以前にも書きましたがロッテ・金田監督の暴挙が炸裂しました。現役選手をシーズン途中に
無理やり引退させるという前代未聞の出来事でした。
「もう限界や、八木沢は引退させる」 5月26日 日ハム戦で抑えとして登板した八木沢は打ち込まれて逆転負け。
開幕から順調だったチームが5月に入り雲行きが怪しくなってきてイライラが募っていた金田監督が吐き捨てた。
「優勝するには投手陣を立て直さなくてはならん。八木沢にはコーチ専任になってもらう、今は八木沢の勝星よりも
若手を育ててもらう方がロッテのためになる」 この時まで3勝2敗1Sとコーチ兼任投手としてチームに欠かせぬ
戦力であった八木沢に引導を渡したのでした。
そんな金田を報道陣は "また金田のホラ吹きが始まった" "いつもの事で、明日になれば
ケロッとして笑い飛ばすさ"とタカをくくっていました。しかし翌日、八木沢・金田・醍醐コーチの
三者協議がもたれて八木沢が引退を了承しコーチ専任が決まりました。八木沢は「現役には
未練がありますが・・・」と涙ながらに心境を吐露しました。
しかしチームメイトがこれに大反発、やる気が失せたようでチームは負けが込むようになり、
事態を重く見たフロントがようやく動き、引退は撤回されました。混乱の張本人の金田監督は
お咎めなしで "大山鳴動し…" で一件落着・・ とはいきませんでした。八木沢本人の気持ちが
切れてしまい「もう決めた事です。監督にもう一度投げろと言われても、そう簡単に投げられる
ものではありません…」
これ程の勝手な振る舞いをした金田に何の処分をしないフロントに対して、さすがに選手達も
抗議をしましたがフロントは金田に対してはアンタッチャブルでした。代わりと言っては何ですが
弟の金田留広を2軍へ降格させることでガス抜きをするのが精一杯でした。 結局 八木沢は
現役に復帰しましたが、一度切れてしまった気持ちは戻らず活躍できずに翌年 今度は本当に
自らの意思で引退しました。
無理やり引退させるという前代未聞の出来事でした。
「もう限界や、八木沢は引退させる」 5月26日 日ハム戦で抑えとして登板した八木沢は打ち込まれて逆転負け。
開幕から順調だったチームが5月に入り雲行きが怪しくなってきてイライラが募っていた金田監督が吐き捨てた。
「優勝するには投手陣を立て直さなくてはならん。八木沢にはコーチ専任になってもらう、今は八木沢の勝星よりも
若手を育ててもらう方がロッテのためになる」 この時まで3勝2敗1Sとコーチ兼任投手としてチームに欠かせぬ
戦力であった八木沢に引導を渡したのでした。
そんな金田を報道陣は "また金田のホラ吹きが始まった" "いつもの事で、明日になれば
ケロッとして笑い飛ばすさ"とタカをくくっていました。しかし翌日、八木沢・金田・醍醐コーチの
三者協議がもたれて八木沢が引退を了承しコーチ専任が決まりました。八木沢は「現役には
未練がありますが・・・」と涙ながらに心境を吐露しました。
しかしチームメイトがこれに大反発、やる気が失せたようでチームは負けが込むようになり、
事態を重く見たフロントがようやく動き、引退は撤回されました。混乱の張本人の金田監督は
お咎めなしで "大山鳴動し…" で一件落着・・ とはいきませんでした。八木沢本人の気持ちが
切れてしまい「もう決めた事です。監督にもう一度投げろと言われても、そう簡単に投げられる
ものではありません…」
これ程の勝手な振る舞いをした金田に何の処分をしないフロントに対して、さすがに選手達も
抗議をしましたがフロントは金田に対してはアンタッチャブルでした。代わりと言っては何ですが
弟の金田留広を2軍へ降格させることでガス抜きをするのが精一杯でした。 結局 八木沢は
現役に復帰しましたが、一度切れてしまった気持ちは戻らず活躍できずに翌年 今度は本当に
自らの意思で引退しました。