熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ケント・E・カルダー著「日米同盟の静かな危機」

2008年12月20日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   先日の「米新政権と日米同盟の課題」シンポジウムにおいては、アメリカの親日エキスパートたちの見解では、大方、日米の関係は深刻な問題はなく、かなりうまく行っていると言う感じであった。
   しかし、ハムレ氏が、日米関係を「老夫婦」に喩えて、長い付き合いで信頼関係はあるが、エキサイティングではなく、レストランで食事していても、殆どお互いに会話をしないパートナーのようなものだと言った。
   これに、キャンベル氏が、子供たちがレストランで走り回って、なだめすかすのに困っている家族のようでもあると付け加えた。

   かなり適切な喩えだと思われるのだが、これらの見解とはややニュアンスが違って、ジョンズ・ホプキンス大学のカルダー教授は、中国や韓国がワシントンで存在感を増し、日本とアメリカが北太平洋で唯一の関係でなくなった今日、日米同盟が直面する危機は、軍事、政治の両面で深まる一方だと説く。
   同盟を維持して行くためには、政治、経済、文化の諸相の基盤が常に必要であり、日米両国に同盟が課す戦略的、政治的な要請が大きく変容して来ているにも拘わらず、日本国内でも太平洋同盟の関係全体でも、行政面と政治面での基盤の変化に対応できず、日米は、両国の関係を広げる重大な課題にしっかりと応えようとしていないと言うのである。

   この静かに迫り来る危機は、軍事的側面と言うよりむしろ政治と人的ネットワークこそが、太平洋同盟の鍵を握っており、この日米の適切かつ親密なコミュニケーションによる戦略構築の欠如が、問題だとカルダー教授は指摘する。
   ミサイル防衛、シーレーン防衛から朝鮮半島と台湾海峡の安定まで、日米の戦略的利益は共通しているにも拘わらず、日米両国が、この歴史的な変容の時代に、インド洋の海上自衛隊の協力から、在日米軍の駐留経費、普天間基地の移転など、緊急の課題で協力して行く政治的意思を持ち合わせているのかどうかは残念ながら不透明だと慨嘆しているのである。

   先日の日経の「経済教室」で、カルダー教授が、「山積する世界の課題と日本の貢献 国政の混乱大きな不利益」と言う論文を書いているが、この論文のタイトルと中見出しを繋ぐだけで、十分に教授の日本に対する期待と苛立ちが明白となる。
   すなわち、「・米政権交代、日米関係の最重要期に重なる ・目立たない日本のプレゼンス、国益を損ねる ・ドイツ参考に政界改革、国会運営を円滑に」、そして、「積極的関与、今こそ  対米関係、今後20ヵ月カギ」。
   昨日のブログで、ハムレ氏が、オバマ新政権は、既に、中国との戦略的経済対話を行うために、バイデン次期副大統領を指名して準備をしていると言ったと書いたが、国民の支持率20%を割って末期症状の首相が政権にしがみ付いている日本のような国は、悲しいかな、相手にもされていない。

   さて、本稿では、日米のコミュニケーションの欠如、と言うよりも、米国における日本のプレゼンス存在価値が如何に低下して危険状態にあるのかを、人的な交流と経済交流に限って、カルダー教授の見解を基に考えてみたい。

   まず、人的な問題だが、人口動態の変容で、米国における中国人や韓国人などの他のアジア人の人口が急激に伸びて日本人の比率と影響力が非常にダウンしたこと
   これらの在米アジア人たちが本国の安全保障や経済的利益を深めていること。
   日本がワシントンを重視せず、アメリカも無関心だったので、首都ワシントンの日米関係の基盤が静かにではあるが危険なほど消えつつある。ブルッキングス研究所など他の研究機関から常任の日本専門家が消えて行き、日本経済研究所などの組織が閉鎖され、アメリカ各地の研究機関と同様にワシントンの大学で日本関連の講座や日本および日本語を学ぶ学生の割合が激減して行くなど、急速に日本離れが進行している。
   一方、日本からのアメリカへの留学生が急速に減少しており、逆に、中国や韓国など他のアジア人留学生が桁違いに増えて来ている。

   ハイレベルの日米交渉では、文化的や経済的な関係を生み出し沖縄返還に結実した政策ネットワークなど関係機関の消滅、世代交代によるライシャワーやマンスフィールドなど大物知日派の死去。
   日米両国の議員交流、下田会議や三極委員会などのNGOの活動など、トップレベルの交流の質量ともに激減。
   日米議員交流プログラムでは副大統領や首相レベルの参加者で賑わっていたが、現在では、アメリカから訪日する議員は殆ど居なくなっている。
   また、学問研究の趨勢が地域研究から、人脈や情報源など日本に密着した知識を育むことに重きを置かない抽象的な比較研究に向かったので、一級の社会科学者が、日本の国内情勢を継続的に詳しく研究することに真剣に取り組むことがキャリアにプラスにならない等で、日本学の学者・研究者が少なくなっている。
   
   ところで、経済的な交流では、最も深刻なのは、日本が外資を排除に近い形で拒絶していることで(実際にはそうだと思っていないが現実)、外国直接投資はGDPの2.2%、日本への外国直接投資純フローはGDPの0.1%で、ヨーロッパ各国は勿論中国と比較しても桁が一つ違っており、在日アメリカ企業の日本サポートなど望み薄で、日本のワシントンでの政治経済基盤を害している。
   即ち、対日直接投資の少ないねじれた政治経済が日米関係に与える影響、日本の対米投資の停滞などは正に由々しき問題で、お互いの直接投資が停滞している現状では、アメリカは、国内政治の中で、日本と日米同盟の重要性を支持してくれる層を失ってしまうと言うのである。

   もう一つ、アメリカ人にとって解せないのは、BSE問題と米国牛肉輸入禁止問題を、日米が主要な経済問題と考えて2年も解決に費やしたことで、その間、米中は、はるかにレベルの高い重要な問題に活発に取り組んで解決したのだと言う。
   ジャパン・パッシング、日本「バイパス」現象が起こるのは当然だと言う訳だが、
   カルダー教授のこれまで述べた指摘は、まずまず、正しいと思っているので、今回はコメントは止め、ここでペンを置く。
   (蛇足だが、日米安保など害だと言う人の見解とは一線を画していて、私自身は、日米の健全な同盟関係の維持は、日本の国益にとって非常に重要だと思っている。)
コメント
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