先日、和田秀樹先生の「80歳の壁」を読んだと思ったら、また、半年の内に、80歳関連でも、先生の本が「70歳、80歳でとても幸せになる人、不幸になる人 」「70代で死ぬ人、80代でも元気な人」「70代、80代を楽しむためにこれだけは知っておこう!」など3冊も出ている。同じことが書いてあるのであろうから読む気にはならないが、健康関連の本の乱発も良いところである。
先日、掛かりつけ医に、和田先生の言を引いて、80歳を超えれば、血圧やコレステロール値について高くても薬は飲まなくても良いし、気にすることはないのかと聞いたら、絶対にそんなことはないときつく叱られた。
私は、和田先生の本で、多少気は大きくはなったが、疑心暗鬼で、一応こまめに、毎日血圧や体温、体重を量って、数値を追っている。
さて、東大の高齢社会研究機構の秋山弘子教授の研究では、日本男性の老年について、
約2割の人が、70歳を迎える前の段階から寝たきりになり、その状態を10年ぐらい過ごしていると言うこと、大半の人が、70歳を超え始めたところから徐々に歩けなくなると言うこと、そして、80を過ぎても元気に働ける人は、1割程度しかいない、と言うことである。
私の身近な知人友人、80歳前半なのだが、を考えてみれば、約30%くらいが既に亡くなっていて、多くが、認知症や病気で何らかのかたちで介護状態になっていて、「80を過ぎても元気に働ける人」というか、特に不自由なく日常生活を送れている人は、10~20%と言うか非常に少ない。
先日、大学時代のゼミの同窓会について書いたが、12名の内、7名が、コロナ開けの来年適当なときに、会おうと言うことになっているのだが、これは、上出来だと言うことであろう。
近況を聞くにつけ、殆ど本も読めずに寝たきりに近い生活をしていたり、認知症で意識が希薄になっていたりして、日常生活もままならなくなった友と、口角泡を飛ばして天下国家を論じたあの頃が、無性に懐かしくなる。
ところで、私の場合だが、毎朝、起きたときに元気で生活できていることに無上の幸せを感じて、深い感謝の気持ちを込めて合掌している。
今、医者にかかっているのは、高血圧症の治療というか、薬を処方して貰うために、3ヶ月に1回通う程度で、ほかに、時折、定期健診に歯医者に行くが、これは任意である。もう一つの通院は、前立腺ガンの全摘が再発して放射線治療を受けたので、その経過健診で、これは、数年PSA値がゼロ近辺なので、殆ど無罪放免。
何年か前から悩んでいた脊柱管狭窄症については、直ってはいないのであろうが、腰の温暖化療法で小康状態で、朝起きたときには多少痛みがあっても、日常生活には全く異常がなくなっている。
それよりも、最近、急に、足腰が弱くなって歩くのが不自由になり始めて、転ばぬ先の杖で、遠出をするときには杖を持って出かけている。
歳を取ると真っ先に弱るのは「歯目足」というのだが、まさに、その足に老いの直撃を受けている。
秋山教授の言う「70歳を超え始めたところから徐々に歩けなくなる」という徴候なら致命的なので、毎日、散歩を欠かさず続けている。
孫娘の幼稚園への送り迎えで、毎日、往復2回で都合4キロ弱の道を歩いていたのだが、近くの小学校に変ったので途切れてしまい、方向転換である。
歯は、8020運動はクリアしており、特に問題はない。
目はメガネを掛けてはいるが、まだ、英語の専門書でも2~3時間は読めるし、パソコンの前に何時間いても不自由はない。
頭の方は、まだ、専門書や学術書などは読み続けているし、このブログも書けているので、当分は大丈夫であろう。
しかし、これから、何が起こるか分からないので、臨終のことをを学ばなければならない。
いずれにしろ、健康寿命も平均寿命も超えてしまって、いわば、余得の人生を生きているようなものであるから、健康寿命を全うして迷惑を掛けずに逝きたいと願っている。
先日、掛かりつけ医に、和田先生の言を引いて、80歳を超えれば、血圧やコレステロール値について高くても薬は飲まなくても良いし、気にすることはないのかと聞いたら、絶対にそんなことはないときつく叱られた。
私は、和田先生の本で、多少気は大きくはなったが、疑心暗鬼で、一応こまめに、毎日血圧や体温、体重を量って、数値を追っている。
さて、東大の高齢社会研究機構の秋山弘子教授の研究では、日本男性の老年について、
約2割の人が、70歳を迎える前の段階から寝たきりになり、その状態を10年ぐらい過ごしていると言うこと、大半の人が、70歳を超え始めたところから徐々に歩けなくなると言うこと、そして、80を過ぎても元気に働ける人は、1割程度しかいない、と言うことである。
私の身近な知人友人、80歳前半なのだが、を考えてみれば、約30%くらいが既に亡くなっていて、多くが、認知症や病気で何らかのかたちで介護状態になっていて、「80を過ぎても元気に働ける人」というか、特に不自由なく日常生活を送れている人は、10~20%と言うか非常に少ない。
先日、大学時代のゼミの同窓会について書いたが、12名の内、7名が、コロナ開けの来年適当なときに、会おうと言うことになっているのだが、これは、上出来だと言うことであろう。
近況を聞くにつけ、殆ど本も読めずに寝たきりに近い生活をしていたり、認知症で意識が希薄になっていたりして、日常生活もままならなくなった友と、口角泡を飛ばして天下国家を論じたあの頃が、無性に懐かしくなる。
ところで、私の場合だが、毎朝、起きたときに元気で生活できていることに無上の幸せを感じて、深い感謝の気持ちを込めて合掌している。
今、医者にかかっているのは、高血圧症の治療というか、薬を処方して貰うために、3ヶ月に1回通う程度で、ほかに、時折、定期健診に歯医者に行くが、これは任意である。もう一つの通院は、前立腺ガンの全摘が再発して放射線治療を受けたので、その経過健診で、これは、数年PSA値がゼロ近辺なので、殆ど無罪放免。
何年か前から悩んでいた脊柱管狭窄症については、直ってはいないのであろうが、腰の温暖化療法で小康状態で、朝起きたときには多少痛みがあっても、日常生活には全く異常がなくなっている。
それよりも、最近、急に、足腰が弱くなって歩くのが不自由になり始めて、転ばぬ先の杖で、遠出をするときには杖を持って出かけている。
歳を取ると真っ先に弱るのは「歯目足」というのだが、まさに、その足に老いの直撃を受けている。
秋山教授の言う「70歳を超え始めたところから徐々に歩けなくなる」という徴候なら致命的なので、毎日、散歩を欠かさず続けている。
孫娘の幼稚園への送り迎えで、毎日、往復2回で都合4キロ弱の道を歩いていたのだが、近くの小学校に変ったので途切れてしまい、方向転換である。
歯は、8020運動はクリアしており、特に問題はない。
目はメガネを掛けてはいるが、まだ、英語の専門書でも2~3時間は読めるし、パソコンの前に何時間いても不自由はない。
頭の方は、まだ、専門書や学術書などは読み続けているし、このブログも書けているので、当分は大丈夫であろう。
しかし、これから、何が起こるか分からないので、臨終のことをを学ばなければならない。
いずれにしろ、健康寿命も平均寿命も超えてしまって、いわば、余得の人生を生きているようなものであるから、健康寿命を全うして迷惑を掛けずに逝きたいと願っている。