Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 394 色々ありました 阪神タイガース編

2015年09月30日 | 1983 年 
3年ぶりにBクラスに落ちて熱狂的な虎ファンの期待を裏切った今季の阪神。しかし低迷するチームから真弓の首位打者、福間の最優秀防御率賞など明るいニュースもあった。


父親譲り…この頃めっきり白くなった髪の毛を撫でながら「苦労が多かった?いやいや白髪は父親譲りでね」とやんわり否定する安藤監督。昭和14年生まれだからまだ44歳にしては少々早過ぎる?やはり人気チームを預かる気苦労のせいなのか。遠方に住む知人がスポーツ紙に載った写真を見て「髪の毛だけ老人病にでも罹ったのか?」と心配の電話をして来たくらいこの1年でめっきり増えたのは間違いない。監督就任2年目、少しでも負けが混むと嫌がらせの電話やゴキブリの死骸入り手紙が自宅に届く。「ロマンスグレーなどと気楽な世界じゃない」とは御尤も。

悲劇?&愛された助っ人…7月を過ぎた頃、スローター選手は球団事務所に呼び出された。応対した岡崎球団代表は開口一番「君を解雇したい。今すぐに」とクビを告げた。スローターが理由を問うと「投手不足が酷く投手の助っ人が必要になった(岡崎代表)」との答えだった。1年契約の途中で解雇だったが給料は全額支払われた。「半年も働かずに1年分の給料を貰った俺はラッキー」と笑顔で帰国の途に就いた。もう一人の助っ人・アレン選手も今季限りで解雇となった。安打すれば「神様のお蔭」、アウトになれば「神様からの試練」と実に熱心なキリスト教徒だった。常にハッスルプレーをするアレンはファンからの支持も多かったがバース選手と途中加入のオルセン投手の2人で外人枠が埋まった事で出番が無くなった。「これも神様のおぼしめし…」と言ったかどうかは定かではない。

丈夫で長持ち…人間なんでも長生きが一番。大洋→ロッテ→日ハム→阪神と4球団を渡り歩いた野村投手が稀有な記録を達成した。全12球団から勝ち星を挙げたのだ。古賀投手(大洋)も野村に次いで同記録を達成したがやはり一番乗りに価値がある。昭和21年8月生まれの37歳のオジサンは今季何度も阪神を救った。「俺はマウンドに上がると歳を忘れるのさ」とサラリと言ってのけるがこの言葉を伊藤や福家に聞かせてやりたい?

怪我は怖い…「無事是名馬」を実践している野村投手。一方、怪我に泣いたのが「チーム一のタフガイ」と言われていた岡田選手だ。7月の広島戦でアイルランド選手が放った打球を捕球した際に右足太腿二頭筋部分断裂の大怪我を負ってしまった。それまでの岡田は17本塁打を放ち順調に本塁打数を伸ばしタイトル奪取も視野に入れていたが水泡に帰した。「今年の本塁打王(山本と大島の36本)は30本台だったでしょ。僕にも充分チャンスがあったのに残念」と悔やむが後の祭り。先ずは怪我を一日も早く治さないと。

小林2世誕生…まさに青天の霹靂。エース・小林投手が電撃的に引退を表明して退団した。突然の出来事にチーム内は大混乱となったが嘆いてばかりいられない。ポスト小林は小林の身近にいた。御子柴投手である。憧れの小林が投球練習を始めると目を皿の様にして凝視し自分の参考にした。結果、小林そっくりの投球フォームになった。「御子柴を見てると昔の自分を思い出しちゃって」と小林本人に言わしめる程。早速マスコミは " 小林2世 " と名付けた。まだまだ細かい制球は本家には及ばないが球威は負けていない。地の底から腕を出すような下手投げで打者の手元で変化する球に「なかなか打ちづらいよ」と掛布も驚く。二軍の勝ち頭で今季最終戦でヤクルト相手にプロ初勝利も得た。「ポスト小林と言うには早いが来季の希望の星だよ」と安藤監督の期待も大きい。
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# 393 色々ありました 横浜大洋ホエールズ編

2015年09月23日 | 1983 年 
シーズン前の「今季は若手中心でいく」の関根監督の構想は早々に崩れたがベテランと2人の新助っ人の活躍で4年ぶりのAクラス入りを果たした。悲願の長嶋氏の監督招聘は成らなかったが弱体と言われた投手陣から遠藤と斎藤明の2人がタイトルを獲得した。懸案の機動力も充実し来季への期待は大きい。


マジナイが効いた?…最多勝・沢村賞・ベストナイン・etc...プロ入り6年目にして初めて華々しい賞にとり囲まれたクジラ軍団のエース・遠藤投手。しかし開幕当初はドン底状態にもがいていた。初めての開幕投手を務めたが巨人打線の打ち込まれてあえなくKO。以降1ヶ月間まったく勝てなかった。加えて足の怪我もあって前半戦は6勝9敗と黒星が先行していた。ところが8月9日の巨人戦での敗戦を最後に負け知らずの12連勝で終わって見れば18勝9敗で最多勝のタイトルを獲得した。負けても負けても「今日の負けが最後」と自分にマジナイのように言い聞かせて気持ちが折れないように奮い立たせた効果か?

派手な事が苦手な男…「派手な事は苦手ですね」と謙虚に話すのは高木豊選手。言葉とは裏腹にやる事は派手だ。5月22日の中日戦で終盤に逆転満塁本塁打を放ったかと思えば6月5日の阪神戦では同点で迎えた9回裏二死満塁の場面で意表を突くセーフティバントを決めサヨナラ勝ちしヒーローに。一方ではヤクルト戦で助っ人のブリッグスと大立ち回りを演じた熱血漢でもある。そんな張り切り振りが関根監督の目に留まり遂に基選手から二塁の定位置を奪った。チームトップの打率.314 に加えて果敢な盗塁も増え今やチームに欠かせぬ核弾頭に成長した。その裏には敵チームのコーチすら呼び止めて助言を求める貪欲さが高木を支えている。

妻のお蔭で大爆発…どこぞのスーパーの宣伝文句ではないがまさに " 安くて良い品 " が売りなのが新助っ人のトレーシー選手。セ・リーグの外人の中で年俸は格安の2千3百万円ながら打率はトップ。守りでも強肩が光り、その活躍は首脳陣の予想を遥かに越えた。しかしキャンプでは今の活躍が想像出来ないほど精彩を欠いていた。理由は本人曰く「ワイフがいないから寂しい」との事。キャンプ中の休日に静岡市内に繰り出した際に日本人形を購入し「ワイフに会えない寂しさをこれを見て紛らわすよ」という程の愛妻家。デボラ夫人が来日してからは元気一杯でオープン戦では三冠王の大活躍。アップするであろう年俸はデボラ夫人の分も込みかも?

汚名返上…今季も巨人キラーは健在だった。8勝を挙げた平松投手だったが半分の4勝はお得意様の巨人からだった。右足内転筋痛で開幕から1ヶ月は二軍暮らし。5月に一軍復帰して19日の巨人戦で今季初勝利を完封で飾った。この勝利まで対巨人6連敗とチーム内に漂っていた巨人アレルギーが払拭されシーズンが終わって見ればセ・リーグで唯一巨人に勝ち越した。" 横浜銀行 " と揶揄された汚名を返上する事が出来たのも平松のお蔭と言える。平松は一時は今季中は難しいと思われた200勝も達成したがその相手も巨人だった。

冬があるから春も来る…それは4月29日の巨人戦だった。守護神・斎藤明投手はマウンド上で項垂れながらダイアモンドを飛び跳ねながら駆け抜ける男を虚ろな目で眺めていた。厳しい場面での登板が多いだけに打たれる事も無くはない。しかしこの時に打たれた相手は同じ抑え役の角投手だった。前半戦まではセ・リーグを代表する2人の守護神の対決はこの本塁打が示す通り角に軍配が上がっていた。しかし夏場に角が故障でリタイアすると斎藤の独壇場となり10勝8敗22Sで最多セーブ王のタイトルを獲得した。ただし心残りがある。「昨年にセーブ記録を作ったのに、あっさり江夏さんに抜かれちゃったから…」こんな言葉が出るのも球界を代表する抑え投手に成長した証である。
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# 392 色々ありました 広島東洋カープ編

2015年09月16日 | 1983 年 
スタートはドン尻。中盤過ぎから先頭に立ってラストスパート…とくれば三冠を賭けたミスターシービーの菊花賞。広島は途中まで同じようなレース展開だったが最後のラストスパートで失速してしまい巨人の後塵を拝した今季のペナントレースだった。


塩の使用料は6kg…ホームゲームの際、広島ベンチ前は盛り塩で真っ白だ。更にロッカールームやベンチ入口に至るまで塩が盛ってある。いわゆる " 清めの塩 " だが何時頃から始まったかは定かではない。1日最低100g は撒くので年間使用量は6kg を優に超える。実はこの塩は一般家庭用ではなく大相撲の土俵で使われている代物で仕入れ値は30kg入りで1730円也と意外と安い。しかし効果の程は余りなく今季は故障者が続出した。加藤は急性肝炎、津田は右肩痛、高橋慶と山崎はヒザ痛、山本浩は背筋を痛め連続試合出場の記録が途絶えた。衣笠は連続試合出場の記録こそ続いてはいるが左手親指の骨折で打率が急降下し悲願の3割を逃してしまった。これでは来季は何をすれば良いものか、と球団も頭を悩ませている。

押し出しの大安売り…開幕直後の投手陣は大乱調だった。制球難で四球のオンパレードで押し出しで易々と点を献上していた。先陣を切ったのが川口投手。開幕2戦目に先発し初回は三者凡退に退けたが2回表に早々に崩れた。掛布、岡田、藤田、真弓に連続四球。一死を取るも押し出しで失点すると早くも交代。しかし継投した白武投手も更に押し出し。4月24日の大洋戦では古沢投手が3四球で満塁にすると白武に交代。ここでも白武は2連続押し出し。開幕10試合で押し出しが5回、内訳は白武が「3」、川口と大野がそれぞれ「1」。ただ出番がいずれも満塁の場面だった白武は気の毒で新人には厳し過ぎた。

奇人・アイルランド…アイルランドのハッスルプレーはファンに大好評だった。アンダーシャツは着ずユニフォームだけなのは「試合になると燃えて熱くなるから」とは憎い。それが熱くなり過ぎて二度の退場処分を受けたのはご愛嬌。頭に血が昇り易く周囲が見えなくなるタイプかと言うとそうではない。実は三度も隠し球をやっている。ご承知の通り隠し球は相手の様子を冷静に見極めないと簡単に見破られてしまう。アイルランドの隠し球は少々違う。普通は球をグローブの中に隠すのだがアイルランドはユニフォームの袖の中に隠すのだ。ご丁寧にわざとグローブをヒラヒラさせて相手を油断させる。この奇想天外な隠し球に面白いように引っかかり、三度試みて全て成功し百発百中だった。

珍記録…ウエスタンリーグで高橋俊投手が面白い事をやった。21球連続ボール球なし、だ。先発して先頭打者をストレートの四球で歩かせると次打者から9人に対して1球もボール球を投げなかった。ただ22球目がボールになると次の球を本塁打された。阿南二軍監督は「調子に乗り過ぎ」とオカンムリだった。またしても3割の壁に泣いたのは衣笠。2千本安打以上打ちながら3割をクリアしていないのは柴田(巨人)と2人だけ。三村はとうとう150本塁打にリーチを掛けながら達成出来ずに引退する事となった。今季で足かけ3年に渡り挑んだがあと1本が打てなかった。
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# 391 色々ありました 読売ジャイアンツ編

2015年09月09日 | 1983 年 
日本一奪回は成らなかったが2年ぶりのリーグ制覇を果たした。松本のセ・リーグ新記録となる盗塁王や原の100打点突破など記録も生まれたが、その陰には様々な喜びや苦しみがあった。


熱投の原因は霊感少女?…頑張り屋の西本投手。とにかく今季はセ・リーグで只一人、1000人を超える打者と対戦した。また投球回数も 239回 1/3 イニングで1位だった。「丈夫なのが僕の取り柄。行けと言われれば何時でも投げるつもりでいる」とケロリ。そんな西本が唯ひたすら無心で投げ続けられる原因の一つに「ある女性」の存在がある。別にスキャンダラスな関係ではなく広島在住の小学4年生の少女である。知人の紹介で会ったのだが、この少女は西本が登板する試合の勝敗をピタリと当てるのだ。「怖いくらい当たるんだ。だからどんなに打ち込まれた試合でも彼女が勝つと予言した日は投げやりにならず丁寧に投球したんだ(西本)」と。いつの世も栄光の陰に女あり、である。

盗塁王は既製品愛好家…残念ながら打率3割には届かなかったがリーグ新記録の76盗塁は立派の一語に尽きる今季の松本選手。「来季は100盗塁を目指したい」と話す松本のユニフォームは上下が繋がっている特注品のツナギ型なのは有名な話だが、それ以外の用具には全く無頓着である。1㌘でも軽いスパイクを求めて改良を繰り返す福本(阪急)とは対照的に「サイズさえ合えば何でもいい(松本)」と。提携する用具メーカーの担当者も「何も要望がなく拍子抜けしちゃいます」と話す。既製品のスパイクで記録を塗り替えた韋駄天男が来季どこまで盗塁数を増やすか注目だ。

3年連続の3割達成も・・…名実ともに巨人の主力打者になった篠塚。「彼の打撃には細かい注文をつける事はもう無い」と王新監督に言わしめる程だ。しかしそんな篠塚にも弱点はある。「シノが1年を通じてフル出場出来るようになったら大変な選手になるんだが」と末次コーチが言うように体力不足克服が入団以来の懸念材料。そもそも銚子商の頃から打撃センスは折り紙つきだったが他球団が獲得に二の足を踏んだのも高校時代に患った肋膜炎の再発を懸念した為だ。徐々に体力は付いてきたが今季も115試合出場に留まるなど克服は出来ていない。契約更改でもその点をつかれ大幅アップとはいかなかった。常時出場が叶った時こそ大打者・篠塚の誕生である。

親子鷹でMVPだ…王新監督をして「こんな効率の良い成績の上げ方をする選手は珍しい」と唸らせた原選手。何の効率かと言うと昇給の事。年俸を嫌でも上げざるを得ないような成績の残し方だ。1年目より2年目、2年目より3年目と巨人の厳しい査定をもってしてもアップは確実だ。しかも今季は打点王のタイトルも獲得し大幅アップも夢ではない。原がプロで順調に成長している秘訣は父親・貢さんとの常日頃の対話にある。原がナイターで遅く帰って一人で食事を摂る時にも相手をしながら野球談議を欠かさない。交わした会話の中からヒントを幾つも貰ったと原自身が話している。「後楽園MVP」の賞金100万円の使い途を問われると間髪いれず「両親にプレゼントします」と即答したのも頷ける。

打率の次は全試合出場…「俺も捨てたもんじゃない」とニコニコ顔のオフを迎えた山倉選手。昨季の限りなく身長に近い打率から今季は打率.254 と6分も上げた。もともと素質が無かった訳ではないのだから当り前かもしれないが一念発起した理由が山倉らしい。一昨年オフの契約更改の席で「リードを先ず良くしろ」と言われて頑張ったけど今度は「打撃が物足りない」と言われて昨年の更改で大してアップしなかった。山倉は「それが悔しくて…じゃ打ってやろうじゃないか」と奮起したそうで意気揚々と今年の契約更改に臨んだら「出場試合が少ない(115試合)」と言われてそれなりのアップに涙を飲んでサインした。「面白いじゃないか、やってやるよ。来季は全試合出場して文句は言わせね~よ」と。意外と熱い男なのである。
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# 390 色々ありました ロッテオリオンズ編

2015年09月02日 | 1983 年 
球団史上初の最下位。しかも43勝76敗11分で勝率 .361 のダントツのビリ。明るい話題と言えば落合の3年連続首位打者くらいだ。


石の上にも3年ならず… " 石の上 " で3年頑張ってみたものの我慢は続かず愛甲投手は遂にそこから飛び降りてしまった。今季終了と同時に投手に見切りをつけて野手転向に踏み切った。愛甲にとって今季は投手生命を賭けた大事なシーズンだった。キャンプ中から左打者専用のワンポイントに活路を見い出そうと必死に練習に励んだ。開幕当初は練習の成果もあり好調を維持し5月1日の日ハム戦では二死一・二塁で打者ソレイタの場面に登板し見事三振に仕留めたのを皮切りに5試合連続でピンチを絶ち存在をアピール出来た。しかし直球とカーブだけと球種が少ない上に制球も乱す事がままあり、後半戦に入ると打ち込まれるケースが増えた。結局3年間で1勝も挙げられず投手を諦めた。

それでも夢は捨てず…昨季史上最年少で三冠王に輝き年俸5千4百万円を勝ち取った時の会見で「次は4割を打って年俸1億円だ」と豪語したが今季は終わってみたら冷や汗タラタラの首位打者の1冠のみで打率は3割3分2厘。それでも凡人と比べたら大したもんだが落合にしてはもの足りないのも事実。キャンプ中は苦手の内角打ちの練習に明け暮れているうちに、何時しか得意の外角打ちが影を潜めてしまった。過去3年で最悪の開幕スタートとなり6月になっても2割7分台をウロチョロする始末で4割どころか3年連続首位打者さえ危うかったが最終的には121試合目でトップに立ち逃げ切った。それでも落合は「4割は永遠の夢。4割を狙うと宣言して誰に迷惑がかかる訳じゃなし、俺は言い続けるよ」と来季も挑戦は続く。

火消し転じて油を投入…英語に「痩せ馬の先走り」の格言が有るかは知らないが鳴り物入りで入団した新助っ人・シャーリー投手はまさに格言通り持てる力の99%を球宴前に使い果たしてしまったようだ。150㌔の速球にカーブ、スクリューボール、フォークボールが武器で打者を捻じ伏せるとの前評判通り4月12日の南海戦で初セーブを挙げて以降、7月7日までに3勝1敗10Sと文句なしの活躍だった。ところが7月10日の阪急戦で救援に失敗すると、後は出れば打たれるの繰り返しで火消しならぬ火付け役になってしまった。各チームは対戦が一回りすると制球に難がある事を見抜き、早打ちせず持久戦に持ち込まれたシャーリーが自滅を繰り返したのだ。敵将の広岡監督に「シャーリーが出れば勝てる」とまで言われる始末だった。

落馬したダークホース…「終わり良ければ全て良し」の諺が当てにならない事を体験したのが中居投手。4月23日、プロ4年目にして日ハム戦で初先発した。本人も首脳陣も3回持てば御の字と思って試合に挑んだがあれよあれよと言う間に1失点で完投してしまった。プロ入り初登板・初先発・初勝利・初完投のおまけ付きの快挙だった。一躍新人王レースのダークホースと持て囃されたが5月7日の西武戦の初回に、山崎・スティーブ・田淵・テリーに4者連続本塁打を喫しKOされると坂道を転げ落ちていき、とどめは8月31日の阪急戦で松永に逆転満塁サヨナラ本塁打を喰らい7連敗。10月21日の今季最終登板で2勝目を挙げたが「最初と最後で勝っただけのシーズンでした…」

火縄銃…誰が呼んだか火縄銃。実は井上選手自身が自虐的にそう自分に命名したのだ。開幕から別人のように打ちまくり5月中旬までフル出場し打率は4割を越えていた。ところが化けの皮が剥がれたのか梅雨に入る頃から打棒は鳴りを潜め打率も下がり続けて最終的には2割2分といつもの井上らしい成績に落ち着いた。「梅雨どきに湿ってからは導火線に火が点きにくくなってね」と力なく笑う井上だった。
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