熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ダンテ「神曲」(平川祐弘訳)地獄篇を読む

2017年08月12日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   名著だと言われながら、実際には、殆ど読んだことがない本が、結構多い。
   プラトンの著作はいくらか読んだが、このダンテの「神曲」なども、程遠い本であったのだが、ボツボツ人生も黄昏に近づいてくると、焦りもあって、手にしてみたのだが、何となく異質ながら楽しめたのである。

   この「神曲」だが、地獄篇、煉獄篇、天国篇の3部で構成されている全14,233行の韻文による長編叙事詩で、ラテン語ではなくて、通常のトスカーナ語で書かれていると言うのが興味深いのだが、原語で読めれば、韻をふんだリズム感なども楽しめて面白いのであろう。

   ダンテ・アリギエーリは、ルネサンスの故地フィレンツェ生まれなのだが、レオナルド・ダ・ヴィンチより200年も後、すなわち、イタリアルネサンスとは全く接点のないイタリア中世の詩人、哲学者、政治家であったので、必ずしも、明るくはない作品の背景が分かる。
   ダンテが、所属する白党が敗北して黒党に追放されて、各都市を無為かつ孤独に流浪していた浪々の時期1307年頃に、この『神曲』の執筆を始めたと言う。
   正に、理想の帝政理念の実現が不可能となり、黒党支配の政局への憤懣やるかたない思いと、腐敗したフィレンツェへの痛罵に加えて、熱愛し続けた淑女ベアトリーチェに対する神格化とも言うべき崇敬と賛美とが爆発して、「三位一体」の神学までもが込められていると言う古典文学の最高傑作、ルネサンスの先蹤となる作品が生まれ出たと言うことであろう。
   最後の天国篇を書き始めたのは1316年頃で、『神曲』が完成したのは死の直前1321年だと言うから、ダンテ自身の波乱に満ちた人生と精神的成長の過程を色濃く著わした詩篇と言えるであろう。

   さて、地獄篇を読み始めて、最初に念頭を横切ったのは、これまで、欧米の美術館や博物館で見たダンテの「神曲」をテーマ、それも、地獄篇をテーマにした色々な絵画である。
   能と同じで、詩篇を読んでいても、イメージを膨らませて想像逞しくしないと、中々、その情景なりシーンが理解し辛いのだが、
   幸い、ロンドン、パリ、ローマ、ベルリン、ニューヨーク等々でダンテの絵画を見ていて、その時には、興味もなくて無関心であったのだが、不思議なもので、この「神曲」を読んで、地獄めぐりをしていると、一気に思い出してイメージが湧いてくるのである。

   この「地獄篇」については、あっちこっちで、論じられているので、「神曲」を読み始めたばかりの私には、論評やレビューなどは、僭越なので避けることとし、単純な感想だけ述べてみたい。
   
   この詩篇では、主人公であるダンテが、ベアトリーチェの願いを受けた詩人ウェルギリウスに案内されて、地獄見学に、地獄の門をくぐって地獄の底に舞い降りて行く。
   ダンテは、死後地獄攻めに苦しむ阿鼻叫喚の罪人たちを、観察し会話を交わしたりしながら、夫々の罪状によって区分けされた圏谷を遍歴して行くのだが、その間、色々な複雑怪奇な地獄絵が展開されていて、その凄さと残酷さが興味深い。

   さて、同じように、日本の地獄についても、博物館や古社寺などに残っている地獄絵のイメージが強烈で、それに、その他の媒体やメディアで得た情報を複合して自分自身の地獄像を描いているのだが、結構、東西の地獄図が、よく似ているのに驚いている。
   面白いのは、上方落語の「地獄八景亡者戯」、そして、江戸落語の「地獄めぐり」の噺で、日本の場合には、地獄の入り口に陣取って死者を裁く閻魔大王が活躍することで、非常に面白い。
   西欧には地獄門はあるが、裁き手は、あのシステナ礼拝堂の最後の審判ということであろうか。
   3回ほど見ているが、あのミケランジェロの壁画の迫力は圧倒的である。

   さて、このダンテの「神曲」を読んでいると、歴史上の偉人と雖も、殆ど罪人で、この地獄篇の地獄の住人であるのが面白い。
   まず、第一圏 辺獄では、キリストの洗礼を受けなかった者が、呵責はないものの地獄送りと言うことで、あのソクラテスやプラトン、アリストテレス、それに、ホメロスなど名だたるギリシャの賢人が、地獄の住人なのである。
   こんな調子であるから、アレクサンドロス大王は勿論、ギリシャやローマの皇帝をはじめ偉人の大半は地獄送りで、悪鬼の責め苦に呻吟しており、とにかく、ダンテにかかったら、地獄送りを免れることは杞憂に近い。
   ダンテの知人や友人もおれば、時空を超えて、亡者となった有名人が蠢いていると言うこの地獄絵が現実だとすると、死後の世界の方が恐ろしくなるのだが、逆に、誠実に平安を願って一所懸命に生きて行けば、幸せな天国が待っている、と言うことであろう。

   愛欲者の地獄 - 貪欲者の地獄 - 憤怒者の地獄 異端者の地獄 暴力者の地獄
   悪意者の地獄では、女衒 - 阿諛者‐沽聖者 - 魔術師 - 汚職者 - 偽善者- 盗賊 -謀略者 -離間者 - 詐欺師  と、次々と場面展開が繰り広げられて、
   最悪は、裏切者の地獄で、肉親、祖国、客人、主人に対する裏切りである。
   と言うことなのだが、その多彩さと地獄への罪状の凄まじさは、当時の世相なのか、ダンテの独善と偏見なのか、非常に興味深い。

   この地獄篇だけ見ていても、当時の自然科学における天文学、測量学などの知見のみならず、聖書の伝説、ギリシャ神話やローマ神話の神々など当時の学問知識をすべて糾合した感じで、中世における百科全書的書物とも言うべき位置づけで、正に、古典的幻想文学の最高傑作と言われるのも当然であろう。
   とにかく、並の小説とはけた違いの知的満足度の高い本である。
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