北面武士

至誠通天

春日大社~東大寺

2015-04-13 | 日記
四月十一日(土) 曇   続き。

大和神社参拝後、奈良市の春日大社まで移動。

春日大社へは伊勢国松阪市飯高町・水屋神社の神事、「御水送り神事」参列で何度も訪れているが、
いつも社務所で一服した後、御本殿にて昇殿参拝を行なっていたので、一般参拝者側の参道から訪れた事がなかった。
初めて参道を通ったが、距離が長くて驚いた。 

いつもと違う景色と社殿の向きなので、大変新鮮な感覚で参拝する事が出来た。


春日大社。 ここも藤原家ゆかりの神社。



初めて春日大社の参道を進んだ。 全てが初々しく思える。



前回、この鳥居の近くまで降りてきて、鹿せんべいを購入したが、一瞬で5匹の鹿に鹿せんべいを強奪された。



春日大社の由来。



異人さん達で溢れていた。 泰国が正月なので一番来訪者が多く、次に台湾なまりの支那語だから台湾人、あとはドイツ人も多かった。



この奥に御本殿がある。 今は亡き水屋神社の久保宮司を偲びながら参拝。 あの飄々とした姿が思い出される・・・。合掌



長い長い参道を下りながら、東大寺へ向かう。




日本人観光客は3割程度。 前回訪れた時、鹿は臭くて糞も掃除されてなかったが、今回は雨で清潔になったのだろうか、臭くなかった。 フンフンフン、鹿の糞、って歌を歌っていた奈良出身のお笑いの人がいたな・・・。





泰国の観光客が着物を着て記念写真を撮りまくっていた。 可愛い!



桜が舞い散った場所をうろつく場違いな鹿。 鹿は紅葉に決まっているだろうが! 邪魔だ、どけ!




南大門。 1199年に復興された国宝だが、相当傷んでいる。



南大門向かって右側、国宝・金剛力士像(吽形)。



南大門向かって左側、国宝・金剛力士像(阿形)



中門。



大仏殿(金堂)。  
古くは平安時代末期の平重衡、戦国時代の松永久秀により焼失。 当時の僧兵達は悪かったからね。
江戸時代に公慶上人の尽力により大仏、大仏殿ともに復興。 



中門屋根の下より大仏殿(金堂)を望む。



東大寺内で一番古い灯籠。





大仏(盧舎那仏)。 国家安寧を祈念する。




盧舎那仏。



盧舎那仏の脇侍・虚空蔵菩薩座像。



同じく、盧舎那仏の脇侍・如意輪観音座像。



四天王の一人・広目天像。



四天王の一人・多聞天像。  残りの四天王、持国天と増長天は未完成で、頭部のみが置かれている。



盧舎那仏の背面。



クイズが出ていたが、チンプンカンプン。  ティンプトン・カンプトン(支那語)。


ゆっくり拝観していたら、あっという間に帰宅時間となり、ここから春日大社の駐車場までの遠い距離を鹿の尻を叩きながら歩く。
藤原家の興福寺を訪れたかったが、時間がないので帰宅する。 
興福寺の阿修羅像を拝観すると何故か可哀想に思えてくる。 


京都で一泊しようかと迷ったが、歩きすぎて疲れたので、京都を横目に走りながら帰途につく。
帰宅後、一っ風呂浴びて「だいちゃん」にて一献。 伸ちゃん、もっちゃんと共に、ハイボールで大いに酔う。
角サン一本追加してゴクゴク飲みながら、夜は更けていく。

前回太陽を拝んだのは四月六日(月)の早朝八時半~九時の三十分間だけだった・・・。
清めの雨が長すぎて、部屋も心もジメジメして気持ち悪い。 おまけに寒い。
このままでは陽気な春が終わって、梅雨になってしまうのではないか。

今日より一週間、禁酒ウィーク。 読書に励む予定。

それでは、また。 ごきげんよう。








 
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大神神社~大和神社

2015-04-13 | 日記
四月十一日(土) 曇  続きより。

談山神社奉拝した後、桜井市三輪の「大神神社」(おおみわじんじゃ)へ移動。
大和国一の宮・三輪明神「大神神社」の御祭神は、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)。

一般的には大国主神(大国様)の御名で広く知られている国土開発の神様で、この神様の御恩召しにより、その御魂(幸魂・奇魂)を三輪山に永くお留めになり、それ以来、今日まで三輪山全体を神体山として奉斎してこられた。
それ故に、本殿を持たない、上代の信仰のかたちをそのまま今に伝えている我国最古の神社。
第十代崇神天皇の御代には、文化も全盛を極め、更に中古からは大和国の一の宮となり、二十二社の一つとして民衆の厚い信仰を集めてきたとの事。



大神神社。  駐車場が満車で、15分待ち。 その後も団体のバスも含め、参拝者が続々と訪れてくる。



鳥居には「三輪明神」。 



参道も清々しい氣が流れている。 晴天であったらもっと・・・。



拝殿への階段。 鳥居に注連縄が張ってある珍しい神社だった。



斯様な鳥居は、大神神社でしか拝観できないのではないだろうか。 神々しさを感じる。



大神神社の由来。




拝殿を望む。



昇殿参拝者を待つ巫女さん。

参拝後、大和神社へ向かう途中で昼食を摂る。 台湾人経営の店で台湾ラーメンと回鍋肉セットを注文。
満腹となり、再びハンドルを握り天理市の大和神社まで移動。



「大和神社」(おおやまとじんじゃ) 御祭神は、日本大国魂大神、八千戈大神、御年大神。
戦艦大和には、大和神社の御分霊が祀られていて、艦長室には大和神社の図が掲げられていたそうだ。
この神社の末社である祖霊社に、戦艦大和戦没英霊を祀り、大国主神氏子崇敬社祖霊が静まっておられる。
前回訪れた時は、昇殿参拝をさせて戴いた。 御本殿内の社の佇まいに感動。


大和神社の由来。



一の鳥居。


参道の長さは戦艦大和と同じ長さとの事。



二の鳥居。



二の鳥居をくぐり、本殿を望む。



本殿にて参拝。



戦艦大和ゆかりの神社。



英霊を参拝した後、奈良市の春日大社へ移動。

それでは、また。 ごきげんよう。




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