統合失調症の新薬候補発見 東京大、理化学研究所などのチーム
4/14(水) 毎日新聞
日本人の1%が発症する統合失調症の症状を改善する可能性がある物質を、東京大や理化学研究所などのチームが発見し、13日付の米科学誌セル・リポーツに発表した。この物質を含む薬剤はすでに遺伝性疾患ホモシスチン尿症の治療に使用されている。統合失調症に対するこの薬剤の治療の有効性や安全性を調べる臨床研究を始めた。
候補物質は、植物や海産物に多く含まれている化合物ベタイン。過去の研究から、患者のベタインの血中濃度は健康な人に比べ低いことが知られているが、統合失調症との関連はよく分かっていなかった。
チームは、仲間との接触を敬遠するなど統合失調症に特徴的な症状を持ったマウスを作製し、神経細胞の特徴を詳細に調べた。
その結果、神経細胞の形成に関与しているたんぱく質「CRMP2」の運び役「KIF3」の働きが低下し、神経細胞の構造が変化していたほか、CRMP2はベタインと反応しやすいことを突き止めた。
そこで、統合失調症マウスにベタインを与えると、通常のマウスと同じように仲間と接触するようになり、神経細胞の構造もほぼ正常に戻った。また、亡くなった統合失調症患者の脳を調べると健常な人に比べてKIF3の働きも低下していた。
研究を主導する東大の広川信隆・特任教授(細胞生物学)は「発症の原因や治療はほかにもあると考えられるが、詳細な発症過程が見えた意義は大きい。ベタインは有力な治療薬になるのではないか」と話す。【田中泰義】
東京大学
理化学研究所
日本医療研究開発機構
ベタインはキネシン分子モーターの機能低下による統合失調症様の症状を改善する―KIF3分子モーターはCRMP2タンパク質を輸送し、ベタインはCRMP2タンパク質のアクチン束化能を改善し神経細胞の形態を整える―
https://www.amed.go.jp/news/release_20210414-02.html
発表のポイント
キネシン分子モーターKIF3の不活性化を伴う統合失調症に、既存の統合失調症治療薬とは異なる作用を持つ化合物であるベタイン(注1)が有効である可能性を、モデルマウスの実験から見出した。
ベタインが、アクチン束化能を有するCRMP2タンパク質を輸送するKIF3(注2)不活性化を伴う統合失調症脳において、CRMP2タンパク質の有害なカルボニル化修飾(注3)の軽減によりCRMP2の輸送不全を補い、神経細胞の形態異常を改善することが治療の基盤となる可能性を初めて示した。
統合失調症の新しい発症機構の解明を通して、統合失調症における分子標的治療・創薬、及び発症予防法の開発基盤となることが期待される。
発表概要
統合失調症は、一般人口の約100人に1人の割合で発症する頻度の高い精神疾患であり、生涯にわたって生活の質が損なわれる可能性が高い疾患です。現在、統合失調症の治療薬は、薬効が不十分であること、また副作用に悩まされる患者が多くいることから、従来とは作用機序の異なる治療薬の開発が喫緊の課題となっています。統合失調症患者の血液中の代謝産物を網羅的に測定した結果、一部の患者で、健常者と比べてベタインの濃度が低下しているという研究成果が報告されています。そこで、東京大学大学院医学系研究科の廣川信隆特任教授(研究当時)、田中庸介講師、理化学研究所の吉川武男チームリーダー(研究当時)、福島県立医科大学の國井泰人准教授(研究当時)らの共同研究グループは、ベタインを補充することが統合失調症の治療に繋がると考え、モデル動物であるキネシン分子モーターKIF3遺伝子ヘテロ欠損マウスを用いた研究を行いました。本研究成果から、ベタインがこのマウスの統合失調症様の症状を改善するとともに、KIF3の輸送タンパク質であるCRMP2の有害なカルボニル化修飾を軽減することにより、CRMP2の輸送障害における神経細胞の形態異常を改善することで、症状を緩和させていることを明らかにしました。ベタインは既に承認されている薬剤であるため、現在、東京大学医学部附属病院精神神経科にて臨床研究を行っており、今後新規統合失調症治療薬としての承認が期待されます。
2019年6月27日
理化学研究所
日本医療研究開発機構
統合失調症の新しい治療薬候補の発見
-天然代謝産物ベタインの可能性-
理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター分子精神遺伝研究チームの大西哲生副チームリーダー、シャビーシュ・バラン研究員、吉川武男チームリーダーらの共同研究グループ※は、天然代謝産物ベタイン(トリメチルグリシン)[1]が統合失調症[2]の新しい治療薬候補になり得ることを発見しました。
本研究成果は、新しい観点からの統合失調症の理解や治療法開発およびプレシジョンメディシン[3]に向けた取り組みに貢献すると期待できます。
現在、統合失調症の治療薬のほとんどは、神経伝達物質[4]の受容体に作用するものです。しかし、薬効が不十分であったり、副作用に悩まされる患者が多くいることから、従来とは作用機序の異なる治療薬の開発が喫緊の課題となっています。 今回、共同研究グループは、ベタイン合成酵素遺伝子[5]をノックアウトしたマウスを作製したところ、抑うつ傾向および統合失調症患者の死後脳で見られる遺伝子発現に類似したパターンが観察されました。また、覚醒剤であるメタンフェタミン(MAP)[6]や幻覚剤であるフェンサイクリジン(PCP)[7]を用いて作製した統合失調症の薬理モデルマウスに対して、ベタインは治療効果を発揮しました。さらに、ベタインの作用機序として抗酸化ストレス[8]作用が関係していることを見いだしました。また、ベタインの効果を予測するバイオマーカー[9]をゲノムデータベース[10]を活用して調べたところ、rs35518479というゲノム配列の個人差が有効であることが分かりました。
本研究は、英国の科学雑誌『EBioMedicine』のオンライン版(6月26日付け:日本時間6月27日)に掲載されます。
また、本研究成果を元に制作されたイラストが、『EBioMedicine 2019年7月号新規タブで開きます』の表紙を飾りました。
https://www.riken.jp/medialibrary/riken/pr/publications/news/2020/rn202002.pdf