納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています
プロ野球に身を投じた今年のルーキーで一番の人気者は酒井。その他の選手は存在すら霞がちだが、梶間健一投手は実力でローテーション投手として序盤から活躍を見せる。やはり25歳のルーキーは18歳のサッシーに比べ伊達に年は喰っていなかった。
見事なデビュー
4月10日、静岡・草薙球場での大洋戦で梶間が見事なデビューを飾った。先発した会田投手が2回・3失点で降板した後から登板し6回までの4イニングを被安打2。だがいずれも後続を併殺で切り抜け打者12人で無失点に抑えた。衝撃のデビューに喜びもさぞ大きかろうと思ったが「緊張した?いえ別に。ただプロの打者相手に気は抜けませんでしたけど」と集まった報道陣を前に涼しい顔の梶間。対照的に首脳陣の喜びようは「期待通りの投球をしてくれた。これからも安心して使える」と滅多なことでは選手を褒めない広岡監督も笑顔に。堀内投手コーチは「さすがに世界を相手にしていただけのことはある」と頬は緩みっ放しだった。
世界を相手にしたとは、また大袈裟な表現をするもんだとお思いだろうが、梶間の球歴を見ればなるほどと納得する筈だ。梶間は昨年のドラフト会議後に南米コロンビアで開催された世界選手権にノンプロの日本代表として参加し、キューバ相手に2失点完投の快投を見せた。キューバはアマチュア野球の王者でその実力は大リーグと3Aチームの中間に相当すると言われている。その時すでにヤクルトがドラフト2位指名しており、本人以上にヤクルト関係者の喜び様は凄かった。イの一番くじを引き当てて酒井を1位指名したが某スカウトが「本当に欲しいのは梶間なんだ」と声をひそめて呟いたエピソードは意外と知られていない。
初登板の懸賞を出すほどサッシー人気に便乗しているヤクルトだが、2位指名の梶間に関しては " 安田2世 " のニックネームを付けることくらいしかPRをしていない。しかしこうした待遇の違いにも梶間は「酒井君は僕から見ても素晴らしい素質の投手です。でもあれだけ周りで騒がれると野球に集中できず気の毒ですね。注目するのは分かるけどもう少しソッとしてあげた方がいいと思います。酒井君に注目が集まる分、僕は周りの目を気にせず気楽にやれるのでありがたいですけど」と大人の対応を見せた。
30歳まで野球をやる
茨城県の鉾田一高から日本鋼管に入社しても梶間は全くの無名選手だった。それが日本鋼管在籍6年目の昨年に都市対抗戦で優勝投手になるや突如としてプロのスカウトから注目されるようになった。ただし梶間のプロ入りには大きな障害が立ちはだかっていた。梶間の実家は鹿島郡旭村の農家で両親と妹さんとの4人家族。父親の寿男さんから「早く実家に帰って家業を継いでほしい」と懇願されていた。両親は梶間が日本鋼管に入社するのでさえ渋っていたのに今度はプロ野球へ転進することに猛反対。「父ちゃん、30歳まで野球をやらせてくれよ。通用しなかったらすぐに帰ってくるから」と説得し、両親もプロ入りを認めた。
ドラフト会議後にコロンビアの世界選手権に出場する為に日本を離れていたこともあって、プロ入りに反対する両親の説得に時間を要した為に梶間の入団発表は他の新入団選手とは別に1月下旬にひっそりと行われた。長崎と東京で二度も派手な御披露目を催した酒井とは雲泥の差だった。しかしピッチングに関しては酒井を寄せつけない。 " 安田2世 " が誇張ではないほどに制球力、変幻な投法は間違いなく即戦力だ。「僕の球威では続けて同じ所へ投げ込めないですよ」と謙遜するが、打者の弱点を見抜いたら手を変え品を変えて徹底してピンポイントで弱点を突く粘り強い投法は安田以上だ。
開幕ダッシュを目指す首脳陣は前半戦が勝負と考えて松岡、安田ら主力投手に奮起を厳命しているが、梶間に対しても「いいか、お前と小林は130試合全てベンチ入りさせるからな」と告げている。セ・リーグの投手で全130試合登録は一昨年の安仁屋(阪神)、昨年の渡辺(広島)、鈴木(ヤクルト)くらいのもの。首脳陣は梶間に先発・救援の大車輪の奮闘を期待している。そんな現状に周囲は「ひょっとするとアイツ新人王を獲るかもな」と囁いている。地味な性格で地味な役回りが多かった男が初優勝を狙うヤクルトに不可欠な投手として躍り出た。人気先行の酒井を尻目に昭和47年の安田投手以来5年ぶりにヤクルトから新人王が輩出されるかもしれない。
王か田淵と決まっていたセ・リーグのホームランダービーに大異変が起きている。突然飛び出してきたダークホースは " オバQ " こと大洋・田代富雄。とにかく当たれば入る凄いヤツ。西の掛布に次ぐ愉しくも新しいヒーローの出現である。
天性のホームラン打者のセンス
王か田淵と相場が決まっていたセ・リーグのホームランダービーに異変が起きている。突然飛び出してきたダークホースは " オバQ " こと大洋の田代富雄。とにかく当たればホームランの凄いヤツ。楽しく愉快な新しいヒーローの出現である。開幕早々の5試合連続アーチは見事だった。出会い頭の一発とかマグレ当たりなら1~2発はあるだろうが、こうも続けばもはやフロックではない。広島との開幕戦で榎本からバックスクリーンに放ったのを皮切りに巨人戦で新浦・小林・堀内から3連発、5本目はヤクルトの松岡から放つなどセ・リーグを代表する投手から打っただけに価値は高い。
「あんまり騒ぎ立てないでください。緊張してしまいますから」と田代は純情にも顔を赤める。だが別当監督は「田代の素質は王や田淵に匹敵する。天性のホームラン打者のセンスを持っている」と断言する。昨年オフに5年ぶりに大洋の監督に復帰した別当監督は中部オーナー(故人)の熱心な就任要請もさることながら有望な若手の育成をしたいという気持ちも監督を引き受けた理由の一つだった。早速、秋季練習で別当監督の目に留まったのが田代だった。183㌢・80㌔の堂々とした体格に別当監督は「ホームラン王になれる素材。コイツを育てられなかったら俺の責任」とまで言い切るほど惚れ込んだ。
" 監督生命 " を賭けたマンツーマン指導が始まったのは秋風から木枯らしに変わった頃の多摩川グラウンドだった。「腰で打つんだ」「脇が甘い」「バットのヘッドを出すのを少し遅らせろ」と絶え間なく叱咤が飛んだ。春のキャンプでもそれは変わらず、否それ以上だった。他の選手がフリーバッティングしていたのを押しのけて田代に打たせて、周囲に「これじゃ田代の為のキャンプだ」と言われるほどだった。全体練習の後に毎日1時間の特打ち。夕食後は別当監督の部屋で素振りを繰り返した。打者の育成にかけては定評のある別当監督。大毎時代には葛城、近鉄時代には土井などを一流打者に育て上げた。
大洋の松原も別当監督の門下生と言える。7~8年前にみっちり仕込まれて、今ではオールスター戦の常連となった松原は「僕も田代みたいに徹底的に打つ練習を繰り返し反復させられた。技術もさることながら、何だか監督の執念が乗り移る感覚でしたね」と懐かしむ。元々田代のパンチ力に関しては誰もが認めていた。多摩川グラウンドの左翼フェンスまでは93㍍あり、その約10㍍後方に雨天練習場がある。田代の打球はその雨天練習場の屋根に当たることも珍しくなかった。およそ140㍍。現在の大洋でそこまで飛ばせる選手はいない。「俺が知る限りかつてのディック・スチュアートくらいかな」と近藤昭コーチは言う。
昭和35年に日本一となった頃の大洋打線は " メガトン打線 " と呼ばれていた。黒木、スチュアート、桑田などなど誰もが大物打ちだった。そんな長距離砲揃いの時代でも田代クラスの飛ばし屋はいなかった。だから山下が顔をしかめて「アイツ(田代)の打球を見せられると自分の非力さが情けなく嫌になる。本当に同じ球を打っているのかと疑ってしまうよ。アイツだけ違う飛ぶゴムボールでも打っているんじゃないかと。それくらいアイツの打球は桁違い」と嘆くのも無理はない。
" アジのひらき " 返上したオバQ
田代は別当監督が成績不振を理由にシーズン途中で監督を辞任し退団した昭和47年のドラフト会議で3位指名されて大洋に入団した。甲子園出場の経験はないが高校時代(藤沢商)から一部のスカウトに評価を受けていた。「一部」に限定されたのには理由がある。高校3年最後の県予選、藤沢商は準々決勝で敗退してしまった。その試合で田代は快打連発の活躍を見せたがその場に居合わせたのは大洋のスカウトだけだった。試合終盤に駆けつけた巨人のスカウトは田代の快打を見逃してしまった。その為、巨人はスカウト会議で田代をリストアップしなかった。もしも巨人のスカウトが試合開始から見ていたら状況は変わっていたのかもしれない。
田代が野球に興味を抱いたのは酒匂川小5年生の時。初めは投手、中学校進学後も投手で四番。内野手に転向したのは藤沢商に入学して半年ほど経ってからだ。長身の割に動きがシャープな田代を見て金子監督が当初は一塁手か外野手の予定だったが、「抜群の野球センスの持ち主で将来プロへ行ける素材。だったら大型内野手に育てよう(金子監督)」と三塁コンバートを決断した。大洋入りの契約金は800万円。引地二軍監督は当時の思い出を話す。「打つ方は確かに非凡なモノを持っていたが守りはまるっきしダメ。真正面のゴロでもオタオタするくらい下手くそだった。先ずは打つ方を伸ばそうと決めた」と。
一昨年に二軍で打率・打点の二冠を手にしたが同じポジションにボイヤーという名手がいた為に一軍デビューは昨年まで見送られた。期待された打撃もツボにくれば長打を放つが変化球にはついていけず、89試合・135打席で8本塁打とまだまだ粗削りだった。そんな振り回すだけの扇風機が開眼したのは「グリップの位置を少し下げてヒザでタイミングを取れ」という別当監督からのアドバイスのお蔭だった。オバQの他にアジのひらきと呼ばれることがあるが、それはちょっとタイミングを外されるとたちまち体が開いてしまう悪癖に由来している。そんな欠点も別当監督の助言で矯正されたのだ。
大洋本社も元気づけた人気者
素顔の田代は控え目で大人しい。報道陣との応対もはにかみながら聞き取りにくいくらい小声でボソボソと話す。「いまどき珍しい好青年だよ」と松原は田代を弟のように可愛がっている。年俸は330万円(推定)で一軍最低保障ギリギリ。月額27万円は王や田淵の1/20 以下の安月給ながらホームランダービーでその王や田淵に真っ向勝負を挑んでいるのだから天晴れである。しかも安月給の内から母親・キンさんに毎月10万円を仕送りしている孝行息子。今も日立小田原工場の食堂で働く母親を助ける心優しい息子でもある。「親父が生きているうちにユニフォーム姿を見せたかった。今こうして頑張っている姿をお袋が親父の墓前で報告してくれているはず」と。
ポスト王・田淵の担い手として彗星の如く現れた田代は球団関係者だけでなく本社の大洋漁業までも活気づけている。本社社長であり球団オーナーだった中部謙吉氏の急死、国際捕鯨会議での頭数制限、専管水域200カイリ、難航する日ソ漁業協定など暗い話題が続く大洋漁業。そんな時にグループの中でも " お荷物 " と揶揄されていた大洋ホエールズから降ってわいた明るいニュースに本社社員の表情にも変化が。「田代に負けるな」が社内での合言葉になっているそうだ。田代はどんなに打ちまくった夜でも就寝前の素振りは欠かさない。「今はまだ勢いだけで突っ走っているが、そのうち貫禄が出てくるよ」と別当監督は細い目を更に細める。
阪急の呼び声がひときわ高い中で密かに牙を磨いていた南海がパ・リーグの優勝戦線に躍り出た。意欲的なトレードで補強を計り若手の成長が実を結んだわけだが、チーム力上昇の秘密と優勝への計算を聞いてみた。
事あるごとに阪急を意識させた
森 …えらく調子がいいですね
野 村…うん、まぁ初っ端の阪急戦を上手く切り抜けたからね。キャンプの頃から最初の阪急戦が第一関門だ、と選手にも
自分にも意識させていた。とにかく打倒阪急が今年のテーマやからね。
森 …やはりパ・リーグは阪急が頭ひとつ抜けてる感じですか?
野 村…総合力からいって阪急が一番だろうね。今シーズンを占う意味でも阪急戦で五分以上の戦いが出来たのは大きい。
森 …キャンプから打倒阪急に絞ったというのはどういう事ですか?
野 村…選手らに阪急を意識するなと言っても無理だわな。だったら逆に大いに意識させようと考えたわけ。シーズン前の
激励会などの席上で敢えて阪急の名前を挙げて挨拶をしたりね。ミーティングでも仮想敵に阪急の選手を想定したり、
イヤというほど阪急を意識させた。
森 …イヤというほどね(笑)
野 村…セ・リーグ相手のオープン戦でもアンダースローの投手が出てきたら、山田だ足立だと思わせたりね。
森 …そうした試みは初めてですか?
野 村…そうやね。こんなに阪急・阪急と連呼したのは初めて。でもこれだけ意識させて負けたら逆に阪急コンプレックスが
大きくなってしまう危険もあったから賭けだったよね。
森 …今年はオープン戦から勝負にこだわっていましたね
野 村…今まで23年やってきてオープン戦は調整の場で結果が悪くてもシーズンが開幕したら元に戻ると安易に考えていた。
でもそれが間違いだと今更ながら気づいた。確かにオープン戦は調整の場だけれど、やはり勝利を前提に試合に臨んで
こそ良い調整だと言えると思う。そうじゃないとチーム状況も選手個人の状態も把握できない。若手は勿論のこと、
ベテラン選手にもオープン戦で試されているという気持ちでやってくれと伝えたよ。
森 …外部から見ても南海はバランスの取れたチームになったと感じます。
野 村…そう思ってもらえるとありがたい。僕が監督になって8年目だけど今年が一番安定しているね。
森 …思い描いた理想のチームになりましたか?
野 村…だいぶ近づいたね。投打に軸になる選手ができた。投手陣は山内や佐藤が安定感を増して練習でも牽引してくれている。
野手陣は門田と藤原が主軸で、そこに新井・柏原・定岡・河埜ら若手が台頭してきた。加えて新外人のホプキンスと
ピアースも順調で攻撃力もアップした。
杉浦タイプの金城の加入
森 …もう一人忘れていませんか?
野 村…あっ、金城ね。彼の加入は大きいよ。先発も抑えも両方できる。江夏の出来次第で金城の起用も変わってくる。
森 …実際に起用してみて金城投手はどうですか?
野 村…うん、いい投手だね。実は余り期待度は高くなかった。かつての20勝投手だし力があるのは分かっていたけど
昨年は相当酷使されたから反動というか疲れが残っていると思っていた。でも杞憂だった。ただしアンダースロー
投手は上手投げ投手より体にかかる負担が大きいから連投は厳しい。今年は充分に休ませて本人が投げたいと
言っても強制的に間隔を空けて起用しようと考えている。
森 …その点ではノムさんはこれ迄に杉浦投手や皆川投手など同じタイプのアンダースロー投手と接してきたから
金城の生かし方も分かっているのでは?
野 村…金城はタイプ的には杉浦型かな。皆川とは球質・球道が異なるからね。
森 …金城の球質はどうですか?
野 村…打者の手元に来てフッと浮き上がる感じも杉浦と似ているね。
森 …同じ移籍組のホプキンスはいかがですか?少し調整が遅れ気味ですけど。
野 村…そうねぇ、少し遅れているというか体が太めだね。本調子になるのは5月くらいかな。
森 …ただ広島での実績もあるし心配していない?
野 村…そうだね。外人さんは来日してみないと判断できないけどホプキンスに関しては心配していない。
森 …そうした意味では南海の補強は大成功でしたね。
野 村…確かなのは昨年と比べて戦力は格段にアップした。試合が始まる前から精神的に優位に立てるのはありがたい。
森 …相手が勝手に意識しますからね。今迄なら強気で攻めてきた相手投手が変に逃げ腰になったりね。
野 村…そうそう。この前の阪急戦でも昨年までなら南海打線を楽に抑えられると見ていた阪急の投手が慎重になっていた。
今年の南海は手強いぞ、と心理面の微妙な変化が投球に影響を与えると思うんです。
森 …残すは江夏の復調ですね?江夏が本調子だったら阪急戦は3連勝できましたからね。
野 村…うん。全盛期の頃とは言わないけれど、七分くらいの状態に戻れば充分勝てる。昨年も何度か全盛期に近い投球を
見せましたからね。期待しています。
サインは盗まれている前提でやる
森 …話は変わりますが、今年からセ・リーグでスパイ禁止の通達が出されました。スパイ行為に関してどう思われますか?
野 村…キャッチャーのサインを覗くやつね。あれは本当に止めなきゃいけないね。試合が無駄に長くなるもの。
森 …実際に効果が有るのか無いのかというのもありますけど。
野 村…それは有るからやるんだよ(笑)。西宮球場に行ったら分かりますよ。確証は無いけど分かります(笑)
覗かれている前提で野球をしなくちゃならない。対打者だけでなくスコアボードとの戦いでもあるんです(笑)
森 …相変わらずスパイ行為は続いていますか?
野 村…いえ、最近はやっていない球団の方が多いですね。サインを覗いても複雑になっているし、解読に手間がかかって
諦めた感じですかね。根気よく続けているのは阪急くらいでしょうね。ただし毎球ではなく勝負どころに絞っている
感じがします。
森 …もう一つ別の戦いにも勝たなくてはならないという事ですね
野 村…対戦相手だけに集中できないから負担が増える。その為にサインが複雑になって、相手も解読するのに時間を要して
結果として試合時間が長くなる。スピーディーでスマートな野球をファンに見せるためにもサイン盗みを禁止にする
のは大賛成だね。単に禁止するだけでなく罰則も厳しくして欲しいね。数ヶ月の出場停止にしないと効果は無いと思う。
森 …監督が全権を握っているのだから、監督が一言「ダメ」と言えばスパイ行為はやらなくなる。
野 村…スパイ禁止はパ・リーグでも議題に上がったことがあるけど、じゃあ誰がどうやってスパイ行為を監視するのかという
話になった。毎試合スコアボードを監視させるのか?
森 …結局は各球団の自粛を期待するしかないでしょうね。
野 村…そう。だから何かしらの罰則を科すとなればスパイ行為をやらなくなると思いますけどね。
森 …本日はありがとうございました。
大物中の大物、ホンモノの大リーガー、と言われた中日のデービス外野手のプレーが今、話題を集めている。さすがに魅せるプレーヤーだが一方で何か変なムードもあるというのである。さてその実像はどうか、密着取材をしてみると…
「中日の優勝はオレ次第だ」という自負心
中前にポトリと落ちた安打を猛然と走って二塁打にしてしまうスピード。浅い犠飛で三塁から生還した時は大またで僅か9歩。そして物凄いスライディングの迫力など本場のプレーを目の当たりにしたファンは驚いた。その反面、ハッスルし過ぎたのか何でもない平凡な飛球にフェンス際までバックし、慌てて前進するも捕球できず安打にしてしまうチョンボにも逆の意味でファンは驚かされた。出塁すると何やら野太い声で相手投手に怒鳴り続けながらリードを取る。その姿が派手でファンの目にはコミックダンスを踊っているように映った。とにかくデービスは色々な意味で魅せる選手なのだ。
オープン戦の頃は中途半端な打撃で自ら交代を申し出たりして、これが大リーガーなのかと失望させられていたから余計にシーズン開幕後の姿がダイナミックに映るのであろう。大金(推定年俸五千万円以上)を払った中日も胸を撫で下ろしたに違いない。だが当のデービスは「皆が心配していたのは知っていたけどチームメイトにもオレという選手を知ってもらいたかったんだ。オレは中日を優勝させる為に日本に来たんだ」と涼しい顔。活躍度が増すにつれて周囲の評価も「打率3割、20本塁打は確実」と開幕前とは一変。与那嶺監督も「大リーグ時代と比べると足は多少衰えたのは事実だが打率・本塁打は期待に応えてくれるだろう」と目を細める。
ワイフなしでも寂しくない理由
プレー以外の私生活でもユニークというか風変わりなところがある。デービスは現在、名古屋市内南区戸部町にある三菱戸部マンションに一人で暮らしている。愛妻のエミー夫人(27歳)と2人の子供はハワイに残したままだ。「傍から見たら我々夫婦はノーマルな形ではないだろう。でもオレはビジネスで日本に来ているから仕方ない。エミーは日本が嫌いで来ないのではない。異国の地で見知らぬ人たちとコミュニケーションが取れるか不安で来日に踏み切れないだけなんだ」とデービスは言う。「ワイフがいないのは寂しいかと聞かれるけどそうでもない。何故?それはね、ウフフ」と意味ありげな表情をして浮気でもしているのかと勘違いされそうだが、実は…
デービスは熱烈な創価学会の信者で名古屋の自室にはアメリカ本国から持参した日蓮聖人の額を掲げた祭壇をこしらえ、2本のローソクまで立ててある。毎朝6時半に起床して祭壇の前に正座してチャンティング(お題目を唱える)をするのが日課になっている。日蓮聖人と共に充実した生活をしているので寂しくないというわけなのだ。試合を終えて帰宅すると再びチャンティングをたっぷり1時間。デービスの思考や生活の根底には宗教哲学が基礎となっている。例えば「水は自然界にあって命の泉なんだ。青々とした樹木を見てくれ。木は水を得てこそ成長していく。人間も同じ。だから水は欠かせない」と食事の際には必ず4~5杯の水を摂取する。
名古屋での夕食はナゴヤキャッスルホテルのレストランでと決まっている。理由を聞くと「あのレストランから外を眺めると目の前に美しい名古屋城がそびえているのが見える。ホテルの名前もキャッスル。キャッスルとキャッスル、そこで食事をするのが自然なんだよ」とよく分からない自説を強調する。だが何度も繰り返し言われると僧侶の説法のように体に染み入る感じになるから不思議だ。またデービスは1日にタバコを20本ほど吸う。運動選手にタバコは有害ではと問うと「あれは吸っていない。ただふかしているだけ。だから大丈夫なんだ」と。随分と都合のいい説だが、これもデービス式自然流とでも言えるのかもしれない。
丸裸で報道陣と語る開けっ広げ
こうしたはみ出した奇行っぷりは日本人だけが感じるものではない。大リーグ在籍中も手に負えない、ワガママといった評判があった。静かにしているかと思えば突如として奇声を上げて周囲の人間を面喰わせたりしていた。こうしたクレイジーな一面は持って生まれた天性の性格が成すものだろうが、宗教的な発言もあって周囲からは変人扱いされる。それでも6年前に前妻だったジーナ夫人の勧めでアメリカの創価学会に入信してからはアウトロー的な言動は少なくなったという。何か注意されると「アイムソーリー。これから気をつける」と素直に謝る。現在の風変わりな言動は熱心な信教と陽気なヤンキー気質が起因しているのであろう。
初めてナゴヤ球場で試合をした時の事、途中交代したデービスは一人風呂に入ったはいいがアメリカ式のバスと勘違いをして浴槽の湯を全て流してしまった。かと思えば別の日には風呂上りに一糸まとわぬ姿で報道陣の前に現れるというハプニングも。そんなデービスが今一番気にかけているのがチームメイトとコミュニケーションを取ることだそうだ。なかなか殊勝な心掛けだが中日ナインにデービスの印象を尋ねたところ「まぁ陽気で張り切っていていいんじゃないの。少し行動が変わっているけど生活感覚が日本人とは違うから、こちらで理解してやらないと(谷沢)」「俺にはよく分からん(井上)」などまだ掴みかねているようだ。
デービスが大物なのは間違いないが球団は特別待遇をしていないという。「ウチが最初の外人(ドビー、ニューカム)を入団させて以来、毎年のように来日しているけど彼らと比較しても決してデービスが優遇されているとは思っていない。住居もこれまでの外人が入居していた3LDKの部屋で新たに用意したわけではない」と足木広報部長は言う。ただし調整法は全てデービスに任せていて、例えば全体練習に参加する義務はない。「彼には大リーグで17年間の経験があるし年齢的にも(4月15日で37歳)日本式の練習は向かないと思う。それを特別待遇だと言えばそうだが、ベテランの日本人選手も練習免除することもあるしその批判は当たらない(足木)」だそうだ。
王はオレと話せばもっとよくなる
さてデービスは日本の野球にどんな印象を持ったのであろうか?王選手について聞いてみた。「王?いい打者だよ。でもアメリカではオレの方が人気が出るだろうな。何故かって?そりゃオレがアメリカ人だからだよ。日本じゃオレが逆立ちしたって王の方が人気者だろ。アメリカはアメリカ、日本は日本。比較すること自体が間違っているんだよ。ただ言いたいのは王はオレと話せばもっと良い選手になるよ。何を話すかって?それは秘密」と王が聞いたら目を丸くするような事を話す。
中日OBの地元評論家は「足や肩が一級品なのは分かったが問題はあのバッティング。球をとらえるタイミングはオープン戦当初より良くなっているが、パワーの衰えは隠せない。デービスに長打を期待するのは無理でしょう」と年齢による衰えを指摘するが、一方で山田トレーナーは「デービスの筋肉は疲労が残らないタイプだから年齢の割に動けるのではないか」と話す。中日とは1年契約だが球団は今季の活躍次第で契約延長も考えている。「契約に関してはオレの口からは何とも言えない。とにかく今年1年は中日でベストを尽くすだけだよ」と話す。愛する家族と離れて異国の地で頑張る覚悟だ。常人には理解し難い " 変な大物 " というのがデービスについての結論のようである。