熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

寿 初春大歌舞伎~新橋演舞場:夜の部

2011年01月15日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   夜の部の注目舞台は、やはり、富十郎の急逝によって翁に大きな穴が空いた「寿式三番叟」であろう。
   梅玉が代役で素晴らしい舞台が展開されたのだが、附千歳を演じた富十郎の長男鷹之資の若々しくて凛々しい舞姿が、健気なだけに痛々しいのである。
   天王子屋、天王子屋、と言う威勢の良い掛け声が、大向こうから掛けられるのだが、親子そろっての晴れ舞台であれば、どれだけ素晴らしかったかと思うとさびしい。

   2005年の11月の吉例顔見世大歌舞伎で、当時大であった鷹之資が、親子共演の「鞍馬山誉鷹」で襲名披露を行ったが、上手に雀右衛門、梅玉、吉右衛門、下手に、富十郎、仁左衛門が並び、真ん中に座って「中村鷹之資で御座います、宜しくお願いします」としっかり口上を述べていた。
   その少し前に、丁度、聖路加病院の日野原先生と富十郎の対談を読んでいたので、富十郎が90歳になった時に丁度鷹之助が20歳になり、初代富十郎の生誕300年祭なので、その時まで長生きして、大に富十郎を継がせたいと言っていたのを思い出した。
   大丈夫、とにかく、70歳で長男をもうけた精力絶倫とも言うべき富十郎なのだから。いや、まだ、その後、聖路加で長女愛子ちゃんが生まれたし、と思っていたので、ほんの数か月前まで、あんなに元気で溌剌とした舞台姿を見せていたことでもあり、今でも、私には、富十郎の逝去が信じられない。
   ご冥福を心からお祈り致したい。
   芝翫、猿之助、吉右衛門等の話や本によると、歌舞伎の世界では、後ろ盾を失った名門歌舞伎役者の残された子供たちは、如何に筆舌に尽くし難い苦難の道を歩まなければならないかと言うことなので、鷹之資に幸あれと祈りたい。

   さて、今回の舞台で、面白かったのは、鶴屋南北の「浮世柄比翼稲妻」の「浅草鳥越山三浪宅の場」である。
   この長い狂言の「鈴ヶ森」と今回の「吉原仲之町の場」は、これまで見たことはあるのだが、この「あざ娘」と呼ばれる舞台は初めてで、天国と地獄を綯い交ぜにしたような浮世離れしたシーンの数々が面白いのである。
   この歌舞伎は、山東京伝の「昔話稲妻表紙」を基にして、南北が、白井権八、三浦屋小紫、幡隨院長兵衛の世界をミックスしたような芝居に仕立てたようだが、通しで演じられることがないようなので、複雑な全編の筋書きなど分からないし、夫々の舞台は、話の筋などあってないようなものであるから、その場その場で楽しめば良いと言うことであろうか。

   この舞台は、佐々木家の家臣名古屋山三(三津五郎)は、浪々の身で貧乏長屋に、献身的だが顔に大きなあざのある下女お国(福助)と住んでいるのだが、そこへ、元腰元で深い仲だった花魁葛城太夫(福助)が、花魁道中よろしく一行を引き連れて、仇・不破伴左衛門(橋之助)の情報を持って訪ねて来ると言うのであるから、有り得ないような話の展開になる。花魁が嫁に入ると飯の炊き方も分からないと言うので、貧乏長屋の家主杢郎兵衛(市蔵)が、軽業の鳴り物で飯炊き指南を行うと言った道化踊りが披露される。
   この長屋だが、雨が降ると逃げ場がないほど雨漏りするので、山三が座っているところは、頭上に大きな盥をぶら下げると言う状態で、飯炊きの薪がなくなると、床板を外して燃やすと言う徹底した貧乏長屋なのだが、ここに、着飾った本格的な花魁一行が入り込むのだから、舞台は奇想天外、これを、芸達者な役者たちが、大真面目に演じているのだから、正に芝居である。

   傑作なのは、三津五郎演じる山三で、とにかく、浮世離れした鷹揚な人物で、このような極貧生活をしていても、悠揚迫らず部屋の中央に端座して高貴の身分のままの立ち振る舞い。花魁葛城に会いに行くので一張羅の小袖をと言われても既に質入れ中、お国は、なけなしの家財や衣服、汚い間仕切り屏風まで持って質屋に出かけるのだが、そんな苦境は知る由もない。
   冒頭金貸しや家主たちが借金取立てに騒ぎまわるので、お国が謝り倒すのを見て、いつか返すのだからもっと威張れと命じる鷹揚さ(?)。
   唯一の救いは、質屋から帰ってきた山三が、お国に髪の手入れを頼んだ時に、その腕に「旦那様命」と彫ってあるのを見て、お国の手を引っ張って別室に入るシーン。お国は、寺で拾った役者絵にそっくりの男前の山三に恋焦がれていたのだから、天にも昇る気持ちである。
   福助の何とも言えない程上気した嬉しさと幸せと官能を綯い交ぜにしたような絶頂の顔の表情は秀逸で、観衆からどよめきが起こる程。とにかく、山三へのときめく切ない恋心の表現が真に迫っていて感動的である。

   ところが、このお国の父親・浮世又平(彌十郎)が、仇・不破の手下で、やり手お爪(右之助)に唆されて山三殺しをお国に吹き掛ける。許せぬお国は、父を殺し、お爪の盛った毒酒を誤って飲んで瀕死の状態になりながら、花魁に会いに出かける山三に這いずりながら編み笠を渡し、山三の飲み残した水を末期の水として飲んで、山三の「内へ残すは宿の妻」と言う言葉を聞いてこと切れる。
   一途に、誠心誠意誠実に生きた、あざ娘のお国の姿が、実に、印象的な、中々面白い芝居であった。
   この場の主役は、山三と、このお国と葛城、そして、浮世又平だが、家主や花魁一行の幇間や遊女なども結構出番があって、バリエーションに富んだ芝居でもあった。

   福助は、このお国と葛城、「鞘当」の茶屋女房お梅の三役を器用に熟しており、「実盛物語」の葵御前や、昼の部の「三笠山御殿」のお三輪など、大車輪の活躍で、立女形への力量を存分に発揮していて爽快であった。
   もう一人印象的だったのは、市蔵の活躍で、性格俳優的な芸の豊かさが光っていて、夫々に味があって面白かった。
   蛇足だが、「実盛物語」の團十郎の斎藤実盛の素晴らしさは、言うまでもない。
     

      


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