豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。

豊前善三のつれづれ日記

2022年07月26日 23時47分45秒 | 日記

(   Vol  3070  )   安倍晋三氏の襲撃事件から見えてきた 政治家と宗教団体とのもたれあい 政教分離という政治を揺るがすものである

 

政治家と宗教団体とのもたれあい 政治の世界では 当たり前

しかし それは 民主主義という点からみると 疑問

 

有権者は一人一人の 意思に基づいて 選挙の時に 選挙権を行使する

このことが できていない ということを表している

 

団体の意向で 有権者の行動が 支配されている

ということを 示している

 

政治家は 選挙権で当選を果たすために 組織票を当てにする

 

そこで 企業 労働組合 団体 宗教団体

 

組織という体制をなしている団体にすりよる ということが 行われている

 

今回 安倍晋三氏の襲撃事件によって 現閣僚たちの 旧統一教会との関係が明らかになった

薄々 政治家を支援する団体ということが 知られていたが

ここにきて 団体の政治家への影響が 表に出されたのは 注目に値する

 

政治家と金 政治家と権力 その裏には 団体の影がつきまとう

 

特に 自民党の政治家を支えている 宗教団体は 政教分離という立場を 侵しているともいえる

 

政教分離は 保たれていない ということが 露になった 

 

真の民主主義は 実現不可能なのか

 

今 政治家が 団体の力に頼る限り 真の民主主義は 実現できない

 

個人の意思の尊重が 歪められ 選挙権の行使がなされる

 

これは 選挙制度の根幹を揺るがす

 

政教分離 は不可能なのか ということを 問いかけている

 

政教分離ができていない中での 自民党政権の発信する 主義主張には 宗教団体による影響がある と疑いたくなる

 

政治家の行動 すべてを疑う 必要がある

 

 

 

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

豊前善三のつれづれ日記

2022年07月26日 09時11分37秒 | 日記

( Vol   3069  )       鉄道の赤字路線の対応には 視点を変えた思考が必要である 赤字路線も見方を変えたら 価値がある

 

報道では 鉄道の路線によっては 赤字になっている

その路線数 赤字額 が問題外に挙げられていた

 

その対策は どうなのか

 

いままでの考え方は

第三セクター 廃止 バスへの切り替え といったものである

 

いままで廃止された鉄道の路線を振り返ると 貴重な財産を 簡単に歴史の中に閉じ込めてきた

 

これは 未来への財産として どうなのか

 

時代が変われば 

価値のあるものが 価値を失い

価値のないと思われていたものが 価値を見いだす

 

今 時代は ものの価値基準が 大きく変わろうとしている

その中にあって 赤字路線はどうしたた良いのか

 

思考の範囲を 広げたらどうか

 

いままでの常識を越えた発想が 求められるのではないか

 

国 自治体 からの 財政的な支援だけでは 根本的な解決にはならない

 

鉄道は 利用して 価値がある

 

という 着眼からすると いままでのタイオウになる

 

しかし 思考を考えたらどうなのか

 

鉄道は 存在するだけで 価値がある

 

と考えたら どうなるか

 

鉄道を廃止したら 廃止し鉄道路線は 復活はない 廃墟 跡形もなくなる

 

廃墟にせず 地域の遺産 として 考えることもあり なのではないか

 

それを 実現するには 地方財政では実現できない

 

実現するためには 人の力が必要になる

 

対象路線の沿線住民から 遺産存続のために 目的税として 住民から税金として徴収し 存続に当てる

沿線住民だけにとどまらず クラウドファンディングで 遺産としての存続のために運営資金の調達うぃはかる

 

国 自治体の援助も 必要である

 

鉄道は 日本社会にとって 重要である

 

これからの 社会においても 自動車にとって代わることができるくらい 重要になってくる

 

鉄道の価値は ますまし増えてくる

 

過去を振り返ってみれば

 

路面電車 トロリーバス などが 経営という観点から 消えていった

 

いま 消えていった 路面電車 トロリーバスが 存在していたら どうなのか

 

いまや 最先端の 乗り物 交通機関 として 花形になっていたにではないか

 

エネルギー問題 も踏まえて あかじ路線役割を 見直してみてはどうか

 

「金」  これは大事である

 

しかし それ以上に大事である と考えることも大事なのではないか

 

単純に バッサリと切り捨てることは簡単であるが 

「いかす」という 思考が大事なのではないか

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

豊前善三のつれづれ日記

2022年07月26日 08時45分01秒 | 日記

( Vol  3068  )   発信される情報は 鵜呑みにせず 「疑う」 という姿勢をもつことが必要である

社会は 情報に溢れている

いつの時代も発信する側は 意図があって発信されている

発信する側は どんな姿勢で世の中を捉えようとしているのか

それを嗅ぎとる 力をつける必要がある

 

ウクライナへのロシアの侵略による 戦闘状況についての情報を例に挙げると わかる

 

ロシア側からの 情報の発信 と ウクライナ側からの情報の発信 とでは 相反していることを しばしば目にする

 

ここには 発信する側に 何らかの意図がある

 

この意図を推し量ると 情報が見えてくる

 

身近にいおいても 同じである

 

買い物をして 精算したものを鵜呑みにして 信じていると 棚の値段とレジの値段が 異なっている ということがある

 

支払って 後でレシートの内訳を見たら 違っていた

ということがそうである

 

人は 間違わない ということはない

 

人は 常に冷静な立場で 情報を発信するとは限らない

 

多くが 人をおとしめるために 情報を発信

 

良い意味でも 悪い意味でも である

 

だが 多くは 悪い意味での場合である

 

特に 戦争 という場では 悪い意味での情報が発信される

 

 

いつの時代も 情報は溢れるほど 発信されてきている

 

いかに 情報を疑い 発信者の真意を 掴むかが問われる

 

政治家の発信する情報には 疑いをもつこと

 

権力者の発信する情報には 疑いをもつこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする