面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「終戦のエンペラー」

2013年08月18日 | 映画
ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した日本に、連合国軍最高司令官総司令部を率いるマッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)が降り立った。
彼は側近の中から“日本通”だったボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)の重用を決め、直ちに戦犯容疑者の逮捕を命じると共に、天皇(片岡孝太郎)の戦争責任の有無を調査するよう指示する。
連合国側は天皇を戦犯として裁くことを希望し、アメリカ本国からも天皇の処罰を要求されていたが、マッカーサーは天皇を処断することは、GHQへの反乱を引き起こすだけでなく、多くの自決者を出すことになり、日本が大混乱に陥ると考えていた。
そしてその混乱に乗じて、日本に共産主義が台頭する恐れがあるとも考えていたのだった。

かつて日本兵の心理について論文を書いたフェラーズはマッカーサーの意見に同意するが、それはたった10日間で果たさなければならないという困難を伴うミッションでもあった。
フェラーズは、自決する恐れのある戦犯容疑者の逮捕に直ちに取りかかると同時に、通訳兼運転手である高橋(羽田昌義)に、大学生の頃に出逢った日本人留学生・アヤ(初音映莉子)の消息を極秘裏に調べるよう指示した。
学生時代に恋人同士だったアヤは父親の急病で突如日本に帰国してしまったのだが、フェラーズはアジア方面に配属となった機会に日本を訪れ、再会を果たして愛を育んだものの、日米開戦によって再び仲を引き裂かれていた。
それ以来彼は、片時も彼女のことを忘れることはなかったのである。

まずは天皇の周辺人物を洗い出していったフェラーズは、未遂の自決でで生き延びた前首相の東條英機(火野正平)や、開戦直前に首相を辞任した近衛文麿(中村雅俊)に会い、天皇にとって相談役でもある内大臣の木戸幸一(伊武雅刀)が鍵を握ることを導き出して面会を申し出るものの、捕縛を恐れた木戸は現れなかった。
証拠となるものは何もなく、有力な協力者もないまま調査が行き詰ったフェラーズは、天皇の側近中の側近でもある宮内次官の関屋貞三郎(夏八木勲)に狙いを定めると、マッカーサーの命令書を楯にして強引に皇居へと乗り込む。
しかし関屋から得られたのは、開戦直前の御前会議で天皇が平和を望むことを意味する短歌を朗詠したという話だけ。
説得力のない証言に腹を立てて退出したフェラーズに、アヤが暮らしていた静岡が空襲を受けて大部分が焼けてしまった事実が知らされる。

天皇は開戦に関与していたのかいないのか。
確たる証拠は何もなく、全てがあやふやなことに業を煮やしたフェラーズは、戦犯として天皇を裁くことはやむを得ないと報告書を書き始めた。
そこへ突如、夜陰に乗じるように内大臣の木戸幸一が現れる。
そして木戸の口から、驚くべき事実が語られた…


日米開戦前の御前会議で、天皇は祖父である明治天皇の短歌を読んだという。
四方の海が静かに(平和に)各国とつながっていてほしいのに波立っている。
そんな意味の歌から、平和であることを希望するという意思が込められていることが汲みとれる。
イギリス王室同様に、「君臨すれども統治せず」を旨とする立場の天皇にしてみれば、最大限の意思表示と言えるが、「戦争はするな」という明確な指示にはなっていない。
しかし逆に、戦争開始を指示する命令でもない。
開戦に関する天皇の責任の所在は、確かにあやふやと言える。

ところが終戦前の御前会議において、閣僚の意見が降伏するか否かで半々に分かれたとき、天皇は明確に降伏を指示したという。
そして自らの意思で、「玉音放送」として有名な「終戦の詔勅」を録音したということは異例中の異例であり、その決意のほどがうかがい知れるというもの。
この終戦の決意が陸軍の一部の暴走を招き、皇居が襲撃されるという事件を引き起こすことになったのだが、過去の歴史を紐解けば、天皇が明確に意思表示をすることが自らの命を危険にさらす可能性があることは明白で、並々ならぬ覚悟のうえでの行動だったことが推し量れる。
終戦に至るプロセスから、「天皇」になるための覚悟の重さを改めて認識した。

翻って鑑みるに、今の日本において本当に覚悟を持って公人を務めるのは、天皇しかいないのではないだろうか。
実際に政治の表舞台に立っている閣僚をはじめとする政治家の中に、果たして天皇ほどの覚悟を持って臨んでいる人間がいるとはとても思えない。


天皇が開戦に関与したかどうかは不明。
しかし戦争を終わらせたのは天皇であることは明らかになった。
とはいえ、そのことを証明する確たる証拠となる物は何もない。
フェラーズは、記録の無い証言に基づく、推論でしかない報告書をマッカーサーに提出する。
それを受けてマッカーサーは、天皇と直接会談してその人となりを見て、報告書の“裏付け”とすることに決める。
日本文化に造詣の深い将校と、勇気ある決断のできるトップによって、日本の復興が支えられたと言える。

第二次大戦において天皇が、一部ではヒトラーやムッソリーニと並ぶ独裁者とみなされていた。
終戦にあたって連合国側が天皇を裁判にかけ、処刑することを望んだのも当然と言える。
これに対してマッカーサーは異を唱え、天皇の戦争責任を問わない道を探った。
たとえそれが、日本の占領統治を成功させることで大統領への道を切り開こうとしたという政治的な思惑があったとしても、我々日本人にとって英断だったことは間違いない。
そしてそのマッカーサーの決断を支えたのは、日本文化に通じ、日本人の心理を深く理解するボナー・フェラーズという将校。
かつて日本とアメリカが戦争したという事実を知らないという人々には特に、本作を観て知ってもらいたい。


第二次大戦で壊滅的な打撃を受けた日本が復興する礎となった史実を、ラブ・ストーリー仕立てのフィクションを巧みに交えて描く秀作。


これはあくまで私見であるが。
白黒はっきりさせ、明確に記録に残すことを当然とするアメリカにとって、日本の“曖昧模糊”とした文化は到底理解できないだろう。
東洋の中でも特殊な“異文化”を持つ日本に対して、アメリカは“理解”したのではなく「そういうものである」と“認識”し、観察を続けながら弱点を探り、自分達の都合のいいように操る方策を練り、時間をかけて仕掛けてきたのではないだろうか。
その結果が、今日の荒んだ日本を作り出しているように思えてならない…


終戦のエンペラー
2012年/アメリカ  監督:ピーター・ウェーバー
出演:マシュー・フォックス、トミー・リー・ジョーンズ、初音映莉子、西田敏行、片岡孝太郎、羽田昌義、伊武雅刀、夏八木勲、中村雅俊、火野正平、桃井かおり


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