
豪速球を、また懸河の如きドロップを見せてくれるわけではない。淡々としたマイペースのピッチングで表情も殊更ない。一つも派手なところのない八木沢莊六投手だが今やロッテの支柱。あのカネやんさえも「みんな見習え」と叫ぶ。
不意のアクシデントを克服して
勝負には力とは別に運がどれだけ大事かを誰もが知っている。八木沢投手は高校(作新学院)、大学(早大)、プロ野球(ロッテ)でそれぞれ日本一になるという滅多にない経験をしている。強運のチャンピオンみたいに思われている長嶋監督でも高校時代は甲子園優勝どころか出場すらしていない。だが簡単に運が良い選手だとは言えない。ちょうど15年前のセンバツ大会で優勝投手になり、その夏に作新学院は高校野球史上初となる春夏連覇の偉業を成し遂げたが、八木沢投手は甲子園入り直後から下痢の為に満足にプレー出来ない不運に見舞われた。それでも気落ちせず進学した早大でエースとなり三度の優勝に貢献した。
輝かしい球歴を持つ八木沢投手だがプロ入り後しばらくはパッとしなかった。ようやくその名を馳せたのはプロ10年目の昨年だった。それまでの9年間で2桁勝利は無く、コーチ兼任となった昨シーズンに15勝をあげてやっと球歴に相応しい一線級投手の仲間入りを果たした。それでも監督のカネやんは「ロクを当てにはせんでぇ」と言っていた。つまり先発ローテーションには入れないということだった。「台所事情が苦しくなったらロクに頑張ってもらえばエエ」とカネやんにとって八木沢投手は " 員数外 " の投手と考えられていたのだ。更に今シーズンは投げる度に防御率は良くなるにも拘らず勝ち星は一向に増えない不運にも見舞われた。
投手生命を長くするための心配り
172cm・75kgはプロ野球選手の中では小柄な部類で、加えてロッテ宿命のジプシー生活が体力の消耗を増加させる。特に夏場の体力消耗度は相当なものだ。「中4日の登板が続くと体力的にシンドイ」と吐露するのも33歳のベテランにとっては無理からぬ話だ。スタミナ回復の為に次の登板までの日数が増えることもカネやんが八木沢投手を員数外扱いする理由のひとつ。スタミナ消耗を減らす為に理にかなった投球フォームを身に着け、球威よりコントロールを重視し打者の心理を読むなどして打たせてとる投球術で球数を減らす工夫をし、右打者の外角への変化球も大小のカーブとサッと逃げるスライダーを使い分けている。
選手生活に全てを集中させている八木沢投手が野球の緊張をほぐすのが日曜大工である。棚を作るなんて朝飯前で、図面を引かずにデラックスな犬小屋も作り上げてしまう。根が起用なのであろう。本職裸足もここまでくるとピッチング同様に職人芸だ。由美子夫人や長男・公男くん、長女・美香ちゃん、次男・祐児くんが見守る前でトントン・カチカチ。平凡なサラリーマンの幸せな家庭生活を思わせる。シビアな世界に生きるプロ野球選手には似つかわしくないほど素朴で温かみのある家庭を築き上げている。ナインから「ロクさんのコントロールの良さは家でも発揮されているよ。お子さんも " 一姫二太郎 " ですべてストライクだもん」と冷やかされる。
勝ち星を計算できる32歳の投手に
コーチ兼任になったのは昨年。シーズン中は投手に専念だったが自主トレ・キャンプ中はコーチの二足の草鞋を精力的にこなしていた。ロッテ名物の " 死のランニング " も自ら率先して参加した。「あのランニングのお陰で投球に力強さが増して15勝できた」と振り返る。こうした八木沢投手にカネやんは「もう投手陣はロクに任せておけば大丈夫や」と「ロクを当てにはせんでぇ」の前言を翻した。9月3日現在、8勝12敗1S・防御率 2.50とフル回転の一方でコーチ業も抜かりはない。移動日など投手陣の練習には自身が登板後で疲れていても必ず顔を出し若手を励ます。
「投げている時はコーチ兼任だという意識はないですよ。でもあんまりヘマなことは出来ないですけどね」と淡々とした語り口はいぶし銀そのものだ。周囲からの称賛にも八木沢投手の態度は変わらない。ロッカールームでは努めて明るく振る舞ってナインを鼓舞する。八木沢投手が持つ野球人生の " ツキ " はその生活信条から得られるものだと考えられる。カネやんロッテを支える32歳の強運投手兼リーダーが、何やら今年は勝利の女神に祝福されそうなムードが漂ってきた。
