面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「インビクタス/負けざる者たち」

2010年02月08日 | 映画
1995年のラグビー・ワールドカップ。
開催国である南アフリカ共和国が優勝したというニュースに、
「へぇ、南アフリカが優勝したんや、開催国やから頑張ったか」
とは思ったが、日本がニュージーランド代表のオールブラックスに記録的大敗を喫したことの方に気をとられていた。
(というより、日本チームのあまりの弱さに腹が立っていたのだが)
しかし、この南アの優勝には、とてつもない“舞台裏”があったことをこの映画に教えられた。

1994年、南アフリカ共和国初の黒人大統領に就任したネルソン・マンデラ。
彼は、反アパルトヘイト運動の活動家として、国家に対する反逆罪で終身刑を受け、27年間にわたり獄中生活を送ってきた。
しかし、アパルトヘイトによって国際社会からの孤立を深めていた南アは、1980年代には経済的に行き詰まり、徐々に政策による規制を緩和、マンデラも1990年に釈放される。
時のデクラーク大統領と共にアパルトヘイトの廃止へと国を導いたマンデラは、1994年に行われた全人種による初の総選挙の結果、囚人から大統領へと登りつめたのである。

大統領就任初日。
官邸に入ったマンデラは、執務室へ向かうまでの間、職員たちの行動に違和感を感じた。
共に官邸入りした秘書から、白人の職員たちが、黒人大統領の誕生によって自分たちは解任されると考え、荷物をまとめていると聞かされた彼は、即座に全職員を招集した。
そして、「自分が大統領になったことで職を解かれると想定して出て行こうとしているのなら残ってほしい」と思いを伝え、この国の未来に向かって一緒に進んでいこうと呼びかけるのだった。

また、大統領の身辺警護にあたるSPは、新たに黒人メンバーで構成されていたが、人員不足が明らかになると、マンデラは前政権における公安スタッフを補充人員として招集した。
白人がメンバーに加わることは危険だと、SPのリーダーはマンデラに対して異を唱える。
彼の心配は当然で、黒人達は白人政府から様々な迫害を受けてきた。
中でも公安からは、反政府的な行動として黒人達の政治活動は目を付けられ、しかもマンデラ自身が政治犯として長期間投獄されていたのだ。
黒人政権が誕生したことで、今度は自分達が報復として迫害を受けることになると白人達が考え、その中心人物であるマンデラを亡き者にしようとするのではないかと、SP達は心配したのだ。
しかし、リーダーに向かってマンデラは言う。

「“赦し”こそが、恐れを取り除く最強の武器だ。」

南アフリカで実施されてきたアパルトヘイトとは、全人口の16%程度の白人が、残り84%の有色人種を、人種に基づいて差別してきたものであり、国連においても「人類に対する犯罪」とまで言われた政策だ。
特にアフリカ人に対しては厳しく、居住区域が制限されただけでなく、白人地域での移動や住居も制限を受け、職場では白人が保護され、教育も人種別に施されるなど、日常生活から政治・経済など社会のあらゆる分野にわたって法制化され、強化されてきた歴史がある。
マンデラも、生まれたときから黒人であることだけを理由に差別を受け、長じては反アパルトヘイト活動の中心人物として反逆罪の罪を着せられて刑務所に収容され、27年もの間狭い独房に押し込められている。
人生のほとんどを、白人社会からの抑圧のもとに生きてきたと言っても過言ではない。
しかし、それでもなお彼は、全てを赦そうとした。
そしてその意思を、まずは身の周りのスタッフ全員に徹底して浸透させると同時に、勇み立つ黒人達に向かって説いていく。

マンデラはある日、ラグビー南ア代表チーム・スプリングボクスの試合を観戦する。
熱狂的に応援する白人に対して、黒人の観客は、あろうことか相手チームが得点すると歓声をあげる。
ラグビーは白人達が愛好するスポーツであり、黒人にとってはアパルトヘイトの象徴だったのだが、その状況をマンデラは憂慮した。
そしてメンバーのほとんどを黒人が占めた国家スポーツ評議会で、ラグビー代表チームに対して、チームの愛称やエンブレム、ユニフォームなど全て変更すると決したことを聞いたマンデラは、即座に評議会へと乗り込み、チーム一新の決議を否定して会場に集まった人々に訴える。
「今は姑息な復讐に走るときではない。」

その後マンデラは、1年後に自国で開催されるラグビー・ワールドカップに向け、スプリングボクスを国民が人種を超えてひとつになるための象徴とすることを決める。
そしてチームの主将であるフランソワ・ピナールを官邸の執務室での“お茶”に誘い、新しい南アを作るために力を貸してほしいことを伝え、更には優勝を目指すことを示唆する。
大統領の人柄に触れて感銘を覚え、その意を汲んだピナールは、国民をひとつにまとめるという大義を背負い、ワールドカップに向けてチーム強化に尽力する。

黒人達の暴走を抑えると同時に、迫害を恐れていた白人達を安心させたその手腕は、単なる政治手法ではなく、マンデラの人間性に拠るものだろう。
官邸スタッフひとりひとりに常に声をかける細やかな気配り。
スプリングボクスのメンバー全員の顔と名前を覚え、ひとりひとり握手を交わしつつ、名前を呼びながらの激励。
随所に描かれる彼の心の広さ、温かさが、アパルトヘイト廃止直後の新たに生まれ変わった南アフリカを、混乱から防いだのではないだろうか。

「“赦し”こそが、恐れを取り除く最強の武器だ。」
始まってまだ数分しか経たないうちに出たこのセリフに、マンデラの大きな器に触れて琴線ををわしづかみにされた自分は、それから後、上映時間のほとんどを落涙との闘いに費やすハメに陥った。

「ミリオンダラー・ベイビー」や硫黄島シリーズ、「チェンジリング」と、いつも深く心に染みる作品を見せてくれるクリント・イーストウッド監督。
これまでは、深々と雪が降り積もるように心に響いてきたが、本作は、ラグビーというスポーツを扱っていることとマンデラ大統領の温かな人柄とが相まって、春の陽気のように心が温まる作品に仕上がっている。

ただ感動という言葉だけでは言い尽くせない、心が震える逸品。


インビクタス/負けざる者たち
2009年/アメリカ  監督・製作:クリント・イーストウッド
原作:ジョン・カーリン
出演:モーガン・フリーマン、マット・デイモン、トニー・キゴロギ、パトリック・モフォケン、マット・スターン


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