本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

関の山

2016-09-19 13:42:58 | 住職の活動日記

今日は敬老の日、

もう二人ともとっくにその仲間入り

でも、憚ってか

子供たちからは敬老の祝いは

ないようです。

その方がいいのですが

でも、だんだんと、頑張っても

もうこれくらいが関の山

という年になりました。

 

「関」という字も面白い、

もともとの意味は「貫く」ということから

門を閉じる横木、かんぬき

そこから、門を開閉するということで

せきの意味になったということです。

 

 

『箱根の山も天下の嶮

函谷関も物ならず  』

という歌がありますように、

国と国との境目、要衝の地

ということです。

そういえば、何気なく使っている

「関西」・「関東」ということも

そこから出ているようで、

函谷関から西を関西

函谷関から東を関東

といったのが始まりのようです。

日本では昔は

伊勢の鈴鹿、美濃の不破、近江の逢坂

を三関といって

ここを中心に西と東にわけましたが

今は、

箱根の関を中心にして

関西関東というようになった

ということです。

 

1600年の9月15日は

天下分け目の関ヶ原の合戦

ありました。

美濃の不破郡の関を

関ヶ原というようです。

上から俯瞰しても

やはりそのような地形になっている

肝心要の地だったのです。

 

一つの難関を乗り越える

ということで、

今読んでいる十地経も

一つ一つの地を精進努力によって

克服していく、

難関を乗り越えていく、

それを「過地」といいますが

十あるということは

難関は一つではないということです

私たちの人生には

越えなければいけない難関は

無限にあるということでしょう。

だから修行の無限にある

ということです。

 

関の山ということも

三重県の関町に出てくる

山車(だしは)素晴らしく

これを越えるものはない

ということで、

「関の山」という言葉が生まれ

精一杯やるという

完成度は別にして

自分の本分を尽くし

自分の精いっぱいを尽くす

ということが

これから大切なようです。

 

関という字も

調べればもっといろいろと

面白いことがあるようです。

 

 

 

 

 

 

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