本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

分別 ( ぶんべつ ) ~ 分別 ( ふんべつ ) !?

2008-12-29 22:22:35 | 住職の活動日記
 昨夜のテレビ、途中から見てしまったのですが、

『 さんま・福澤 ホンマでっか !? ニューススペシャル 』

 ちょうど環境問題のところでした。

いつもの、 『 武田邦彦先生 』 ごみは 『 分別 ( ぶんべつ ) 』 

しない方が環境にいい     大胆な発言です。

 それに対し 『 やくみつる さん 』       この方は

環境問題が取り上げられる前から、 『 ごみの分別 』 には関心があってずっ

と実行されているそうです。


 大きく意見が分かれるところです。

確かに、生ごみも燃やすためにはプラスチックとか紙とかあった方がいい。

『 やくみつる さん 』 自分としてはなにが何でも      

『 ごみの分別 』 は実行する。ということに落ち着きましたが … 。


 その時、何気なく気がついたので、

『 分別 』 という字は、お経の中では 『 分別 ふんべつ 』 と同じ字を

書くのですが、読み方が ( ふんべつ ) と 「 ふ 」 が濁らないので

す。


 『 分別 ( ふんべつ ) する 』 ということは、お経の中では、物事を

微細に分けて、緻密に考えていく、という作業になります。

 人間はなぜ迷うのか、煩悩の構造はどうなっているのか ?  etc


物事を緻密に分析していくという知恵 『 分別智 ( ふんべっち ) 』 は

とても大事なことです。  

この知恵がすべてのことを考えていく、ベースになると思います。

そして、その次に大事になってくるのが 

『 無分別智 ( むふんべっち ) 』 です。

翻訳の仕方では 『 無分別智 』 のことを 『 空 』 とも表現していま

す。

 『 分別 』 の限りを尽くした先に出てくる 『 智慧 』 

実践してみて、 『 自分の思い 』 が砕けて、そこから生まれてくる

『 智慧 』 です。


 ややもすると、ただ実践すれば …  、ということになると、個人主義的な

直感に陥ってしまいます。

 そこには、直感と言うことを厳密に 『 分別していく智慧 』 がとても重要

になってきます。


 話は元に戻りますが、

『 限りある地球の資源 』 ということを考えた時、

『 地球という生命体 』 は、もし人類が滅亡したら、100年足らずで

元の地球に返すことが出来る 『 力 』 を持っているのですから、

『 地球と人類 』 が共存することを、地球から学ばなければ、いけないように

思うのですが  …  


 分別 ( ぶんべつ ) も 分別 ( ふんべつ ) も

そして、地球から頂く 無分別の智慧 が 一番大事になってくるようです。 
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今週の言葉 12/29~H21.1/4

2008-12-29 08:58:31 | 今週の言葉
   一期 一会    いちご いちえ

             その時そのときを大切に


 この言葉も最近ではいろんな場面で日常語として使われるようになりました。

『 会 』 の名前であったり、歌の題名にもなったり、はたまたお弁当の箸袋に

も使われたりしています。

 だんだん、意味も変して、「 一期百会 」 というような言葉も生まれている

ようです。


 先日お参りに行ったお宅で、とてもいいお話をお聞きして、心も通じ合ったよう

な、そのせいでしょうか、外までお見送りに来られました。

 『 失礼します ! 』 

と車に乗り込み、出発したのですが、そこから動こうとされません。

かなり進んで、バックミラーを見ると、まだ立っておられます。

やっと道の角にきました。曲がり際に、こちらも会釈してハンドルを切りました。

 ( たぶん相手の方には見えないでしょう。)

お見送りにこられた方も会釈されているようです。

そして、 『 失礼します 』 と心でつぶやきました。


 ふと、師匠の言葉を思い出し、相手が見えなくまでお見送りする、これが

『 一期一会 』 ということの具体的実践、と言われていました。

本山にいるときも、玄関でお見送りし、門の所で姿が見えなくなるまで、その場に

座ってお見送りしました。よくわかった管長さんは必ず、門の所で振り返り、会釈

をして行かれました。

 
 最近では 『 篤姫 』 のドラマを見て、本当にその当時の方々の出会いと別

れ、『 一期一会 』 ということが伝わってきます。この出会いが最後なのだ!

だから、出会いが、真剣勝負です。このときが最後   

   『 それでは 』

と、覚悟を決めて別れて行かれる。そして、分かれたあとの余韻がなんともいいものです、 

  ( お互い相手の無事を祈り、心の中で密かに念じている )

 それもとてもいいものです。


 今の時代、事実は一期一会なのですが、そのことを感じないように過ごしていま

す。特に携帯ですね。いつもつながっている。

 「 さよなら 」 と言った先から、電話するか、メールをしている。

それもお互いの無事とか確認するにはいいかもしれませんが、

この出会って分かれたという、厳粛な事実が、軽いものになってしまうようです。


 この世の中で起こっている、すべてのことは 『 一期一会 』 です。

このときが最後です。 

だから、一瞬のことでも 『 大切に 』 していきたいと思います。
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あわや一大事か?

2008-12-29 00:02:48 | 住職の活動日記
 不動護摩が始まる寸前、けたたましいサイレンの音、

どうも近くで、音が集まってくるようです。      

 どうも気になり、外へ出てみると、凄い煙が見えます。  


   


 チョット離れているので、気にはなるものの、護摩の時間も迫っているし、

一応写真だけ撮って、お護摩の準備にかかりました。


 夕方母から聞いたところによると、母の知り合いらしく、無人の倉庫からの

ようです。幸い人には何の被害もなく、少し安心いたしました。


 この暮れに、人に事故がなかったことは何よりです。

以前庫裏を建て替えたとき、隣のアパートより出火、

そのとき本当に、火事の怖さを身に滲みて感じました。

物だけで済んだことは、不幸中の幸いだと思います。
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