最近、自分の物忘れのひどさに我ながらあきれるほどになってしまった。
かつては何よりも記憶力の良さが自慢だった。
まるで歩く電子手帳のような頭脳だった(いささか大袈裟か)。
ところがこの頃はあの電子手帳はどこへ行ったと、いいたくなるような醜態ばかりさらしているのだ。
仕事中にばったりとある人に会った。
何とはなしに話をするが、どこの誰かさんという部分が、自分の記憶からズボッと抜け落ちていた。
「お久しぶりですね、5年くらい前にお会いしたきりですね」
と笑いながらも、だんだん顔がひきつってきた。
頭の中には「この人誰だっけ」という字が一杯に充満しているのだが、記憶の糸はぷっつんと切れたままである。
このことを相手に悟られまいと、和やかに挨拶をかわしながらあせりまくった。
このとき初めて自分の脳味噌に大穴があいたような気がしたのである。
それから脳味噌は大穴だらけで、話している途中で相手の名前が山田さんか田中さんか、ふっとわからなくなることさえある。
相手は自分の名前が忘れ去られているのも知らずに、にこにこしている。
人生80年というのに、あとの20年をこのまま大穴だらけで過ごさなければならないのかと思うと、なんだかがっくりするのだった。