本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

人間の体の順応性

2021-05-21 20:11:01 | 住職の活動日記

今年に入ってから

どうも何か見えずらい

気になって、右目を隠し

左目だけでみると

下の方が影のようなものがあって

見えないようです。

早速、眼科へ行って、検査

いろいろと検査がありました。

その結果は

眼球の上の血管が詰まっていて

反対に下の部分が見ない

ということです。

 

よかったですね!

もう少し中心に近い所であれば

突然見えなくなっていましたよ

ということです

それから目薬をもらい

たぶん治らないと思いますけど

さしてみてください

とのことでした。

 

それから、2か月後にまた再検査

矢張り変わりはないようです

このまま様子を見ましょう

ということだったのです。

 

ところがここ最近

目の陰りがなくなったような

何だかよく見える気がします

これは

詰まっていた血管が

流れ出したのでは??

という期待をもって

眼科へ行ったのです。

最近は運動もしているし

血流もよくなってきたのでは

と自分なりに希望がみえて

きていました。

 

視力検査から始まり

写真を撮ったり

色々検査をして

いよいよ診察です。

ところが、

血管は詰まったままでした

影が消えたのですけど!?

というと

一度詰まった血管は

治りませんよ、ということです

たぶん、

右の視力がいいので

右目が頑張っているのでしょう

ということです。

 

人間の体の順応性ということは

よくできているもので

片方が出来ないと

もう片方が上手に調節して

両方見えるように

機能しているということです

 

しかし、

ふと考えてみますと

般若心経にも書いてありますが

目が見るのではない

目はものを見る機能であって

見るのは眼識という意識が

見ているということです。

ですから

両方の目から入った情報を

眼識が頭の中で調節して

あたかも両方の目で見ている

ように眼識が見るのでしょう。

 

一つ一つ機能は衰えていきます

それを身体全体として支え合って

うまく一つの身体として

はたらき合っているのでしょう

お釈迦さまも、

最後の言葉に

自分の身体はあたかも壊れかけた

車輪のように革ひもの助けによって

かろうじて動いているのだ

ということを仰っておられます。

 

三浦先生も

体というものは精密機械だ

上手に使えば長持ちする、

ということを仰っていました

晩年はとても自分の身体を労わり

大切にされていました。

 

歯に目にと、それから

脳細胞は一日に2万個も

壊れていくし

だから、当然物忘れはする

というように

いいところはありませんが

頂いたいのちですから

上手に大切にいたわりながら

使っていかなければ

と、思っております。

 

ということで

ちょっとおかしかったら

検査に行くことです

もし、早めに見つかれば

対処法は色々あると思います。

 

しかしながら

人間の身体というものは実に

よくできているものだと

感心しました。

 

 

 

 

 

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