熟年の文化徒然雑記帳

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ピーター・T・リーソン著「海賊の経済学」

2011年06月12日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   先日、増田教授の「海賊」についてコメントしたが、今回は、海賊に興味を持っていた経済学者が、海賊と経済学との関わりを分析して、アダム・スミスの「見えざる手」の海賊版とも言うべき「見えざるフック」の法則を発見して、海賊が如何に合理的な経済人であったか、そして、その飽くなき自己利益追求が、欧米の文明国よりもはるかに早く民主主義制度の導入を促し、時代に先駆けた経済活動を行っていたかと言った興味深い話を満載したのがこの本「海賊の経済学 THE INVISIBLE HOOK: The Hidden Economics of Pirates」。
   海賊の行動・行為を通じて、インセンティブ、プリンシパル・エージェント、ガバナンス、フリーライダー、シグナリング&ブランディング等々経済学の法則・概念を説明し説き起こす経済学タッチの叙述の面白さに加えて、経営学への応用など話題豊富で面白い。

   まず、粗野な犯罪者集団を導くためには、どの海賊船も指導者である船長が必要であった。
   どの組織でもそうだが、長を頂くと、権威の必要性と、そうした権威の導入が正に権力乱用の強いインセンティブを作ると言う相反する組み合わせ、すなわち、「権力のパラドックス」が生じる。
   権力のパラドックスに対する解決策がないと、海賊は協力しないし、そうなれば、犯罪組織を通じて利潤を得ることは出来ない。
   海賊は、この問題を避けるために、マディソンの提案よりも100年早く、民主主義を導入したと言うのである。

   民主主義では、市民が多数意見によって指導者を排除して、新しい指導者を導入することによって、指導者が権力を行使する際の根本的な「抑制と均衡」を維持する。
   驚くなかれ、海賊の場合も全く同じで、一人一票を元に船長は多数投票で決定され、その船長を民主的に制約するために、海賊たちは、どんな理由であろうと、どんな船長でもいつ如何なる場合でも更迭する無制限の権限を与えられていて、更に、皆の利益にかなうように権力を行使することを、船長選出後の儀式で、船長に念を押したと言う。正に、アメリカ大統領の宣誓とおなじである。
   船長が、自分たちの利益に反するような行動を取ったら、船長を肉体的に処罰したり、また、与えられた権限の範囲を逸脱すればすぐに解任されることとなり、実際にも、個々の海賊たちも、船長と、日常的な面では平等で、寝床や支給品なども似たり寄ったりで、船長が他人を犠牲にして特権を確保することなど不可能であった。(取り分としての報酬は、平海賊の2倍に限定されていた。)
   更に、この海賊民主主義も、分権性を導入していて、船長の権限を分割して、支給品の割り当てや掠奪品の選定と分配、船員たちの仲裁、懲罰の実施の権限を、クォーターマスターに譲渡していた。
   この分権性は、いわば、両雄の野心と野心を競争・対抗させて、監視状態において、秩序を維持する働きをさせたと言うから面白い。

   一方、商船の場合には、船主と言うプリンシパルと、船員と言うエージェントが居て、両者の利害が相反しているので、船主は利益確保のために、船長・船員に対する厳しい監視と規制が必要だが、海賊の場合には、盗んだ船なので、プリンシパルとエージェントは同一人・海賊であるために、船員を締めつけて働かせる強権を持った船長が必要ではなく、盗んだ船ゆえに、民主主義が導入できたと言うことである。
   海賊たちは、無法者であるから、合法社会のすべての便益を拒絶していたので、商船の船員のように船長の邪悪な専制と収奪を訴えて行くところがなく、海賊たちにとっては、更なる船長による収奪の脅威の克服は死活問題であり、海賊たちの利己的な利益追及と言う犯罪性こそが、見えざるフックの導きによって、民主的な分権性を生み出したと言うことである。

   次に、ガバナンスの問題だが、海賊たちは成文憲法とも言うべき「海賊の掟」を作り上げて、掟を破った時の罰を決めたり、秩序を乱すなどの「負の外部性」を抑え、怠け者のフリーライダー問題の克服などに至るまで、詳細に亘って海賊行為の掟を規定していた。また、憲法制定や改訂、合意規定は全員一致が必要であり、海賊一人一人が、海賊の仲間入りをする時に署名したと言う。
   獲物なければ支払なし、掠奪品の私物化厳禁等々は勿論だが、秩序維持のためには、窃盗と暴力に対しては、特に厳しかったと言うのだが、全員一致で決め、全員熟知の海賊条項なので、違反者に対しては、極めて有効な脅しとなり、法の順守には強いインセンティブが働いた。
   海賊と言う恐るべき無法集団を維持するためには、入念な私的統治システムが必須だったのである。

   さて、海賊のトレードマークである「髑髏と骨のぶっちがいの旗印」を海賊たちは、「陽気なロジャー」と呼んでいたが、これこそ、海賊が、利潤最大化を実現するために、非常に重要な役割を果たした。
   海賊映画では、派手な戦闘が展開されているが、海賊は、コストを最小限に抑えて利益を最大化することが目的であるから、戦闘コストを最小限にし、戦闘によって獲物や船の損傷などが起こらないようにするために、相手が簡単に制圧できる標的でも、交戦が大嫌いで、闘わずして獲物を仕留める手段を取ることに拘った。
   したがって、この「陽気なロジャー」は、抵抗すればぶち殺すぞ、平和裏に降伏すれば命だけは助けてやると言う海賊のシグナルで、いわば、荒っぽい血みどろの戦いではなく、「平和な窃盗」を保証すると言う海賊のコスト縮小化信号だったのである。
   尤も、海賊が以前に船員として苛め抜かれた船長に合えば、死の折檻を課し、財産の在処を白状しない船員達には、徹底的に殺戮紛いの脅迫をするなど、海賊の恐ろしさを吹き込み、一層恐ろしさを植え付けて、「陽気なロジャー」の恐怖ブランド力を強化したと言うから、いずれにしろ、海賊との遭遇は、恐怖だったのである。

   海賊の最盛期は、1719年施行のイギリスの「海賊抑制改善法」前後のほんの数十年だが、先の増田教授の「海賊」の私掠船がヨーロッパ列強の海での戦いの前哨戦であったと言うのも面白いが、あのどうしょうもないならず者で無法者が、最先端を行く統治制度や経営戦略を駆使して自己利益の追求とその極大化を図っていたと言う事実も非常に面白い。
   民主主義一つにしても、市民社会の成熟だけではなく、悪の社会においても、効率化を追及して行けば、必然的に実現できたと言う事実が何を語っているのか、文明とは何かを示唆してくれていて非常に興味深い。
   
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