、ピーヒョロローと鳴いて、
予報以上の好天でしたが、
暑くて、コートも上着もとても着ていられないほど。

さすがに鹿児島でした。

(鹿児島旅行 終わり)
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薩摩藩英国留学生記念館

2017-12-10 14:57:40 | Weblog
鹿児島旅行2日目(12/2)美山で薩摩焼を堪能した後,、
「薩摩藩英国留学生記念館」に行きました。
ここは、2014年7月に開館した比較的新しいものです。

串木野から海沿いの道をだいぶ走った、いちき串木野市羽島にあります。
「こんなに離れた海岸に記念館があるのだから、多分ここから、行ったんだね」
と話していたらその通りでした。

薩摩藩英国留学生って知らない人も多いと思いますが、
薩摩藩は、生麦事件をきっかけに起きた薩英戦争で、
西洋の進んだ技術を目の当たりにして、
英国と和睦し、軍艦購入の周旋を依頼して、
留学生を派遣することにします。
当時はまだ、鎖国をしていたので、留学生たちは、
密かにこの羽島の沖から、英国に向かったそうです。
(詳しくはこちら→「薩摩藩英国留学生の歴史」薩摩藩英国留学生記念館)

一行は、4名の視察員と15名の留学生。
朝ドラでディーンフジオカが演じて有名になった五代友厚、明治政府の初代文部大臣 森有礼も一員です。

留学生は、ロンドン大学のユニバーシティーカレッジの法文学部聴講生として入学し、懸命に学びました。

最年少、13歳だった長沢鼎は、年少のため大学に入学できず、
幕末、長崎で武器商人として活躍し、この留学生派遣に協力したトーマス・グラバーの実家に身を寄せ、
近くの中学校に通い、地元の新聞に名前が載せられるほど、優秀な成績を修めたそうです。

その後、薩摩藩が経済的に苦しくなり、仕送りが途絶え、留学生たちは困窮し、帰国したり、
伝手を頼って、アメリカに渡ったりしました。

長沢鼎もアメリカに渡り、一人だけ永住し、
カリフォルニアでのワイン醸造を成功させ、人々に「ブドウ王」と称されました。
この話は、1983年にレーガン大統領が来日した際、国会での演説の中で紹介し、有名になりました。

残念ながら、今年10月に起きたカリフォルニア州サンタローザの山火事で、記念施設やブドウ畑がある醸造所が焼けてしまったそうです。

「ショックだった」カリフォルニアの山火事、鹿児島で支援の動き “ブドウ王”がつないだ縁
~西日本新聞~

(鹿児島旅行最終日につづく)
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美山~薩摩焼の里

2017-12-07 15:04:27 | 海音寺潮五郎
鹿児島旅行2日目の午後は、薩摩焼の里「美山」に行きました。

薩摩焼の起源は、秀吉の大陸進出 野望の戦い
文禄・慶長の役の後者、慶長の役(1598)。
薩摩の猛将、島津義弘が捕虜として連れ帰った朝鮮の陶工たちが、
ここ薩摩の地で、窯を開いて、代々受け継いできたものです。
美山は苗代川系ですが、他にも龍門司系、堅野系などがあるそうです。

薩摩焼で全国的に有名なのは、沈壽官氏の作品です。
朝鮮から来た沈家の初代は沈当吉という人だそうですが、

12代 沈氏(1835~1906)が、沈壽官を名乗り、
藩の庇護がなくなってしまった窯を、上手く民間経営移行して
ウィーン万博(1873)始め、数々の万博、勧業博覧会などに出品し、
高い評価を得て、世界的な名声を博し、薩摩焼が海外でも広く愛用されるようになったそうです。

その後代々、沈壽官を名乗り、今は15代です。
「沈家伝世品収蔵庫」には、代々の作品が展示されていて、
透かし彫り、鮮やかな絵付け、美しい形、どれもやはり名品揃いで、愉しめます。

登り窯を見て、裏の工房に行くと沢山の職人の方々が、制作に取り組む様子をガラス越しに見ることができました。
若い職人さんが大勢で驚きました。


土と火の魔術なりけり荒木のや

幹二郎がしごとさやかなるかも

    海音寺潮五郎


次に同じ美山にある、
祖父海音寺潮五郎の好きだった「荒木窯」に行きました。
荒木幹二郎さんの窯です。
息子の荒木秀樹さんが継いでいらっしゃいます。
素敵な壷の上に祖父の色紙が飾られていました。

温かみのある作品で、私も大好きです。
私と夫の湯飲みを求めました。   (つづく)
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企画展 「海音寺潮五郎の切捨御免!日本の歴史を点検する」

2017-12-06 21:39:55 | 海音寺潮五郎


2日目は今回の訪鹿のメイン、かごしま近代文学館で開催されていた(12/3まで)
企画展「海音寺潮五郎の切捨御免!日本の歴史を点検する」見学。
午前10時に叔父夫婦と待ち合わせて行くと、館長、副館長、学芸員の方々が出迎えてくださいました。
直接、展示を担当された学芸員の森山さんの案内で、展示を見学しました。

海音寺作品は雑誌に発表されたもの、さらに本に刊行されたもの、色々ありますが、
古代から現代まで、本当に多作です。
今回の展示では、沢山の作品に実際にあたり、様々な角度から分析して、
作品に描かれている時代順に、作品の中の一部の文章、原稿、本の画像などが展示され、
本当に見応えのある展示でした。
展示はそのまま図録として刊行され、販売されていました。
A5版で字が小さいのが難点ですが、予算の都合で仕方なかったのでしょう。

定価1000円で、かごしま近代文学館のサイトで見ると通信販売も可です。

特別展を見た後、常設展も見学しました。
来年の大河ドラマ「西郷どん」に合わせて、西郷隆盛の著作が多く展示されていました。





文学館を後にして、すぐそばにある島津忠義像を見て、
月遅れの七五三参りをしている子どもたちがいる
照國神社にお参りしました。

昼食は簡単にかごしま近代文学館の
レストランで食べました。


(つづく)

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鹿児島に行ってきました

2017-12-05 11:57:15 | Weblog

姉と母の弟(叔父)夫婦と一緒に、鹿児島に行ってきました。
両親の墓参とかごしま近代文学館で開催されていた
祖父の企画展、「海音寺潮五郎の切捨御免!日本の歴史を点検する」を見学が目的でした。


福応寺納骨堂
富士山を雲の上に眺めながら、2時間弱。
鹿児島空港には義兄(鹿児島の人)の従妹のYさんが車で迎えに来てくれていました。

両親の墓に向かう途中、龍門滝の看板が出ていましたが、
姉が
「S義叔母さん(父の弟の連れあい)が入っている老人ホームはここあたりよ。
ちょっと会っていきましょう!」
と、突然言いました。

Yさんは鹿児島の人ですから、すぐにそのホームにたどり着けました。
何年も会っていない義叔母が、すぐに私たちのことが分かるかとちょっと心配。
ところが、その心配は全く無用でした。
受付で名前を告げて、義叔母の部屋に行くとシルバーカーにつかまった義叔母が、
「まぁ~!Sちゃん、Mちゃん、良く来てくれたわ~!夢かと思っちゃう!」
と言って、部屋の外に立っていました。

それから、義叔母の部屋で色々話しましたが、
その頭脳明晰さ!ビックリ仰天!私たちが出てこない親戚の名前も次々に出て、話すこと話すこと!!!!
生活も食事は食堂でするけど、ヘルパーさんを週2回頼んで買い物をしてもらって、洗濯は自分でして、
すぐ隣の温泉病院のデイサービスに通っているとか。
「義叔母さん、おいくつになられたのでしたっけ?」と聞くと、
「90歳よ」ですって!

叔父との待ち合わせがあるので、別れを告げると、
正座から、立ち上がり、
「お茶も淹れられなくてごめんなさいね」と言って、
ロビーにあった自動販売機でお茶を買って、渡してくれました。
義叔母さんも、別れ惜しげに手を振ってくれましたが、本当に会えて良かったです。

その後、父の郷里、姶良市蒲生の福応寺で、先に着いて祖父の郷里、伊佐市大口に行っていた叔父夫婦と会い、
父と母の墓参りをしました。
鹿児島にはなかなか行けないので、急に思い立っての墓参でしたが、できて良かったと思います。

先付け

あらだき

塩レモンづくし

光り物づくし

地魚づくし

岬にぎり
夜は天文館近くの「喜鶴寿司」でお寿司を食べました。
お醤油も何もかも甘めで、薩摩の味のお寿司でした。          (2日目につづく)
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DJ KOO 脳動脈瘤手術後 活動再開

2017-11-26 16:09:23 | くも膜下出血
DJ KOOが活動再開を報告

5人組ダンス&ボーカルユニット「TRF」のDJ KOO(56)さんが、
脳動脈瘤手術を受けて、無事活動再開したというニュースがありました。

記事によると、私も取材されて、出たことのある「主治医の見つかる診療所」という番組の
「主治医が見つかる診療所」~くも膜下出血~
「主治医の見つかる診療所」脳卒中スペシャル

『脳ドック』企画で脳ドックを受けたところ9.8ミリの脳動脈瘤が見つかったそうです。

番組に出ているカリスマ脳外科医と言われる上山博康医師の勧めで、
上山先生が脳神経外科研究所長を務める札幌禎心会病院で、手術を受けて、無事成功し、
自宅療養、リハビリを続けていたが、
医師の許可も出て、活動再開することになったと言うことです。

上山先生は私より1歳年上だから、実際に執刀したのは、もっと若い先生のようだけれど、
先生は、同病院で「上山博康脳神経外科塾」を開いて、若手の育成にも熱心に取り組んでいるようなので、
きっと優秀な若い医師が執刀したのでしょうね。

9.8ミリの脳動脈瘤というとかなりの大きさで、手術も難しいはずです。
5ミリを超えると破裂の可能性が急に高まるので、手術を薦められることが多いと言われています。
9月13日に手術して9月21日には退院とは、
未破裂で見つかり、すぐに名医に手術して貰えたからだと思います。

この大きさで破裂してくも膜下出血を発症していたら、
音楽活動どころか、日常生活に影響が出るほどの後遺症が残ってしまうことが十分に考えられます。

小室哲哉さんの妻のKEIKOさんがくも膜下出血を発症して未だに後遺症に悩んでいることを考えると
DJ KOOさんは本当にラッキーでしたね。
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プラチナ通り散歩

2017-11-25 15:10:50 | グルメ

昨日は、港区白金台にある東京都庭園美術館に行ってきました。
ここは、旧朝香宮邸だったところです。 朝香宮は明治天皇の第8皇女と結婚した人だそうです。

建物は昭和8年(1933)に建てられたものですから、新しく、アール・デコ様式というものだそうです。
明治時代の鹿鳴館時代の建物と違ってシンプルでモダンな感じがしました。

「装飾は流転する」と題した企画展が行われていました。

美しい紅葉の庭を散歩した後、プラチナ通りと呼ばれる外苑西通りに行きました。

白金に住む、シロガネーゼMちゃんの案内で、
プラチナ通り入口に「プラチナドンキ」(ドンキホーテ)が、
出来たいきさつを聞きました。

銀杏並木を歩いてちょっとセレブ気分を味わって
ランチの予約がしてある[カフェ・ラ・ボエム]白金に到着。

店内はかなり広く、寒いのにバルコニー席もいっぱいでした。
イタリアンで、ピザやパスタのランチメニューを見たら、
結構リーゾナブルなので、ちょっと安心。

とてもカジュアルな感じなので、
ちょっと耳が遠くなりかけているおばさんトークも安心して出来ます。

それぞれが違うパスタやピザを頼んで、シェアして頂きました。
美味しかったです。


ランチの後、[Chocolatier Erica ショコラティエ エリカ]で
お土産にチョコレートを買いました。
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