大垣市の 親切ていねいな ふすまと内装工事のお店 【創業80余年 林文香堂】 三代目店主の前向きな日記 

明るく朗らかに、人に親切に、素直に、謙虚に、感謝して の五つの基本を胸に、日々の小さなよろこびを綴ります。

高木和文先生、ありがとうございました。

2022年09月11日 | 東中学校
今日午前、高木和文先生のご自宅にお参りに伺った。
奥様と息子さんの若嫁さんが応対してくださった。
ボロボロ泣いてしまうかと思っていたが、しばしの会話は笑い声が幾度も出るひとときとなった。
原因不明の心臓疾患。ペースメーカー手術や各種薬物による懸命な治療の甲斐なく、ということだった。
なぜ?という疑問は消えないがいまとなっては世の無常というよりほかにない。

手づくりの未完成アトリエ、未完成の彫塑作品も見せていただいた。
アトリエの壁クロスはもちろん高木先生おひとりで施工されたものだが、
施工方法・下地処理・商品の選定・専用工具の貸し出しなど何度もアドバイスしたのが懐かしく思い出された。





たまたま留守で本当なら今日もここでごそごそ作業しているような、そんな感じがした。
好きなことをしながら毎日ワクワクして過ごされていたはずだ。
「自分は自分」
昔から終始一貫それを貫きとおした人だった。
そんな生き方はひとつの理想でもある。
早すぎるお別れは残念でならない。
だが、来年還暦を迎えるわれわれに、以後の人生をよくよく考えるように、いい人生とはなんだ?と
無言のメッセージを残していったようにも思える。
大好きな高木和文先生。
本当にありがとうございました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

知らぬ間に 恩師旅立つ

2022年09月06日 | 東中学校
まさか。あり得ない。想像だにしていない。
今日届いた一通のハガキ。
それは中学2年3年時代の恩師、担任だった高木和文先生の病死を伝える息子さんからのものだった。
かねてより入院加療中? え? どこも悪くない健康体だと思っていたのに!
75歳? え? 若すぎるし!
東中昭和53年度卒業以来、同窓会には全出席、9クラスの担任の中では一番若かったのに。
当ブログ「東中カテゴリー」にもたびたび登場、ずっと長くお付き合いしてきたし、
これからもずっとずっと続いていくと普通に思っていたのに。
来年開催予定の還暦同窓会にも絶対出席してくださると思っていたのに。
型にはまらない、正体不明な、個性的な、ふわふわした、独創的な、つかみどころのない、宇宙人のような、
魅力的な、芸術家のような、夏休みに彫塑室(と彼が勝手に名付けた旧給食室)に籠って(独占して)作品制作をする、
ときにHRを自らボイコットする(原因は生徒側にあり)、給食時間に「2年5組のエビフライが足りません」と
校内放送をかけさせて全校から大量のエビフライをゲットする(そのくせキライな鶏肉の入ったシチューはお残しした)、
凧揚げ大会にみんなでムカデ凧を作ったが本番に間に合わず、完成後「揚げよう」と申し出るもついに実現せず
(あの連ダコはどこに行ったのか?)、2年生の年度末のクラス文集が、3年生の中盤にようやく完成する、
2年生のクラス目標が半年以上設定できずできたときにはカルタのように45の垂れ幕になり教室を飾る、
「立つ鳥跡を濁さず運動」と称して3年1組だけ3学期末に室内の木製ロッカーなどを皆でブルーグリーンに塗装する、
生徒さえシラケるダジャレを平然と連発する、と先生らしくない、ある部分子どものような、大好きな先生だった。
(当時のクラス文集を見ると「悪事に対しては徹底的に追及した」と記述があるがもはやその記憶はない)(笑)
歳を重ねても昔と全然変わらない。会話をしていると楽しくていつまでも話し込んでしまう。そんな人だった。
コロナ前、「ぴあの・ぴあ~の」で2の5・3の1合同クラス会という、長年の「夢の企画」を実現できたことが救いだ。
あの夜のDVDがあれば永久保存版だが。
でもやっぱり、いなくなるはずのない大好きな人が突然いなくなる。それはあかんやろ!という気持ちが消えない。
「高木先生!いくらなんでもそれはあかんでしょ!急に!なんも言わんと!」
もしこの声が先生に届いたとしても、彼はまたいつものようになんやかんや嘘かホントかわからんことを
もにょもにょ言ってはぐらかし、いつしかけむに巻くのだろう。
いまキーボードを叩いているあいだじゅうずっと中学時代の東中の様子が脳裏によみがえっている。泣いている。
高木先生、また会いたいです!



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

3月4日はヨシヒトの誕生日

2021年03月04日 | 東中学校
このつたないブログを開設して10年を超えたが、これを書くのは初めて。
ヨシヒトは東中時代最も仲の良かった友人のひとり。同じサッカー部でゴールキーパーをしていて苦楽を共にした。
彼の存在なくして市制60周年記念大会・中体連西濃大会の優勝はなかった。中学以来ずっと仲良くしている大切な友人だ。

なぜか彼とはお互いの誕生日に電話をして長くしゃべるのが恒例になっている。20年以上欠かしたことはない。
毎年必ずメールをくれる旧友は複数いる。しかしヨシヒトはなぜか特別な存在だ。
今年は現場で自分がどハマっているので詫びを兼ねて「近いうちにまたゆっくりと」と電話で伝えた。元気そうだった。
残念なことにヨシヒトはずっと病気と戦っていて外出もままならない。コロナ禍の現在にあってそれはより過敏になっている。

病気と戦っている同級生は他にもいる。
彼らのことを思うと、いくら現場でくそハマろうがヤな思いをしようが、とりあえず健康で仕事ができることに感謝しなければ、
と思う。「感謝して」「謙虚に」と従業員に言いながら日常そうなれていない自分を恥じる。
彼らがいてこそ自分がいると断言できるほど彼らには世話になった。影響を受けた。頼りにした。その思いは今も変わらない。

どうか、身体の不調とうまく付き合いながらずっとずっと元気でいてほしい。

世の中がすこし落ち着いたら直接会って、また長話をしよう。
また泊まってもいいぞ。(おれが君の家に)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Cafe Okada オープン

2019年11月14日 | 東中学校
東中の同級生の岡田くんが喫茶店をオープンしました。



大垣市新長沢町1丁目3-1

6:00am ~ 3:00pm

日曜定休

岡田くんがハンドドリップで一杯ずつ淹れてくれます。

ぜひ、ご来店ください!

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東中の同級生がカフェをオープン

2019年10月15日 | 東中学校
告知です。

東中の同級生、岡田幸夫君がカフェを始めます。

名前は「Cafe Okada」

11月13日(水)オープン。

大垣市旭町8丁目交差点南東角。駐車場あり。



設計施工が松井建設さんだったご縁もあり、内装・室内建具を担当させていただきました。



別途工事として岡田君からウィンドウサイン・ロールスクリーン・のれんを受注させていただきました。

協力いただいた羽島のタナカサインさん、垂井のヨシダカーテンさん、ありがとうございました!

写真はありませんが、ぜひ見ていただきたのが岡田君が吟味した巾1m、長さ4m、一枚板のカウンター。

ぜひここに手を置く、腕を乗せる、肘をつく、などしてまったり過ごしていただきたいと思うのであります。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中学時代の友人が早朝に来訪

2019年02月27日 | 東中学校
通常、朝は6時半には出社して7時に店のシャッターを開けている。

昨日の7時ごろスポーツウェア姿の男性が事務所を訪れた。

隣りの町内に住む中学時代の友人ユキオ君だった。

突然のことで驚いた。

聞けば、毎朝散歩でうちの前を通っているという。

シャッターを開ける時間より早くうちの前を通過しているらしく、
たまたま昨日は開いていたので中をのぞいたら私がいた、ということだった。

久しぶりやね~! と、しばし会話を楽しんだ。

来月会社を辞めて自分で喫茶店を始めるという。
ずっと考え、準備してきたようだ。

うちから近いし、コーヒーは大好きなので
「常連さんにならせてもらうわ!」 と言ってお互い笑って別れた。

そうか。

同い年のサラリーマンはそういう年齢にさしかかってきているのだな。。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高木和文先生と照明具 40年の時を経てふたたび。

2019年02月10日 | 東中学校
昨年夏の大垣市立東中学校昭和53年度同窓会の開催以来、恩師の高木和文先生との交流が多い。

ご自宅の改修工事を一人で手掛け、ビニール壁紙の材料をお分けして、接着剤・道具類一式をお貸しし、
施工方法などをご説明した。先生は何度か来店された。私も先生のご自宅を電撃訪問したりした。

今回は障子紙のお問い合わせをいただいた。

来年度、中学生に木と紙で照明具を作らせるという。

照明具。なつかしい。中2のとき高木先生の美術の時間で取り組んだ。

「今の子は紙を糊で貼るのも難しい。かたい素材を両面テープで貼れないだろうか」という問いだった。

「プラスチック系のワーロンシート0.2mm厚のものが最適です。サンプルがありますのでお渡しできます。
 当時作った照明具、今もうちにありますよ。」

「ええ~っ!!まだあるの??ぜひ見たいなあ!」

というわけで、またまた恩師のご来店となった。

当時の自分の部屋の本棚の一番上で雪のようにホコリをかぶった昭和52年に作った照明具を持ってきた。
ハタキと絵筆で丹念にホコリを取り除き、外れたパーツを木工ボンドで補修して高木先生のご来店を待った。

先生は40年くらい前の作品が健在であることに驚かれ、喜んでくださった。

「ここの狭くて難しいところ、じつは親父に貼ってもらったんですよ。」と白状すると

「ははは!そうだろうねえ!でも父親と一緒にやるのもいいもんだよ。そういう時間が貴重なんだよ。」と先生。

コーヒーを飲みながら、しばし昔話に花が咲いた。



ワーロンシートの資料一式をお渡しして検討していただくことになった。

「・・これ、借りていってもいいかなあ?」

「いいですとも!」

かくして40年の時を経て、作品はふたたび家の外に出た。

高木先生の授業の一助になれば光栄だ。


そしていまあらためて思うことは

中学2年3年と担任していただいた風変わりな美術教師だった高木先生と、今もこうして交流があること

リタイヤして相変わらずマイペースな先生と零細自営業のおっさんがフランクにお付き合いできていること。

とてもうれしく思う。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東中第30期(昭和53年度卒)同窓会開催される

2018年08月13日 | 東中学校
8月12日。5年ぶりの学年同窓会が開催された。
参加者90名超。大垣駅前「若の台所」を借り切っての、とても盛大なものとなった。

恩師は遠藤先生、桑原先生、高木先生がご参加。

数十年ぶりに会う友人、埼玉、兵庫、から駆け付けた友人、
たくさんの同級生たちと飲んで語った。



人数が多すぎて全体集合写真を撮ることができずヨコ3分割になった。
果たして出来栄えはいかに・・?

ひとクラスごとに撮った写真はうまくいったようだ。

われら3年1組



次回5年後(還暦!!)の再会を約束し3時間の会は終わり、
舞台は二次会「ぴあの・ぴあ~の」へ。

ツヨシ・アツシの昭和フォークソング 全8曲!



プロシンガーのノリコさんのピアノ弾き語り



飲んで語って歌った楽しい時間は12時まで続いた。

みんな、ありがとう。

5年後に元気でまた会おう!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東中第30期(昭和53年度卒)同窓会開催のお知らせ

2018年04月18日 | 東中学校
同級生の皆さま。

5年振りにこの夏、開催が決定しました。

8月12日(日)
17:00~20:00
大垣駅前の居酒屋    です。

ぜひご参加ください!

詳細はまた後日

であります。

予定を空けておいてくださいね!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東中3年1組の連中と飲む

2016年03月26日 | 東中学校
金曜の夜、高木先生とワセとクロとナスと私の5人で
「ぴあの・ぴあ~の」で食事をする予定だった。

クロがセッティングしてくれた。

しかし高木先生がインフルにかかり、4人でもやるか、ということに
していたが、当日午後急にナスが欠席することに。

マスターはもう仕込みを始めている時間だ。3人でいい?と言うクロに、
ダメだ、誰でもいいから見つけてきてくれと頼んだ。

マミが連絡つかず、結局6組のサイモンが来ることになった。
珍しいメンバーで楽しい飲み会が始まった。
クロが卒業アルバムまで持ってきて、おおいに盛り上がった。

クロは新車中古車を売りまくる営業レディ。
サイモンは歯科衛生士。
ワセはIT系営業マン。

みんな頑張っている。

主役の高木先生が不在だったので後日仕切り直しだ。

キノにも声を掛けよう。JR終電で帰ればいいだろう?

卒業以来、一度も実施されていない3年1組クラス会開催にまで発展するか??

クロが非常にレスポンスが速く頼りになるので彼女にまかせよう。

男子の幹事は・・・ やっぱ自分か。。
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする