大垣市の 親切ていねいな ふすまと内装工事のお店 【創業80余年 林文香堂】 三代目店主の前向きな日記 

明るく朗らかに、人に親切に、素直に、謙虚に、感謝して の五つの基本を胸に、日々の小さなよろこびを綴ります。

大好きだった先輩がこの世を去る

2014年04月22日 | 日記
連日、韓国の客船沈没事故の報道が流れる中、その報せは突然届いた。

健民少年団の先輩「ばくさん」が出張先の鹿児島で倒れて亡くなったと。

電話に対して「はああ?」と思わず言った。わが耳を疑った。

58歳だった。

心筋梗塞だったとあとで知った。

10代から20代にかけて大変お世話になった方だ。

当時はいっぱい怒られた。まじめに怒られた。自分の人間形成に多大な影響を与えた方だ。

紅茶が好きで、議論が好きで、歌が上手く、団員には時折ビンタを張り、
笑い方が独特で、その笑いが出るとつられて他の者も笑った。

ヒゲが濃かった。

議論のときはいつも接続詞「が、しかし」で話を切り出した。

昔、ハイライトを吸っていた。

スリムのジーンズにサンダルを履いていた。

健少の活動後、小学校の体育館でハレーボールが当たって外れた天井の照明カバーを直すため
ロープを腰に巻いてRの鉄骨梁づたいに天井を移動し、直してみせた。

SIBIEのでかいフォグランプと、パホ~~ンとエコーのかかるホーンのついた
マニュアルミッションの黒いタウンエースワゴンに乗っていた。
大学のゼミ合宿の時、自分の初代プレリュードととりかえっこして借りて、
初日いきなり中央高速でネズミ撮りにつかまった。

総合体育館周辺で健少の全国大会があったときには、テントサイトの配置図を作るため
野球場で測量を手伝った。

いっしょに軽井沢や白樺湖にキャンプに行った。
中央高速の渋滞中、後ろの仲間の車に何やら歩いて届けに行き、車列が動き出して置いてけぼりをくい
高速道路を走って追いかけてきた爆笑のワンシーン。。

思い出がどんどんよみがえってくる。

とても悲しい。とても残念。いまも信じられない。無常のひとことで片付けられない。

お棺の中に横たわるその顔はふっくらとして血色がよく、ほんとに眠っているようだった。


「ばくさん、ありがとうございました。」

「ばくさん、ほんとうにいろいろありがとうございました。」
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2 コメント

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Unknown (ぶっち)
2014-04-23 11:39:50
私も『ばくさん』が亡くなったなんて未だに信じたくない…。先日、会社行く途中ばくさんが自宅でタイヤ交換してる姿見たばかりなのに…。
ご冥福御祈りします。
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Unknown (はやし)
2014-04-26 07:48:05
ぶっち、コメントありがとう。
もうこの世にいないなんて、いまだに考えられないな。
返信する

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