駄楽器駄日記(ドラム、パーカッション)

ロッキンローラーの打楽器日記

新年に思う

2009年01月03日 | 駄日記
1月3日(土)
新年を迎えたら、やっぱり抱負ちゅうか夢や希望を考えないといかんと思ったわけさ。
去年は終盤になって世の中が暗くなっちゃって、オレ等平凡な小市民にとってはこの先不安だらけなんだけれども、そこは無理をしてでも夢や希望を語らなきゃいかんと思うじゃん。前向きにポジティブに。
そこで、何か希望があるのかといえば、こんな終わっちまったオヤジにはそう簡単には見つからない。う~む。
確かに生活面では厳しくなっているけどねえ。
まあそれを言っちゃあ実もフタもないっちゅうか夢もチボーもないからね。
そういう面じゃなくって、オレなんかインチキだけど一応ミュージシャンだから音楽方面でいきたいよね。

まあ、大げさな言い方をすると、希望として強く願うのは、生きてる限りドラムやパーカッションを続けたいということかな。
今年一年の抱負というのには当てはまらないんだけどさ。
死んでしまった友人の“わっつー”が死んだ当日もレコーディング作業の日だったことや、愛すべき先輩“ギブソン太郎”が、動けなくなるまでギターを弾いていたことを思うとき、自分にどこまでその情熱を与えられるのだろうかと思う。
情熱というのは、知恵や努力で得られるものじゃないからね。
「死ぬほど好き!」という感情は抑えることができないし、持たない者が自分で得ることもできないんだな。
同様に、失ってしまった情熱を再び得ることも不可能だと思う。
オレが小学生のときにTVで見た、「8時だよ全員集合」でのカトちゃんのドラミングで衝撃を受け、それ以来続くドラムに対する情熱が途切れてしまうのが一番つらい。
もし音楽に興味をなくしてライブの予定も練習もなく、音楽とは無関係な生活費を稼ぐだけの日々だとしたらなんちゅう寂しいこと。
オレ自身の存在価値なくなっちゃうと思う。
不適切な言い方かも知れんけど、怪我や病気で寝たきりになって、音楽をやりたいけどできないということよりも気持ちとしては嫌だな。

今のところ、ドラム大好きと言う情熱はまだメラメラ燃えているけど、逆にこだわりの部分がなかなか整理できないでいて困りものなんだな。
そのこだわりというのは、オレ自身のドラムスタイルの「ロッキンロール・ドラム」(自称)ってやつなんだけど。
ドラムはバキッと鳴らしきりたい!っやつ。コンガもそうだ。
2拍4拍のスネア、コンガのスラップ、1拍目のベードラは妥協したくない。
スティックが折れよとばかりに、スネアのリムが曲がれとばかりにでかい音でドラムを叩き、手のひらが腫れ上がるほどでかい音でコンガを叩いてこそ気持ちがいい。
ドラムの原点がここにあるのだ。
レッスンでも、でかい音で叩く気持ち良さから知ってもらうんだ。
そこから、ドラムの楽しさを覚えてもらう。
だけど、こればかりをやってちゃ上手いドラムは叩けない。クレバーなドラマーはこんなことしてないからね。
そこからが難しいところさ。たいていは調節しているんだけど、バキッと行きたくて我慢できなくなるときがある。
オレがいつも失敗する原因はこれなんだって分かってて、でもやめられないんだな。これがオレのダメさ加減なんだけど、情熱の原点でもあるのでね。
ロッキンロール・ドラム魂健在!!なんちて。バカだね。
ありがたいことに、まだ情熱を失う心配はないと思うけど、まずはこんなバカドラマーとご一緒してくれるミュージシャンの皆さん、今年もヨロシク。なんてね。
コメント (2)
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